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ラボニュース 2024

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2024年5月29日(水)−31日(金)

ThymE 2024に参加
今回のThymEはポルトガルのポルトで開催された(2024年5月27日−31日)。往路は、前記事の懇親会の後、永野君に京都駅まで送ってもらった。京都駅を出発点(日本時間28日20時)として、関空からエミレーツ航空で、関空-ドバイ(23時45分発、10時間30分)、乗り換え2時間10分、ドバイ-リスボン(8時間10分)、乗り換え3時間30分、リスボン-ポルト(1時間)、空港-ホテルはメトロ30分、徒歩20分で、ホテルに到着したのは現地時間29日19時(時差8時間で、日本時間30日午前3時)だったので、移動に31時間かかったことになる。写真は、リスボンからポルトへのフライトで乗った、ポルトガル航空の機体。
ホテルの近くのLapaという駅。18時40分頃であるが、まだ日は高い。
Eurostars Das Artesというホテル。
ホテルの部屋。今回はフル参加ではなかったので、3泊。朝食抜き3泊で421ユーロだったので、1ユーロ170円というレートで円に換算すると71570円。素泊まりで一泊2万4千円ということになる。円が安いのは困ったものだ。
部屋に到着後、一休みしてから、19時半頃から歴史地区方面を散策。いい感じの路地なのだが、落書きがひどい。
グレリゴス教会。ホテルから徒歩15分。表示によると気温は21℃だった。
サン・ベント駅。
エンリケ航海王子の像。
ドウロ川と、南岸の街。左側に見える橋はドン・ルイス一世橋。駅や教会は丘の上にあり、坂をゆっくり下ると、ドウロ川に着く。このドウロ川は、河口に近いのに、両側が小高い丘に挟まれている。普通は河口に近いあたりは平野になっているので平らなはずだから、ちょっと不思議な地形だ。
ドウロ川北岸。
ドン・ルイス一世橋。
橋の上を歩いている人が見えたので、歩いてみたくなり、橋の袂の坂を登った。
橋の上から南岸を望む。
橋の途中から西側(河口側)を望む。
この橋には路面電車が走っている。
橋の途中から東側(上流側)を望む。
20時30分頃。日没が近づいてきた。
橋を渡り切ったところの芝生の丘が、夕陽の鑑賞ポイントになっているようで、多くの人が集まっていた。私も、このあたりの露店で瓶ビール(「SUPER BOCK」というポルトガルビール)とホットドッグを買って、芝生に座って日没まで夕陽を眺めていた。21時頃、完全に日が沈んだ瞬間、大きな拍手が沸き起こった。何に対する拍手だろう。お日様に、「今日は一日御苦労様でした」という事だろうか。
30日朝、学会会場があるホテル(Vilar Oporto Hotel)。宿泊したホテルからは徒歩10分くらい。
この学会は胸腺あるいはT細胞を研究対象にする国際学術集会で、同じような主旨の4つの学術集会で、それぞれが4年に1回ずつとい形でローテーションで開催している。参加者は100人〜200人。4つの学術集会とは、KTCC(京都T細胞カンファレンス)(日本)、ThymOz(オーストラリア)、ThymE(ヨーロッパ)、ThymUS(アメリカ)。昨年はThymOzだった(2023年3月22日の記事参照)。前回のThymEは、コロナ前の2019年にイスラエルで開催された(2019年5月19日の記事参照)。4年ごとだったら今回のThymEは2023年開催のはずだが、ThymOzがコロナのせいで一年延期したので、2024年開催となった。今回のThymEは参加人数が多く、250人くらいとのこと。河本研からは、ThymOzに引き続き私と長畑君が参加。
今回のオーガナイザー代表のNuno Alves(Institute for Molecule and Cell Biology, Porto)。
今回のオーガナイザー一覧。i3SというのはInstituto de Investigação e Inovação em Saúde da Universidade do Portoの略称らしい。
昼食時に、向かって左から、Katia Geolgopoulosラボの柏木まり子先生(Harvard Medical School)、私、高浜洋介先生(NIH)。柏木先生はNature Immunologyに2本筆頭著者論文を出しておられる(23:1628, 2022; 18:334, 2017)。
午後のセッションが一つ終わった後、JC Zuniga-Pflucker(Toronto Univ)から来年のThymUSについてのアナウンスがあった。前回のThymUSは、コロナのせいで若手中心の2日間だけのオンライン開催だった(2020年11月3日の記事参照)。
2025年の4月末から5月にかけて、ハワイのカウアイ島で開催されるとのこと。
夕刻から、ThymE主催のsocial eventで、ポートワインのワイナリーの見学ということで、バスでドウロ側南岸に繰り出した。待ち時間に、少し散策。南岸から北岸を望む。15時30分頃であるが、日は高く、気温は30℃くらいあり、暑かった。
橋の近くから川を見下ろすと、わりと大きそうな(30-40cmくらいの)魚がいた。河口付近にいることや、形状からして、「ボラ」であろうと思われる。
いくつかのグループに分かれ、私が入ったグループは、CALEMという名のワイナリーを見学。
ポートワインは、ブドウの搾り汁を発酵させるという点では普通のワインと同じであるが、長期間の保存に耐えられるように、蒸留酒を加えて発酵を途中で止める、という方法が取られる。そのため、アルコール度数が高く(普通のワインが13%前後であるのに対してポートワインは20%)、また発酵を途中で止めるので甘いものが多いようだ。発酵を止める作業をしてから、普通のワインと同じように、樽に詰めてさらに熟成させる。これらの樽は実際に使われているようだった。
この大きな樽は、発酵用の樽で、大きなものは7トン(7000リットル)くらいあるらしい。
蔵の2階で、試飲会。
赤ワインと、白ワイン。どちらもかなり甘かったが、独特の風味があり、美味しかった。
ワイナリー見学後、ドウロ川のクルージング。乗船場に向かう途中で、東の空に立派な積乱雲とかなとこ雲が見られた。
船は、河口へと向かった。
河口部。太陽の向かって右側に、いわゆる「幻日」という現象が観られる。
「幻日」の部分のアップ。これまで数回、見たことがある。幻日は多かれ少なかれ虹色を帯びるものであるが、この日見た幻日は、モロに虹色で、美しかった。
防波堤の向こうは大西洋。ThymUSがプエルトリコで開催された時に、西側から大西洋を望んだことはあった(Thymus参加2008年編参照)。東側から望んだのは、これが初めてだ。
船内でディナー。20時頃だが、まだ明るい。
谷内一郎先生(理研IMS)と柏木先生。
スープに続いて供されたメインディッシュは、バカリャウ(塩漬けした干しダラ)のフライ。左側の丸いのはジャガイモ。バカリャウは、ポルトガルを代表する食材であるらしい。味はまあまあといったところ。
ディナーが終了して岸に着いた頃には、さすがに暗くなっていた。
ThymE集会の最終日(5月31日)、私は午後のセッションで発表した。スロットとしては20分で、18分発表、2分質疑応答という取り決めだったので、前半9分を私、後半9分を長畑君とした。私は、ES/iPS細胞からT細胞を作製する話をして、最後にネガティブセレクションのセカンドアルバムを紹介。アマゾンで買えるというスライドを出したら、結構ウケた。
曲の紹介をざっとした後、VDJ-recombinedを、イントロの途中から一番が終わるまで1分ほど視聴してもらった。上映終了後、拍手が起こった。
VDJ-recombined(YouTubeのサイト):
長畑君はイントロとして2022年のBlood論文の話をしてから、その後進めた研究(T細胞の起源についてなど)の話をした。
質疑応答にも、しっかり応えていた。彼は会期中、何回も質問に立っていた。いいことだ。
会の最後に、ポスター賞の発表。ポスター発表の演題は全部で80題くらいあり、その中でポスドク部門は30題くらいあったと思われる。
長畑君はポスドク部門のポスター賞をゲット。
ホテルの近くのお寿司のテイクアウトの値段表。もし1ユーロが100円だったら、まあ日本とそう変わらないくらいの値段だ。
帰路のドバイから関空までの飛行経路。
普通はトイレに行きやすいように通路側を希望するが、今回はあらかじめ指定ができず、復路のチェックイン時に席が自動的に決められ、窓側だった。幸い日中の飛行だったので、眼下の景色を楽しむことができた。写真はパキスタンあたりの山地。地層がはっきり見える。
引き続いてパキスタンあたりの山地。褶曲山脈の形状が美しい。
カラコルム山脈。パキスタン、インド、中国の国境に位置する。K2(8611m)という世界で2番目に高い山を擁する峻険な山脈で、エベレスト(8848m)を擁するヒマラヤ山脈に匹敵する山塊だ。
左側の白い帯は明らかに氷河だ。右側の帯は灰色であるが、調べてみたらカラコルム山脈の氷河の多くは瓦礫で覆われているとのことなので、これも氷河なのであろう。
左側の白い氷河の部分のアップ。氷河を見たのは初めてだったので、ちょっと嬉しかった。
エミレーツ航空の機内食。チキンカツとバターライス。映画のラインアップが充実していたので、帰路では「ナポレオン」「ダンケルク」「すずめの戸締り」など、結構沢山観れた。

2024年5月28日(火)

研究連携基盤会議懇親会
この日の夕刻、表記の会が時計台記念館に入っているフレンチレストラン、ラ・トゥールで開催された。京都大学には18の附置研究所・センターが有るが、研究連携基盤は、「京都大学附置研究所・センター長会議」をベースに、学部・研究科も参加して、2015年に設置された組織。この会は昨年もラ・トゥールで開催された(2023年6月29日の記事参照)。
読売新聞から4人が来られていた。
ちょっとピンボケ写真になったが、向かって左から副学長の時任宣博先生、医学研究科長の伊佐正先生。国際卓越研究大学の申請の中で構想される組織再編について、研究所と学部では立場が違うので懸念点も異なるようであった。
         

2024年5月26日(日)

ゴルフ練習場の鹿
宝ヶ池や深泥池を含む山塊にはシカがいて、高野川の河原にはよく出没しているし、深泥池の植生を荒らしているという話も何回か書いた(2024年4月13日の記事参照)。この日の午前中、久しぶりに宝ヶ池国際ゴルフ場に来たら、鹿がいた。ここではこれまでも何回か見かけており、特別な事ではない。
この日、シカは最初は200ヤードあたりにいた。「ここまではあまり飛んでこないだろう」と考えているように思えた。
しかし、その後グループで右へ左へとゆっくり動きながら、最終的にはすぐ近くに来た。わざわざシカを狙って打つような事はしないが、100ヤードくらいの距離にいた時に、トップした球が一頭の横腹に直撃した。シカは驚いて駆け出し、少し行ったところで体を倒して当たった部分を地面に擦り付けた。虫か何かが取りついたのと思ったのかもしれない。その後、仲間と共にすごすごと山に戻るとか思ったら、他の個体は知らん顔をしており、球が当たった個体も、しばらくすると何事も無かったかのように草を喰み出した。横着な奴らだ。

2024年5月25日(土)

コチョウラン
今年は教授室のコチョウランがよく咲いた。

2024年5月24日(金)

医生研の免疫関連ラボ合同歓迎会
コロナが5類になって一年経った。昨年度のうちに、医生研1号館1階ラウンジでの歓送迎会か親睦会を復活させたいと考えていたが、なんやかんやと忙しくて、実現できなかった。河本研では、コロナの前は、年に2、3回はあれこれと名目をつけて、時には他のラボとの合同の形で、開催してきた。このラウンジには、IHコンロが2つ付いたキッチンがある他、ホットプレートや鍋などを、3つくらいまで置ける(ブレーカーが飛ばないように配線には工夫する必要あり)。コストコで大きな肉の塊などの食材を買ってきて、キッチンで切り刻んでホットプレートで焼く、という感じで開催してきた。また、料理が得意な人がいる時は、ちゃんちゃん焼きとか、チーズダッカルビとか、タンドリーチキンとかを、リクエストに応える形で作ってもらったりした(2019年9月13日の記事参照)。また、イベントとして、ワインの原料として使われた葡萄の種類を区別できるかというゲームを催した事もあった(2015年6月2日の記事参照)。
 今回は、河本研、坂口研、伊藤能永研、廣田グループ、縣研(滋賀医大)、小西先生と河岡研の学生、澄田先生、リバーセルなど、合計約40人が参加。写真のように、ラウンジには収まりきらず、ロビーのスペースも少し使った。
 食べ物については、持続可能であることをテーマにして、「できるだけ手間をかけずに」を目指した。かといってケータリングにしたり、出来合いの食品を並べるだけでは面白くないので、ホットプレート2台は使うことにした。料理ができるまでに何か食べられるようにと唐揚げ、春巻き、エビフライなどが入ったパーティーセットの大皿を4セット(1800円x4)を購入。料理としてはまずソーセージを炒め、次に焼肉(牛肉、砂ずり、せせりなど)、野菜炒め、最後にお好み焼きと、インスタント焼きそば食べ比べ。デザートはカットフルーツ。食材はこの日の16時ごろから近くの「ライフ」で調達。炒め物用の野菜はカット野菜を購入。ソーセージは大小合わせて80本くらい、肉は合わせて3kg強、カット野菜は12袋。お好み焼きは通販で、6玉。ご飯ものとしてはネギトロ巻きを1人2個ずつ当たるくらい。これに加えて、坂口研から、おにぎり30個と甘物の差し入れがあった。
 こういう感じで自分達で購入すれば、割と安くできる。お酒に関しては河本からのビール/日本酒の寄付と、坂口先生からのワインの寄贈があったので、その分は経費から除外されれいるとはいえ、参加者から平均2000円徴収すれば、十分という感じだった。
ビールは、世界のビール飲み比べ(12種類、24本)、日本のビール飲み比べ(24種24本)。手前右側は世界のノンアルビール飲み比べ。
今回は、安く済む企画の一つとして、「インスタント焼きそば食べ比べ」というのも行った。
お酒コーナー。日本酒は、青木先生から頂いた舞美人の新酒1本、古酒1本、青井先生から頂いた神戸大学プロデュースの「神のまにまに」、本村さん差し入れの「七本槍」など。ワインは、坂口先生からの差し入れで、「Domaine Leroy Coteaux Bourguignons Blanc 2013」など。
テーブル1。炒め物マスターは板原君(向かって左端、河本研D4)。
テーブル2。炒め物マスターは西村君(中央、河本研研究員)
テーブル3。
テーブル4。
テーブル5。坂口志文先生と教子先生に参加いただけたのは、とてもありがたいことだ。
会は18時スタートで、焼肉と野菜炒めまでがひと通り終わった19時頃から、全員の紹介。全員がそれぞれ挨拶したら時間がかかりすぎるので、各ラボのリーダーが、名前を読み上げていく方式にした。ただし、歓迎会なので、新人には、一言挨拶をしてもらった。
全員の紹介が終わった後、引き続いて坂口先生の挨拶。「医生研の免疫学の歴史を、しっかりと継承して、発展させてほしい」というような内容の、いい話だった。
坂口先生の挨拶が終わった後、お好み焼きタイム。貝谷君(D2)が留学生の人達に焼き方のお手本を見せているところ。
その後、19時半ごろから、アトラクションタイム。まずは永野君が、ジャズピアノの演奏を披露。曲目は「枯葉」。彼は、普段のあの軽い雰囲気からは想像が困難であるが、一旦ピアノを前にすると、アドリブの早いフレーズを交えた、素晴らしいジャズを弾く。このギャップ感に、皆驚いたことであろう。なおエレピは永野君が持ってきたもの。
次に、縣先生が、「VDJ-recombined」の1番と2番を、河本のギターと、永野君が奏でるカホンをバックに、熱唱。歌詞を見ながらというのが少し残念。カホンは永野君が持ってきたもの。
最後に、無理やり皆にアンコールをしてもらって、私が保険で用意していた曲「パープルヘイズ」を、ギターを弾きながら歌った。
澄田先生と坂口先生ご夫妻。
片付けを終えてから、有志で教授室で二次会。残り物を消費した。

2024年5月22日(水)

日立製作所との共同研究のキックオフミーティング
一年半くらい前から、京大-日立-リバーセルの共同研究を進めてきている。多能性幹細胞からT細胞まで分化誘導する過程を、自動培養装置でできるようにするための共同研究。日立の自動培養装置iACE2を医生研1号館3階の共同研究スペースに設置していただいている(2023年3月14日の記事参照)。今年の再生医療学会では、2日目のランチョンセミナーで、この共同研究について紹介させていただいた(2024年3月21日の記事参照)。昨年度は打ち合わせを京大で行っていた(2023年8月28日の記事参照)が、今年度の第一回の打ち合わせは、日立のオフィスで行うことになった。現在は、iACE2は日立ハイテクという部門が扱っているということで、日立ハイテクが入っている虎ノ門ヒルズのビジネスタワー(写真)で開催された。
オフィスの入り口。許可を得て撮影。共同研究の打ち合わせの前に、質疑応答含め45分の枠で、講演をさせていただいた。

2024年5月21日(火)

拠点のキックオフミーティング
再生研とウイルス研は、2016年の統合までは、それぞれ再生医療とウイルス感染症の共同利用・共同研究拠点を運営してきており、統合後も、しばらくはこの2つの拠点機能を維持してきた。2022年4月に医生物学研究所に改称した際に両拠点を統合し、「ウイルス・幹細胞システム医生物学共同研究拠点」という新拠点を発足させた。研究所の方の名称にウイルスや再生という言葉が無くなったので、代わりに拠点の方には残しておこうという意図のために、長い名前になった。この拠点の中核となる事業として、共同研究課題をマックス100万円/年で30課題ほど単年度の支援を毎年行っている。経費としては、共同研究相手が医生研に来るときの旅費や、共同研究に関してホストラボで行われる活動に使うことができる。今年は36件が採択された。昨年度から、年度初めにclosedな会として、キックオフミーティングを開催することになった(2023年5月22日の記事参照)。ハイブリッド形式にしているが、多くの採択課題の研究者が現地参加してくれた。医生研のホストラボ以外の研究者も現地あるいはオンラインで参加し、合計すると70-80人くらいが参加した。いろいろな話が聴けてとても面白かった。

2024年度採択課題一覧:
17時ごろから、情報交換会。3-40人が集まり、賑やかだった。写真は向かって左から縣保年先生(滋賀医大)、伊藤能永先生、私。

2024年5月15日(水)

東大で免疫学の講義
毎年、この時期に東大医学部の3回生に、免疫学の講義をさせていただいてる(90分x2コマ)。写真は医学部一号館。京大医学部はこういう風格のある建物が無くなってしまって、寂しい。
講義の中で、ネガティブセレクションのセカンドアルバムの宣伝をさせていただいた。7曲中すでに5曲についてはミュージックビデオをYouTubeに載せている。そのうち4曲(「VDJ-recombined」、 「Transcytosis H.O.」、「或好中球の一生」、逆襲の助教)については、それぞれ1分くらいずつ、さわりだけ、視聴してもらった。
ラボと事務へのお土産に東京ばな奈の新作を買って帰った。

2024年5月14日(火)

吉田泉殿で昼食懇談会
連携基盤会議は京大の18箇所の附置研/センターで構成される組織で、京大の西部講堂の裏あたりにある吉田泉殿という建物を主な活動場所として使っている(2023年9月14日の記事参照)。連携基盤会議は月に2回、昼食懇談会と称する話し合いの場を昼食時に設けている。コロナ前は吉田泉殿で開催されていたが、部屋がやや狭いので、コロナ中は図書館の会議室を使うようになっていた。しかし、この4月から、吉田泉殿で再度開催することになった。国際卓越研究大学の申請に向けて、附置研/センターの連携はとても重要で、昼食懇は話し合いのための貴重な機会になっている。
吉田泉殿には、いい感じの庭がある。
紫色の花は、おそらくカキツバタであろうと思われる。
この日は、昼食懇の後、部局長会議が本部であった。その帰り、芝蘭会館の前の植え込みで、やや盛りをすぎているが、シラン(紫蘭)が咲いていた。少し前に書いた(2024年4月28日の記事参照)ように、シランは日本に在来する野生蘭であるが、大変強健で、こうやってよく庭園などに植えられている。向こう側に白花のシランも咲いている。

2024年5月13日(月)

長浜バイオ大学で講義
例年、長浜バイオ大学2回生の免疫学講義を、1コマだけ受け持っている。いつもは「総論」を担当し、第一回を務めているが、今年はスケジュールの関係で、第4回に総論の話をすることになった。講義の最後にNSのセカンドアルバムの紹介をして、何曲かは部分的に試聴してもらった。なお、昨年までは担当は伊藤洋志先生(准教授)だったが、伊藤先生はこの四月から神戸常盤大学教授に異動され、今年からは府立医大から異動してきた小川秀一郎先生(講師)が担当。
私は1994年に桂研に入る前には、輸血部の伊藤和彦研で大学院生をしていた。その頃に、検査部の方に勤務していた赤井洋子さんと、久しぶりに会った。赤井さんは、上記の小川先生に呼ばれて、非常勤で長浜バイオに勤めていて、採血の仕方などを指導しているとのことだった。
左はこの日赤井さんが持ってきてくれていた写真の中の一枚。1990年ごろの写真で、当時輸血部のスタッフだった則岡美保子先生(最前列)のお宅にて。中列向かって左から赤井さん、則岡先生の息子さん、野田倫代先生(当時研修医)。当時私は非常に不真面目な大学院生で、毎日さっさと帰る、土日はラボに行かない、夏休みは1ヶ月くらい取る、論文は輪読会の番が回ってきた時しか読まないなど、ひどいものだった。だから、赤井さんからは「先生が教授だとか、所長だとか、そう言われても、どうも信じられへんなあ」と言われた。
          

2024年5月11日(土)ー12日(日)

北陸へ旅行
ラボと関係のないことで恐縮であるが、この週末に母親の米寿のお祝いということで、兄弟姉妹皆と母親とで、北陸方面を一泊二日で、ドライブ旅行した。北陸自動車道の金沢の近にある徳光サービスエリアでは、海岸に出る事ができる。砂浜から突き出た防波堤(海上広場)から白山を望んだ写真。
黒部川の川沿いにある宇奈月温泉で、夕刻、宿の周辺を散策。トロッコ電車が走っていた。
遊歩道の脇にダイモンジソウ(白い花)とエンレイソウ(3弁のエンジ色の花)が咲いていた。ダイモンジソウは浅い山でもわりとよく見られるが、エンレイソウはある程度深山に行かないと見られない。地味な花ではあるが、見かけるとちょっと嬉しい。
道中、やたらとフジの花を見かけた。フジは京都の北山でも東山でもいくらでも見られるが、野生の植物の花の中では、かなり美しい方だと言えよう。ただ、ツル性の植物なので、絡まれて覆われてしまった木にとっては、迷惑千万であろう。

2024年5月10日(金)

梶川社長、北村先生と会食
この日の夕刻、臨床試験に向けた細胞製造の今後の進め方についての打ち合わせを関係者一同で行い、方針が概ね決まった。やれやれという事で、梶川社長、北村取締役と私で、久々に会食。

2024年5月8日(水)

オヤジの会
今年1月に4年ぶりのオヤジの会を開催した(2024年1月24日の記事参照)が、それほど日をあけず、この日に開催。前回は藤田恭之先生が参加したが、今回も参加いただき、今後常連化していただくことになりそうだ。元々国や大学などの運営方針に対する不平や不満を吐露する事が多い会であったが、今回は特にその傾向が強かった。

2024年5月8日(水)

セッコク
連休中にご実家に帰省されていた秘書の宮武さんに、ご実家でお父上が栽培されているセッコクの一部を、お土産としていただいた。セッコクは日本の野生蘭の一種で、大好きなのだがこれまで栽培したことがなかったので、とても嬉しい。少し前に洋蘭のデンドロビウムとセッコクとの交配種の記事を書いた(2024年4月28日の記事参照)。そのセッコクであるが、洋蘭のデンドロビウムに比べると地味ではあるが、それでも写真のようにとても可憐な花を咲かせる。木の幹や枝に生える着生蘭であり、京都界隈でも時に神社やお寺の大きな樹に着生しているのが見られるなどとされているが、私はこれまでに自生を見たことがない。一度自生も見てみたいものだ。
          

2024年5月7日(火)

免疫モニタリングセンター(KIC)研究棟のお披露目式
SCARDA(先進的研究開発戦略センター:Strategic Center of Biomedical Advanced Vaccine Research and Development for Preparedness and Response)は、新型コロナに対して日本がワクチン開発に出遅れたことの反省から、次のパンデミックが起こった時に速やかにワクチン開発ができるように、平時から体制を作っておこうという国家戦略事業。2022年3月に始まった。全体をリードするフラッグシップ拠点1箇所と、並行してワクチン開発を進める複数のシナジー拠点(4箇所)、ワクチン開発をサポートする複数のサポート機関(6箇所に)よって構成される大きな事業だ(2024年1月31日の記事参照)。サポート機関の中で、京大と理研IMSは「ヒト免疫についての解析」という項目で認定されている。京大では、上野英樹先生をリーダーとして、(Kyoto University Immunomonitoring Center: KIC)という組織が設立され、私も参加している。KICの拠点となる施設の整備がようやく整い、この日、お披露目となった。河本研からは私と永野君、小林さんが参加した。
場所は、旧精神科病棟の一画(左図中に赤枠で囲ったところ)。医生研から近い。
上野先生による挨拶と今後の進め方についての説明。
ひとしきり施設を見学してから、久保先生によるセミナー。B細胞の二次応答には胚中心は必要ないというような話だった。久保先生は本年3月に東京理科大学を退官されたが、その後KICのアドバイザーを務められることになった。久保先生は理研免疫センター時代の同僚。昨年KTCCの集会長をされたが、その時に抄録集の裏表紙のイラストを描いた(2023年6月16日の記事参照)。
記念の花輪スタンド。花に加えて、スタッフが独自に風船で飾り付けをしたとのこと。横におられるのは萩原正敏先生。
情報交換会。
情報交換会で少し余った料理を処理するために、河本研の大学院生が駆けつけてくれた。向かって左から板原君(D4)、周君(D3)、貝谷君(D2)、西岡君(D1)。

2024年5月4日(土)

京大美術部OB・OG展「四十年後の春」
これもラボとは関係ない話であるが、京大美術部のOB/OG展に参加した。1984年に卒業した京大美術部員の一人が「10年後皆はどうなっているんだろう」とつぶやいたことに始まり、1994年に「十年後の春」展が開催された。その後も「二十年後の春」展「三十年後の春」展(2014年5月3日の記事参照)が開催され、その流れで「四十年後の春」展が開催された。「十年後の春」展では私は中心的に幹事役をしたが、その後、6学年下の森一浩さん(税理士)が中心になってこのOB/OG会を継続してくれている。会期は5月3日-5日、会場は四条烏丸の近くの「幻想庵」という画廊。
後輩の小川秀治さんから献本いただいた。
小川秀治さんは1989年京大理学部卒、霊長類研究所出身者で、現在は中京大学教授。サルの生態の研究をしている。この本にはフィールドワークでの体験談が詳細に綴られており、臨場感があって、面白かった。

(アマゾン)乾燥疎開林に謎のチンパンジーを探して: タンザニアあちこち大作戦:
画廊には1階と2階があり、写真は1階。
2階。
向かって左から檀上英利さん(凸版印刷)、壇上君の奥様(元同志社女子大学美術部員)、瀬川哲(さとし)さん(元NEC、現在特許調査の会社に勤務)。
瀬川さんは2作出品していて、そのうちの1作。瀬川さんは同級生で、1980年工学部入学。昔から構図の取り方や色遣いが上手だったが、この絵も視点がユニークで、また彩色が素晴らしい。
1984年、美術部有志で北海道旅行に行った時の写真。向かって左から2番目が瀬川さん。
画廊の2階で、シニアメンバーでまったりとくつろいだ。向かって右から、長谷川敬一さん(弁護士)、小川聡さん(元精華大教授)、中西五輪男さん(横河電機)、川中さん(看護師)、小川秀司さん、瀬川さん、壇上さん。
今回、私はサイエンスイラスト4点と、ネガティブセレクションのアルバムのカバーアートとして描いた絵2点を出品した。私は美術部ではもっぱらペインティングナイフを使った風景画を描いていたので、何人かから、「作風が変わりましたね」と言われた。

以前に描いていた絵画:
また、画廊の隅方で、サイエンスイラストの絵葉書を「ご自由にお持ち帰り下さい」として出典したのと、セカンドアルバムを物販させていただいた。
近くのホテルの中華料理店で打ち上げ会。
記念写真。私の向かって左隣りが主催者の森さん。
最終日(5月5日)も画廊に顔を出した。廣川貴之さん、奥様の廣川麻友美さんと。お二人とも宇都宮市にある栃木県庁勤めとのことで、私はこのところ毎年獨協医大に講義に出向いているので、宇都宮の話を楽しめた。
小川聡さんと、今回の出品作。後年プロになる訳だから当然であるが、小川さんは美術部時代から、デッサンがしっかりしていて色遣いも上手く、とてもいい絵を描いていた。教育学部卒業後、漫画家になり、また精華大学のマンガ学部ストーリーマンガコースの教授をされていた。今は退官してフリーとのこと。
小川君の今回の作品。ロジャー・ディーンへのオマージュが少し入っているとのこと。上の方にいる帽子を被った女の子は、彼のオリジナル漫画「パピリオ」の主人公。「パピリオ」はkindle版で読むことができる。

(アマゾン)パピリオ:
この日は午後3時ごろから、合評会が行われた。かつて美術部では部展の最終日の夕方によくやっていた。作者が自分の作品について意図や画材などについて解説し、皆が感想をいったり批評したりする。部展では結構厳しい批判も飛び交っていたが、今回はOB/OG展なので、和気藹々とした合評会だった。
華園力(つとむ)さんは京大医学部の後輩で、心療内科を開業されている(はなぞのクリニック)。画材(岩絵具)にこだわった日本画を描いているとのこと。この絵は趣味で集めた貝殻を丹念に描いたとのことだったが、海の青や、個々の貝の色が、とてもきれいだった。
          

2024年5月2日(木)

渥美半島をドライブ
ラボとは関係ないが、この日、有給休暇を取って、久々に渥美半島をドライブ。写真は渥美半島の南岸。延々と続く海岸崖が、壮観だ。隆起した大地を、波が侵食してできたということらしい。
渥美半島西端の伊良湖岬の太平洋側の砂浜は「恋路ヶ浜」と呼ばれる。島崎藤村の詩「椰子の実」の舞台となったことで有名。
伊良湖岬の灯台。対岸に見ているのは三重県の鳥羽。左側に見えている島は三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台になったことで知られる「神島」。
伊良湖岬からフェリーで鳥羽に渡ってから伊勢に行き、地元の常連客で賑わう老舗で、伊勢うどんを食した。太く、コシがほぼ全くない、もちもちした食感の麺が特徴。タレは甘辛で、色は濃いがそれほど塩辛くはなく、出汁の味がきいている。

2024年5月1日(水)

「夜光雲」のミュージックビデオを公開
少し前にNegative Selectionのセカンドアルバム「辺境の街から」が完成したという記事を書き(2024年2月27日の記事参照)、その後「VDJ-recombined」(2024年3月11日の記事参照)、「Transcytosis H.O.」(2024年3月19日の記事参照)、「或好中球の一生」(2024年4月3日の記事参照)をYouTubeで公開した。本日は、赤枠で囲った「夜光雲」をYouTubeで公開。
左は、この曲のサムネイル。Negative Selectionの曲は、原則的に血液/免疫細胞を題材にしていたり、逆襲の助教のようにアカデミアを舞台にした曲であったりするが、時にそういう絡みの無い曲も作る。今回の新曲「夜光雲」は、愛する人を失った哀しみを切々と唄った曲。非常に高度の高いところ(高度80kmとか)に雲が現れることがあり、そのような雲は日が完全に沈んでからも残照を受けて白く夜空に輝くことから、「夜光雲」と呼ばれる。暗い街を彷徨よいながら、夜光雲の中に失った人の面影を追いかけるというような内容。作詞は北村俊雄先生で、作曲は私。ボーカルは青木智子先生(近畿大学医学部消化器内科医員)。青木先生は、2017年に東京で開催された肝臓癌研究会(集会長:國土典宏先生)の情報交換会でNegative Selectionが演奏した際に、学会側からのシンガーとして参加された。青木先生のやわらかではかなげな歌声がこの曲に合うと思い、この曲を歌ってもらうことにした。

【失った愛の彷徨】「夜光雲」のミュージックビデオ:
「夜光雲」の手書きバンドスコア:
録音は2019年5月に行ったので、もう5年前ということになる(2019年5月11日の記事参照)。左の写真はその時の録音スタジオの様子で、Enrico Sesselegoというエンジニアの人がセッテイングをしてくれている。Enricoは、Steve Vai、PaulGilbert、Frank Gambale、Steve Lukatherといった超一流のmusicianのアルバム制作に関わったりライブに同行したりしている人で、本来は私達のような素人のバンドの仕事を受けてくれるような人ではないが、2016年5月のファーストアルバムの録音の際、たまたま日本に来られていて、大久保さん関係の人のつながりで、レコーディング、ミキシング、マスタリングを、お友達価格で引き受けていただけた。その後も交流が続き(2017年11月8日の記事参照2018年11月23日の記事参照)、今回のセカンドアルバムの制作もEnricoが引き受けてくれた。とてもありがたいことだ。
左の写真は同じく2019年5月、コントロールルームで打ち合わせをしているところ。
夜光雲では、瀧内曜子さんというプロのバイオリニストに参加していただけた。瀧内曜子さんは、京大医学部卒の血液内科医でもあり、学位も持っておられる。今回は、北村先生のツテで参加していただけた。この曲の中では、イントロ、間奏、Cメロとの絡み、エンディングなど、かなり沢山のパートを弾いていただいた。この曲は、また、NSのキーボード奏者である大久保氏のピアノ演奏もフィーチャーしている。大久保氏は一時期プロのミュージシャンとして活躍してたくらいの人だ。そのような瀧内先生のバイオリンと大久保氏のピアノの演奏が前面に出ていることもあって、この曲は、演奏のレベルはかなり高い。是非一度聴いていただきたい。
瀧内先生と北村先生のツーショット。
今回のミュージックビデオも、これまでと同じく、ライブハウス「ラグ」で撮った当て振りライブ映像が基調となっている。それだけでも十分良かったのであるが、他のMVと同じように、何かの要素を足そうと、ディレクターの大久保氏と一緒にあれこれ考えた。青木先生に寂しげな街角を歩いてもらうような映像を考えて、京都の石塀小路や神戸の異人館界隈など、色々ロケハンなどしてみたが、日本の街角はどこでも電柱や蛍光灯の街灯があり、いい場所が見つからなかった。イマイチの場所で女性が歩いているシーンを撮ると、カラオケの背景動画みたいになってしまいそうという話にもなった。それで、私が歌詞に合わせたイラストを描くことにして、それをビデオの中で使うことにした。
 左のイラストは、Aメロの、「星も見えないこの夜に」「色をなくしたこの街で」「音のない世界巡っても」という歌詞に合わせて描いたイラスト。色鉛筆で線描し、スキャナーで画像として取り込んでから、フォトショップで淡い色を使って彩色し、その後階調を反転させ、色相を調整するという方法で描いた。
 なお、このイラストについては、澄田裕美先生(医生研特定助教、サイエンスコミュニケーター)が近景、中景、遠景などをバラして、ゆっくりと動かすような細工をしてくれて、ビデオの中では、イラストの街を歩いているような動画になっている。
左はBメロの「時間の向きを歪めたら違う世界へ行けるのか」「この色のない街に迷いどこであなたとすれ違ったか」という歌詞に合わせて描いたイラスト。縦長にしてあるのはカメラを色々な方向にパンしながら、全体としては下から上へカメラを振ってもらうため。なお、以下に北村先生による歌詞を貼り付けておく。とてもいい歌詞だと思う。変に救いが入ってなくて、最後を「光をなくした街が広がる」で終わるところなど、素晴らしい。

【歌詞】
星も見えないこの夜に
色をなくしたこの街で
失った過去のあなたとの
思い出をさがしてさまよう

音のない世界巡っても
いつも元の場所に戻る
もう一度あの日あの頃の
あなたの声に触れてみたい

時間の向きを歪めたら
違う世界へいけるのか
この色のない街に迷い
どこであなたとすれ違ったか

ふと見上げると
白く光る雲と
記憶がないほど暗い空に
あなたの影追い求め

寝静まる街の片隅に
忘却のかけらを集め
見覚えのあるカフェのドア
過去へつながる道をさがす

遠く空に漂う雲の
名残の光が消えいくなか
明けることない空の下には
光をなくした街が広がる
左はCメロの「ふと見上げると 白く光る雲と」という夜光雲を表す歌詞に合わせて描いたイラスト。
 下記は、北村先生がYouTubeの解説欄に書いた解説文。「30年前に河本が作ったメロディを聴きながら北村が作詞して蘇ったこの失恋歌は、セカンドアルバムの中で唯一科学をテーマにしない曲である。静謐なピアノの前奏で始まる曲は、美しいバイオリンのフレーズとピアノの絡みのあと、憂いを含む女性ボーカルに委ねられる。 バイオリンソロを挟んでギター、ベース、ドラムが加わって始まる2番はバイオリンとボーカルの絡みへと展開する。 最後はバイオリンとピアノの掛け合いがベーソロへと繋がり、曲はフェイドアウトしていく。 」。
雲の部分のアップ。この部分はまずアクリル絵具を水で薄めて白い紙に雲を描き、それをスキャナーで取り込んでから、フォトショップで階調を反転させ、色相を調整して作成した。
ちょっとベタであるが、「見覚えのあるカフェのドア」「過去へつながる道を探す」という歌詞に合わせて描いたイラスト。
最後のフレーズの「明けることない空の下には」「光をなくした街が広がる」という歌詞に合わせたイメージ。縦長にしてあるのはカメラを下から上へ動かしてもらうためであるが、このイラストには少し工夫を加えている。一番下の部分のパースは、街角に立っている高さからの情景になっているが、少し上の部分は、少し上から街を見たパース、真ん中あたりは、かなり高いところから見下ろしたパースになっている。こうすることによって、イラストの下から上に少しずつカメラを動かしていくと、ドローンで撮影した映像の雰囲気にならないかと考えた。「カメラがゆっくりと上昇し、やがて高いところから街を見下ろす、そして水平線の方に視線を上げると、暗い街が広がっている」というイメージになれば、という意図である。ビデオの中では、まずまず成功しているように思う。
 なお、この曲は、冒頭に書いたように血液/免疫に関係のない曲であったが、NSでは時々そういう曲を作ってきたし、今後も作ろうと思っている。ファーストアルバムでは、「Epilogue〜夏の終わりに〜」(作詞北村俊雄、作曲河本宏、歌大野博司)という曲がそうだった。

(参考)【Negative Selection】Epilogue〜夏の終わりに〜:

2024年4月28日(日)

庭のランの花
研究室には関係ないが、自宅の庭のランの話。少し前にも書いた(2022年5月4日の記事参照)が、今年は特によく咲いたので、再登場させる。
これはノビル系のデンドロビウムと、日本の在来種であるセッコクとの交配種と思われる。ノビル系は直立するが、この交配種はセッコクのように横向きに生えたり下垂したりする。着生ランなので、水苔などを塊にして貼り付けておくと、こんな感じで玉のように育つ。中学生の時に同級生の鴨脚(イチョウ)光茂君から頂いたもので、 最初は1-2本だったが、その後良く増えて、これくらいの大きさの株が実家や弟の家にあるものも合わせると10個くらいある。ノビル系は寒さに弱いが、この交配種は、セッコクの遺伝子を受け継いでいるからか、寒さには強く、こんな感じで屋外で育てることができる。なお、塀の上部を覆っているのは、ハゴロモジャスミン。まだ満開ではないが、すでに香りが強い。
ノビル系の特徴として唇弁の中に濃赤色の斑紋が見られる。
地植えで咲いているのはシラン。艶やかな花であるが、これは日本の在来種である野生ラン。野生ランと思えないくらいに強健なのと、多くの野生ランが半日陰を好むのに対して日当たりの良いところでも育つので、ラン科の植物としては珍しく、庭園などに植えられていたりする。京大では、芝蘭会館の玄関口に植えられていたと思う。それくらい強いのに、何故か自生の状態で見ることは難しく、関東以西に自生しているらしいが、私はこれまでに自生は見たことが無い。

2024年4月26日(金)

新所員講習会
毎年この時期に、その年度から医生研に来るようになった人達70-80人を対象に、3時間くらいの講習会が開催されている。内容は、研究費の適正な使用、研究不正の防止、安全、衛生、情報セキュリティー、動物実験などについての話。
講習会終了後、研究所のスタッフや学生らも参加して、歓迎会。軽食と飲み物が用意されている。今年は参加者が多く、盛会だった。
今年度から中台枝里子先生と野々村恵子先生が、それぞれ大阪公立大学と東京工業大学から、教授として来られた。この日は、中台先生は所用で欠席されたが、野々村先生は出席され、挨拶をされた(写真)。その他、昨年の新所員歓迎会以降に着任された先生方が挨拶をされた。
新宅博文先生と若者達。表記の会がこの日の午後、医生研1号館の会議室で開催された。
今吉格先生と若者達。今吉先生は、生命科学科と兼任という形で医生研でも教授を務められている。昨年度から所内のソフトボール大会を企画されていて、今年も近々御所の近くで、近々開催されるらしい。河本研からも若者3人が参加する予定。表記の会がこの日の午後、医生研1号館の会議室で開催された。
安達泰治先生と若者達。歓迎会は、1時間くらいだったが、賑やかでいい会だった。恒例にしていきたいと思う。

2024年4月20日(土)

医生物学研究所進学説明会
表記の会がこの日の午後、医生研1号館の会議室で開催された。
大学院の進学を考えている人に向けた説明会なのであるが、一昨年まで「研究所見学会」という名目で平日に開催されていた。昨年同じ名目で土曜日に開催したところ、高校生を含めて一般の見学者が多数こられた(2023年4月22日の記事参照)。一般向けの見学会は、それはそれで意義があるが、主旨をはっきりさせるために、今回は「進学説明会」と名打った。第1部で各ラボから5分ずつ説明があり、第2部で希望者は研究室を訪問する。研究室訪問は2回に分けて、まず第1希望の研究室、その後第2希望の研究室を訪問する。河本研にも数名の訪問があった。

2024年4月19日(金)

LiMeセミナーが始まる
この日から、所内の交流を目的として、毎週金曜日のお昼ご飯時に、若手中心のセミナーが開催されることになった。30分1枠と、15分2枠。スライドは英語、発表言語は日本語か英語。所内Zoom配信も行う。少々のお菓子と飲み物は提供されるが、昼食は持参。いい企画だ。
司会役は大串雅俊先生(写真向かって左、永楽研准教授)。最初の演者は30分枠でMyriam Hsu先生(写真右、伊藤貴浩研研究員)。今回の15分枠は神田雄大先生(朝長研助教)一人だった。

2024年4月19日(金)

黄砂飛来
今年も黄砂の季節がやってきた。この2、3日は、かなりひどい。
車のフロントガラスはこんな感じ。

2024年4月17日(水)

骨代謝学会の情報交換会での演奏に向けた練習
第24回日本骨代謝学会学術集会が2024年6月29日(土)~7月2日(火)に沖縄の那覇で開催される。その情報交換会のアトラクションとして、Negative Selectionが出演することになった。昨年の内視鏡外科学会での演奏会(2023年12月7日の記事参照)もそうであったが、Negative Selectionの持ち歌の演奏は1曲程度で、後はその学会のスタッフや招待演者などが歌う曲をバックバンドとして演奏する。この日、神戸で練習。今回のバンド演奏は、NSのベースの石戸聡先生(兵庫医科大学)が集会に参加できないので、清野研一郎先生(北大、写真向かって左)に参加していただくことになっており、この日は出張に合わせて練習に参加いただいた。清野先生とは何度かバンドでご一緒したことがある(2010年4月3日の記事参照)。写真右は北村俊雄先生(神戸先端医療研究センター長)。
第24回日本骨代謝学会学術集会HP:
練習が終わってから、全員で記念写真。向かって左から、塚崎雅之先生(東京大学高柳研特任准教授)、清野先生、田中栄先生(東京大学整形外科教授)、北村先生、木村朱里(あかり)さん(東大大学院M2生)、私。塚崎先生は、2022年に文部科学大臣表彰を受けるなどしており、研究者として優秀であるが、骨免疫学会のウインタースクールの常連でもあり、「骨免疫学」という本を書いたりもしていて(2021年8月23日の記事参照)、とてもactiveな人だ。元テコンドー高校王者という経歴も持っている。木村さんはミス東大コンテストに出場したことがあるとのこと。今回、学会にスタッフとして参加される関係で、シンガーとしても出演されることになった。バンドでボーカルをしたこともあるとのことで、とても上手だった。
木村朱里さんミス東大コンテスト2023エントリーHP:
練習後、会食。向かって左端はキーボードの大久保博志さん(progress)。楽しかった!
          

2024年4月13日(土)

深泥池のミツガシワ
深泥池のミツガシワが、この数年で激減している。2年前にも記事にしたが、今年はさらに減っている印象だ(2022年4月9日の記事参照)。ミツガシワは北方系の植物で、深泥池の群落は氷河期の生き残りとされていて、分布の南限に近い。急速な減少は、温暖化の影響も多少はあるかもしれないが、主には鹿による食害が原因と考えられている。鹿はこの辺りの山中で相当増えているようで、高野川の河原などでも時々見かける。
南岸のミツガシワはほぼ全滅していて、写真のように数株が生き残っているだけだった。
これは10年前の様子(2012年4月14日の記事参照)。何とかこの状態に戻ってほしいものだ。京都大学には「iGEM Kyoto」という合成生物学の研究に取り組む学部学生主体のグループがあって、最近は鹿の忌避剤を大腸菌に作らせる研究をしていると聞く(2023年9月24日の記事参照)。是非、深泥池で使ってほしい。

iGEM Kyoto HP:

2024年4月11日(木)

富小路通のシダレザクラ
この日、富小路通にある店で昼食。地方裁判所の東側のシダレザクラがきれいだった。
          

2024年4月11日(木)

ナガミノヒナゲシの花
ナガミノヒナゲシはケシの仲間で、帰化植物。オレンジ色のきれいな花を咲かせるが、繁殖力が強く、また他の植物を抑制する作用(アレロパシー活性)が強いので、あまり評判が良くない。写真は医生研1号館の玄関前で撮影。
 以前にも書いた(2021年5月10日の記事参照)が、この種は花の大きさが個体によって著しく異なるという珍しい特性を持っている。通常の花は、小さな個体は無理に花を咲かせないで、それなりの大きさになってから花を咲かせるので、花の大きさがおおむね揃っている。ところが、このナガミノヒナゲシは、小さい個体は小さいなりの小さな花を咲かせる。
上の写真のアップ。いろいろな大きさの花が見られる。開花ホルモンが発動する条件が、他の植物と大きく異なるのであろう。何かとても異様な感じだ。

2024年4月11日(木)

高野川の桜
高野川沿いの桜は、丸太町あたりの鴨川沿いの桜よりも、少し北に位置する分、満開は2-3日遅れる。写真は出町柳の橋から上流側を望んだ景色。

2024年4月10日(水)

藤田医科大学での講義
4年前から藤田医科大学で基礎免疫学(医学部2回生、4-5月の月曜日の午前中70分x2コマを5回、計10コマ)を担当している。4年前と3年前はコロナのせいでオンライン講義、2年前はオンライン講義と対面講義のハイブリッド形式、昨年からは対面講義のみとなった。今年は、第4回の講義の中で、免疫細胞の移住のメカニズムの解説をした後、Negative Selectionのセカンドアルバムを紹介し、「或好中球の一生」のミュージックビデオ(2024年4月3日の記事参照)をフルで観てもらった。

「或好中球の一生」ミュージックビデオ:

2024年4月10日(水)

分子棟の前のシダレザクラ
今年は分子棟の前のシダレザクラがとてもきれいに咲いた。
我々は分子棟と呼んだりしているが、正式には分子生物実験研究棟。かつては医生研の研究室もいくつか入っていたが、それらは少し前に医生研1号館または医生研3号館に引っ越したので、今は地下の実験施設の一部を除いて、医学部の管轄になっている。
          

2024年4月8日(月)

大阪府高齢者大学校の入学式で講演
大阪には大阪府高齢者大学校という認定NPO法人がある。以前にも書いた(2023年9月7日の記事参照)が、シニアの方々に生涯学習の場を提供する認定NPO法人で、通称は「コーダイ」。大学といっても単年度の入学を繰り返す仕組みで、一つのテーマについて週1回の講義が年に26回開催される。科目は60くらいあり、歴史、社会、生命科学、語学、美術、音楽、園芸など多岐にわたり、その中から自由に選べる。講義の会場は大阪中に7-8箇所あり、講師は全部で3-400人いるとのこと。受講料は6万円/年で、毎年2000人以上が入学、生徒さんの平均年齢は72歳であるらしい。
 入学式は大阪国際会議場の大ホールで開催された。これまでは式典だけだったらしいが、せっかく多くの人が集まるのだからと、今年から第2部として講演会が開催されるようになったとのこと。講師は私と、もう一人は声楽家の江本あきこさん。
大阪府高齢者大学校HP:
入学式は1400人以上が参加したとのことだった。
古矢弘道理事長による挨拶。
私は「VDJ-recombined」というNegative Selectionの新曲(2024年3月11日の記事参照)の冒頭部分を流しながら、バンド用装束の帽子とカツラをかぶって登場し、「つかみ」としてはかなりウケたと思う。帽子とカツラを脱いでから、「老化と免疫」というテーマで話をして、その中で「ガッテン!」に登場した時の動画も披露した。
【T細胞の懊悩】VDJ-recombinedミュージックビデオ:
コーダイHPから、入学式の報告記事。「テンガロンハットとかつらの奇抜な姿で登場」とあるが、この登場の仕方は私の発案ではなく、コーダイのスタッフの方からの提案だった。そんな案が出てきて採用されるくらいだから、とても自由な雰囲気の中で運営されていると言える。
入学式終了後、近くの大阪大学中之島センター9Fのサロン・アゴラで、スタッフ一同での懇親会が開催された。
会場から堂島川の下流の方を望んだ景色。画面左寄りに関西電力病院が見える。私は卒後2-3年目に、関西電力病院に研修医として勤めたが、その時はこの建物ではなく、すぐ西側に位置していた8階建ての建物だった。
コーダイの話と関係ないが、関電病院がらみの話を少し。10年くらい前に、旧病棟が取り壊されている時期にたまたま通りがかって、寂しく思ったことがあった(2013年11月30日の記事参照)。左は、その時の写真。
関電病院で研修医をしていた頃の写真。伊達メガネをかけている。背後に見えているのは当時の関電病院。
懇親会場から堂島川の上流側を望んだ景色。
コーダイのスタッフの方からいただいた写真。
テーブルごとに撮った集合写真。楽しそうな雰囲気が伝わる、いい写真だ。
          

2024年4月6日(土)

鴨川の桜
3月の中旬に寒い日が続いたせいか、今年の桜は昨年より10日くらい遅く、鴨川の桜は4月に入ってからようやく見頃を迎えた。コロナが5類に分類されたのが昨年の5月だから、本格的なコロナ明けの後の初めてのお花見の季節と言える。鴨川の堤(つつみ)は多くの人で賑わっていた。すっかりコロナ前に戻った感じだ。
この日の夕刻、いわゆる「チェアリング」という形で、コロナ明けを実感しつつ、鴨川堤で1時間ほど花見を楽しんだ。

2024年4月4日(木)

洋ランの花
紫小町(ジゴニシア)というランは、アガニシア属とジゴペタラム属の属間交配種であるらしいが、品種としてとても優秀で、買ってから6年くらいになる(2019年9月15日の記事参照)が、窓際に置いて水をやるだけで、毎年立派な花を咲かせてくれる。左側に咲いているのはリカステの一種。

2024年4月3日(水)

「或好中球の一生」をYouTubeで公開
少し前にNegative Selectionのセカンドアルバム「辺境の街から」が完成したという記事を書き(2024年2月27日の記事参照)、その後「VDJ-recombined」(2024年3月11日の記事参照)を、続いて「Transcytosis H.O.」(2024年3月19日の記事参照)をYouTubeで公開した。本日は、赤枠で囲った「或好中球の一生」をYouTubeで公開。
 この曲は、歌詞が日本語であるし、内容的にも「ぼんやりと過ごしてきた人がある日突然使命に目覚める」という、ある種の普遍性がある状況をテーマにしているので、一般に受け入れられやすいのではと思っている。
左は、この曲のサムネイル。ボーカルは大阪大学の石井優先生。石井先生は免疫細胞の生体内可視化観察技術を用いた研究におけるトップランナーだ
。 この曲は私(河本)が作詞/作曲。好中球の生涯はリンパ球と比べると、ストレートな生き様と言える。リンパ球と違って分化成熟課程の中に負の選択のような試練はなく、骨髄の中でさしたる苦労もなく育つ。成熟後は、血流に乗ってパトロールし、病原体の感染があると旺盛に貪食するが、そもそも寿命は数日しかない。そのはかない一生を歌にした。
「或好中球の一生」のミュージックビデオ
「或好中球の一生」の手書きバンドスコア
以下にこの曲の歌詞を載せる。

1. 澱んだ街で 人にまみれ 気ままに育ち
巣立った後は 世の流れに 体をあずけ
あてなくさすらう 旅の中
ある日 遠い声を聞いた
長い夢から 覚めるように
悟った ここがpoint of no return

2. Attaching Rolling 血管壁に へばりついて
偽足を伸ばし 基底膜を 貫いた
ケモカインに 導かれ
獲物の狩場へ やってきた
どこから来たのか 知らないが
奴らの匂いは そそるぜmy appetite

3. Capturing engulfing 腹の中で 溶かして殺す
地元の友は 少し食べて どこかへいった
あいつの仕事は 知らないが
俺はここで 食べるだけ
でも知っている いつの日か
腹が満ちると the end of my life

2番の歌詞の中に「偽足」とか「ケモカイン」という言葉が出てくる。左図は講義等でよく使っている図で、免疫細胞がケモカインの濃度勾配を感知して移動するという事と、移動の際には偽足を振興方向に伸ばすという事を説明している。
2番の歌詞にRollingという言葉が出てくるが、これは免疫細胞が血管に弱く付着し、血流に流されながら転がるように移動する現象。左図は、そのメカニズムを説明する図。以下は、CDの中の曲の解説や、YouTube動画の解説として載せている文章。

【解説】 血流中を漂流する好中球が、ある日覚醒して病原体の侵入部位に赴く。 貪食に興じ、やがてその短い生涯を終える。 儚い生を宿命として粛々と生き抜く好中球の喜びと哀しみを、 石井がシャッフルのリズムに乗せて朗々と歌い上げる。
 骨髄で成熟した好中球は血流に乗って身体中を漂流する。 血管内腔に出ている接着分子によってつなぎ止められ、 血管壁を転がるように移動する(ローリング)。 その時、炎症部位から届いたケモカインを感知すると、 好中球は活性化される。炎症部位へ移住し、病原体を食べまくる。 好中球の寿命はせいぜい数日。殆どの好中球は活躍する事なく死んでいくが、それは体にとっては平穏無事である事を意味している。 なお、作品中で使われている好中球の動態を映した動画は、石井の研究室で 撮影されたものである。
上記の解説文の最後に出てくるが、このミュージックビデオの中では、好中球が体内を動く様子の動画が沢山織り込まれていて、それらは全て石井先生から提供されたものだ。
 左はそれらの動画のキャプチャー画像。これらの動画のおかげで、ミュージックビデオ全体が、とても見応えのあるものになっている。
          

2024年3月30日(土)

今年のユキヤナギ
まだサクラはチラホラしか咲いてないが、ユキヤナギはいい感じになっている。今年の医生研1号館玄関前のユキヤナギは、とてもきれいだ。実は昨年までは、なぜか刈り込まれていて、こういう勢いがなかった。
これは2年前に収録した裏医生研チャンネルの中の一コマ。何で刈り込むのかなあ、と疑問を呈している。
第5回:【医生研の四季】鴨川&疏水でお花見!
これは昨年の収録。やはり刈り込まれているなあ、というコメントを言っているところ。まあこれらコメントが伝わったのではなく、今年はたまたま刈り込まなかったということだと思うが、何であれ今年のはとてもきれいで、嬉しい。
#39:【研究所の四季】 二年目のサクラ!新年度がやってきた!
          

2024年3月26日(火)ー27日(水)

中国医薬大学訪問
25日のあきるの市訪問から、26日朝には台湾に向かうというスケジュールなので、羽田空港第三ターミナルの近くのヴィラ・フォンテーヌ・グランドというホテルに宿泊。
大きなホテルだった。
部屋。
26日朝、JAL便で台北の松山空港に到着。王君が出迎えてくれた。タクシーで台北のメインステーション(写真)へ向かい、高速鉄道に乗車。
台中市までの車内では、王君が買っておいてくれた「台湾の駅弁といえばこれ」という定番の豚スペアリブ弁当を食した。台湾でも弁当[ベントウ]と呼ぶらしい。美味しかった。
中国医薬大学は台中市の市街地の中心に近い部分にあるが、数年前にやや離れたところに、新しいキャンパスを造ったとのこと(水湳キャンパス)。医学部を除く多くの学生がメインキャンパスからこちらに移動したらしい。
水湳キャンパスのマップ。
右下の3つの建物を西から見たところ。中央の建物は学生の寮とのことで、とてもユニークなデザインだ。
前の写真の向かって左の「卓越大楼」がこのキャンパスの本部の建物のようで、その9階の、学長がいるオフィスを訪問。Hung学長他、スタッフの方々が出迎えてくれた。私が持参した日本酒、NSのセカンドアルバム、絵葉書6点セットなどをみやげとして献上し、記念撮影。向かって左からShih-Ping Liu 先生(Professor in CMU)、Woei-Cheang Shyu 先生(Professor, Deputy general manager in Ever Supreme)、Long-Bin Jeng 先生(Professor CEO in CMU and CMU Hospital)、私、Mien-Chie Hung先生(中国医薬大学学長)、Liang-Yo Yang先生(Dean, Office of Global Affair)、王君。河本研は中国医薬大学とは2019年から交流がある(2019年10月18日の記事参照2020年1月9日の記事参照)。2022年9月には京都大学と中国医薬大学の相互協力協定(MOU)が締結され(2022年9月28日の記事参照)、昨年12月には中国医薬大学と京都大学の合同シンポジウムを開催した(2023年12月20日の記事参照)。
Hung学長からはきれいなカップを頂いた。
前記のマップでC1/C2ビルディングにあたる建物。この中に京都大学のサテライトラボを、という構想のようだ。西半分が研究棟、東半分が産学連携棟。
北側のエントランス。
入ってすぐの吹き抜け。でかい。
6階にはすでに動いているラボがあったので、見学。
5階に京大サテライトラボという構想で、写真はその一部。
会食のレストラン。
台湾料理を頂いた。
カラスミ。
アワビ、しいたけなど。
白身魚のフライ。
カラオケが始まった。Hung学長は、昨年12月の合同シンポの懇親会でもシメの挨拶の時に突然歌を歌ったのであるが、確かに歌はとても上手だ。日本では高級なレストランでカラオケというのはあまりないが、台湾ではよくあるらしい。
カラオケの機材が持ち込まれていてカラオケもできるのであるが、部屋にはいわゆる「流し」という人達が呼ばれていて、食事中のバックミュージックを奏でたり、リクエストに応じて演奏しつつ歌を歌ったりしてくれる。日本では「流し」は最近ほとんど見かけなくなったが、台湾では「流し」の文化がこうやって生き続けているということのようだ。
今回の食事会の皆はカラオケ慣れしているようで、全員が少なくとも1曲は歌っていた。王君も、Jeng先生とデュエットで歌った。私も、恥ずかしながら「ボヘミアン」を歌わせて頂いた。彼らのカラオケシステムの中にファイルがなかったので、YouTubeの中のボヘミアンのカラオケ動画を使ってもらった。
The Splendor Hotel Taichungに宿泊。
ホテルの窓からの景色。
27日はメインキャンパス方面を訪問。
私の干支である「牛」(水牛)の金属製彫像をお土産として頂いた。
午前中、あれこれと打ち合わせをした後、お弁当。
午後、CMUの車で桃園空港まで送っていただいた。今回は往路が羽田-松山空港、復路が桃園空港-関空という変則的な航路になってしまい、往路はJAL、復路はPEACHだった。PEACHはLCC(格安航空会社)なので食事は注文制。カップラーメンやカップライスしかなかったが、カップヌードルは十分美味しいと再認識した。値段は倍程度(カップヌードル400円、ビール500円)。
日本時間22時頃に関空に到着。正味のフライト時間は2時間強だった。先週から新潟、富山、あきるの市、台中市と、出張続きだった。疲れはしたが、いい旅だった。

2024年3月25日(月)

H.U.グループの中央研究所でのセミナー
H.U.グループは日本を代表する検査会社であるSRLを擁する大きな会社で、あきるの市に研究所を擁している。リバーセルと諸事を共同開発することになっており、その関係で今年度は今回を合わせて計4回足を運んだ(2023年12月22日2023年9月15日2023年6月26日の記事参照)。今回は「再生医療の現状と課題」という感じの話で、この前の週に開催された再生医療学会での見聞を語った。「放談」という形式で、かなり本音トークをした。
なお、今回もNSのセカンドアルバムの宣伝をして何枚か購入いただいたのであるが、その中に一人、根岸諒という人がいて、聞けばShiver of Frontierというメロディックスピードメタル系のバンドでギターを弾いているとのこと。イングウェイ・マルムスティーンが好きとの話だったが、確かに無茶苦茶上手だ。左の写真は以下の動画から。
Shiver of Frontier - Faint Hope in the Wind (OFFICIAL VIDEO)
根岸さんは他にも1st0 (ファーストゼロ)他のバンドもやってて、とてもいい味を出している。ギターソロの技術は、素晴らしい。
1st0 「Tragedy~終焉~」 Official Music Video
1st0 「Revolution」 Official Music Video

2024年3月24日(日)

森下先生、木村先生との会食
森下あおい先生(写真中央、滋賀県立大学人間文化学部教授)、木村照夫先生(工芸繊維大学教授、繊維リサイクル技術研究会委員長)と会食。昨年8月に開催されたイベントご一緒させて頂いた(2023年8月23日の記事参照)。今後も共同研究で繊維製品の再生にまつわる事業ができないかという話などを楽しんだ。

2024年3月23日(土)

高津聖志先生紫綬褒章受勲記念講演会と祝賀会
表記の会がこの日富山で開かれることになり、午前中、新潟から富山まで移動。新潟から富山までの日本海沿いの特急でもあればよかったのだが、どうやらそういう便はなさそうだったので、上越新幹線で一旦高崎まで戻って、長野新幹線-北陸新幹線で富山に向かった。左の写真は長野新幹線で軽井沢を過ぎたあたりで、冬景色だった。
講演会と祝賀会はANAクラウンプラザホテル富山で開催された。写真は講演会。
高津先生の講演は、クローニング競争時代の話が面白かった。後世に残すために、是非本にしてほしいと思った。
講演会に続いて、祝賀会。
お弟子さんを代表して、高木智先生(国立国際医療研究センター 部長)がお祝いの言葉を述べられた。
花束贈呈。
私が座ったテーブル。改正恒康先生(私の向かって右隣り)は理研チームリーダー時代の同僚で、久々に話をした。全体に和気あいあいとした、いい会だった。

2024年3月21日(水)ー23日(土)

第23回日本再生医療学会総会
表記の会が新潟で開催された。誰が作ったかの記載を見つけられなかったが、このカバーアートは「心」を表していると思われる。とても良い。
新潟には前日入り。3月の半ばも過ぎたというのに、寒波が来ていた。富士山がきれいに見えた。
東京で上越新幹線に乗り換え。越後湯沢から長岡あたりまでは、冬景色だった。写真は長岡近辺。
新潟駅。雪ではなかったが、冷たい雨と強い風の、荒天だった。この日のお昼頃に飛行機で大阪から新潟に向かった便は、新潟空港に着陸できず、大阪に戻ったらしい。
会場の朱鷺(とき)メッセ。2003年開業とのこと。
とても立派な建物だ。
新潟駅からタクシーで20分。信濃川の河口部に位置する。
北側の通路から少し外へ出て、写真撮影。海側。
信濃川の上流側。
初日の午前中に、「iPS細胞を用いた再生医療の最前線」というシンポジウムがあり、最先端の状況を知ることができた。午後には、再生医療実現化ネットワークの中核拠点の後継事業である「AMED再生・細胞医療・遺伝子治療研究中核拠点」によるシンポジウムがあった。CiRA, CiRA-F、国立成育医療研究センター、筑波大学という4拠点で構成されている。写真はシンポジウム後半の、それぞれ拠点の代表者によるパネルディスカッション。うまく噛み合ってシナジー効果が出ることが期待されところだ。
会場間を結ぶ回廊には新潟の地酒コーナーがあった。
展示&ポスター会場。
会場では各種地酒の利き酒コーナーが設置されていた。粋な計らいだ。
懇親会は大盛況だった。
懇親会ではアトラクションとして新潟のダンスチームによるパフォーマンスを観ることができた。写真は「チビユニティ」。素晴らしかった。世界的なダンスコンテストのジュニア部門で史上初の4連覇を達成との実績があるらしい。下記はそれとは別なオーディション番組に出演時の映像。
日本からの挑戦、新潟から来たチビユニティがゴールデンブザーを獲得!
集会長である寺井崇二先生(新潟大学消化器内科教授)による挨拶。「“真心”がこもった再生医療を」という今回の集会の主旨がよく伝わった。
鏡割り。
山口大学の山本美佐先生(向かって左端、山口大学保健学専攻病態検査学領域教授)と、再生医療・細胞療法コースの大学院生達と。再生医療・細胞療法コースでは何度か講義に行っている(2020年1月17日の記事参照)。
集会長の寺井先生と。
2日目の朝、7時前に激しい降雪があり、街が一時、雪に覆われた。
この日は午前中に免疫細胞を用いた細胞医療のシンポジウムで話をした。
シンポジウムの後、日立製作所が主催するランチョンセミナーで講演。メインホールで開催されたため、とても多くの聴衆に聴いていただけた。
セミナー終了後、座長の青井貴之先生(神戸大、向かって左端)と、セミナーの前半を担当された半澤宏子さん(日立製作所)と。
この日のセミナーでは、最後の方に左のスライドを出して、講演後の数分間に演者台の近くで、NSのセカンドアルバムを「本の表紙に使われたイラスト」の絵葉書6枚セットをおまけにして、小さなテーブルを置いて販売しようとしたのだが、学会本部から「物品の販売はNG」とされてしまった。まあ確かにもっともな対応だ。それで、ホール外の通路などで、声をかけて頂ければ販売します、という方式に変えた。
ホールを出た通路で、何枚か購入いただけた。向かって左端はColton Qiuさん(AGM international Group).

2024年3月19日(火)

河本研送別会
年度末が近づき、送別の時期がきた。
今回送別される、テクニカルスタッフの野口さん。6年間、河本研で、iPS細胞からT細胞を誘導するという難しい培養法を、ラボの中心になって、支えて頂いた。野口さんが去るのは、河本研にとってつらいところだ。新天地でのご活躍を祈ります。
長畑君は4月からスペインに留学。河本研在籍は2015年10月からなので、8年半になる。私が基礎研究でやりたかったことを、私の想像を超えるレベルまで深掘りしてくれた。2022年12月のBlood論文はその成果の一つであるが(2022年12月15日の記事参照)、その後さらに研究を発展させてくれている。次の論文がほぼできていて、近々、投稿予定だ。今後、長畑君が、細胞分化、進化、がん化などを結びつけたスケールの大きな研究をどこまで極められるか、楽しみだ。
この日、歓迎を受けたのは間宮(旧姓石橋)茉実さん。皮膚科の大学院生(D2)であるが、研究活動を主に河本研で進めることになった(2024年1月22日の記事参照)。
テーブル1。
テーブル2。
送別されるお二人への花束贈呈。お疲れ様でした!
参加者全員で記念写真。
その後、研究所に戻った人達で、教授室で二次会。明日が祝日ということもあって、えらく遅い時間まで話をした。

2024年3月19日(火)

「Transcytosis H.O.」をYouTubeで公開
少し前にNegative Selectionのセカンドアルバム「辺境の街から」が完成したという記事を書き、(2024年2月27日の記事参照)、先週は「VDJ-recombined」をYouTubeで公開した(2024年3月11日の記事参照)。本日は、赤枠で囲った「Transcytosis H.O.」をYouTubeで公開。セカンドアルバムは、すべての曲について、曲自体もミュージックビデオも、とてもいい出来だと制作サイドは自負しているが、この「Transcytosis H.O.」はその中でも代表作といえる出来栄えだと、少なくとも私(河本)は思っている。
本曲はM細胞の働きを主題にしている。M細胞はパイエル板に代表される腸管関連リンパ組織の表面に位置して腸管の内腔に面しており、捕捉した細菌を基底膜側で待ち構えている樹状細胞に渡している。この細胞内を通って物質が運ばれる仕組みをトランスサイトーシスという。樹状細胞がT細胞を活性化することにより、獲得免疫系の反応が始まる。左の図は私が講義でよく使っている説明図。
M細胞の発見自体は随分古いが、その機能の分子機構に関しては、大野先生が世界で初めて明らかにした(Hase et al., Nature, 462(7270):226-30, 2009)。左の図は、その発見についての、理研からのプレスリリース(2009年)(下記参照)から拝借した。

腸管免疫応答に重要な細菌認識受容体を世界に先駆けて発見(2009年):
左は、この曲のサムネイル。「VDJ-recombined」に続いて、作詞は高浜洋介先生(NIH)で、河本が作曲。ボーカルは、Negative Selectionのメインボーカリスト、大野博司先生(理研IMS)。大野先生には、ファーストアルバムでは4曲全てを歌っていただいたが、今回は諸事情により、7曲中2曲だけ、歌っていただいている。
 高浜先生はM細胞と樹状細胞の関係性を「愛」に喩えた。献身的な純愛の歌かと思いきや、そこはさすが高浜先生ならではの、多層にわたった深読みが可能な歌詞になっている。それに合わせて、私は楽曲としても複雑な構成にし、変拍子やポリリズムを入れるなど、プログレッシブロック的なアプローチを試みた。また、動画では後飯塚先生による前衛的な鬼気迫る舞踏が、曲の深層をえぐりだしている。この映像を撮影し、編集し切った大久保さんは、Directorとして新たな境地に達したと言えるだろう。なお、3番の映像は、「地獄の黙示録」のカーツ大佐登場シーンへのオマージュである。下記はセカンドアルバムの中に入っている冊子の中の解説文。
高浜による詩は、M細胞が樹状細胞(Dendritic Cell: DC)に向ける業の深い献身と情念を描き出す。複雑な変拍子のイントロに続き、大野の切々とした唄に後飯塚の渾身の舞踏が絡む。M細胞は腸管の内腔に面し、細菌を捕捉して反対側に待機している樹状細胞に受け渡す。その際、捕捉した細菌は細胞質の中を通して運ばれる。この経路で運ばれることを、トランスサイトーシス (Transcytosis)と呼ぶ。タイトルのH.O.はHiroshi Ohno。(河本)

「Transcytosis H.O.」のミュージックビデオ
「Transcytosis H.O.」の手書きバンドスコア

2024年3月17日(日)

高折先生病院長就任祝賀会
朝早く「やくも」で松江を出発。途中、伯耆大山駅を過ぎたあたりで、左手に大山を拝むことができた。
山間から垣間見えた大山。この辺りからみると、富士山にそっくりだ。
表記の会は、12時から、リーガロイヤルホテルで開催。コロナ前までは毎年一月に第一内科同窓会というのが開催されていた。今回はその同窓会を兼ねている。コロナのせいで、同窓会としては、実に4年ぶりの開催となった。久しぶりの同窓会ということと、病院長就任祝賀会を兼ねているので看護師さん達も参加したため、大人数の盛会となった。
高折先生による挨拶。冒頭で流された高折先生の経歴を紹介するスライドのBGMがやたら勇ましいものだったので、「いやいや、そういうものでもないですから、ちょっと気恥ずかしかった」というような事を言っておられた。そういう謙虚さと親しみやすさが、高折先生のいいところであろう。
吉田弥太郎先生(昭和35年卒、医仁会武田病院)による挨拶と乾杯の音頭。退官後すでに25年になるという。「高折先生の紹介スライドから、人というのは責任が大きくなるに従い、恰幅がよくなるということがわかった」などとの即興コメントをされたりして、まだまだ矍鑠(かくしゃく)とされている感じだった。
S61卒(の一部)で記念写真。向かって左から鍋島紀滋(もとしげ)先生(三菱京都病院消化器内科)、門脇則光先生(香川医大病院長)、高折先生、私。かつて第一内科は消化器グループを含んでいたので、この世代では同窓会に消化器内科の先生も参加されている。S61卒は、この他に、今田和典先生(大阪赤十字病院)、高橋淳(あつし)先生(吉備国際大学)、中防幸晴先生(医仁会武田病院)が参加。
門脇先生による祝辞。香川大学病院の病院長をこれまで2年半以上務めておられ、病院経営の難しさが滲み出るいい祝辞だった。
向かって左から、中防先生、川端浩先生(S63卒、京都医療センター)、幸谷愛先生(H8卒、大阪大学)。幸谷先生は最近東海大学から大阪大学(微研)に異動された。なお、幸谷先生は子供の頃にヤマハミュージックスクールでエレクトーン演奏の英才教育を受けた経歴の持ち主で、音楽的才能はとても高い。Negative Selectionのライブ活動では、これまで何度も共演いただいている(2022年12月2日の記事参照2020年1月31日の記事参照)。

2024年3月16日(土)

エステック株式会社を訪問
エステック株式会社はオーダーメイドによる切断機、分析器などの研究、開発、設計、製造、 販売、メンテナンスを行っている企業で、本社は島根県にある。リバーセルへの出資を検討いただいており、この日、私と梶川社長で会社を訪問。まず新幹線で岡山に行き、そこから特急「やくも」で島根に向かった。
エステック株式会社HP:
米子と松江の間にある揖屋(いや)駅で下車。
このあたりは東出雲エリアというらしい。阿太加夜(あだかや)神社や黄泉比良坂(よもつひらさか)といった神話にまつわるような名前の神社や史跡があり、歴史の深さが感じられる。
本社ビル。
この会社では切断機、分析器、プラズマ発生装置などを主に扱っておられるが、レーザーで細胞に個別に刺激を入れる装置なども開発されている。その仕組みについて講義を受けた後、試作機を見学。
開発部門のあるフロアからは中海が見渡せる。本社ビルの奥に工場があり、そこで作られた機器類が主な売り上げとなっていて、そこで得た利益を、新製品開発に使っているとのこと。これまでにタンパク3000プロジェクトの際に理研に大型装置を納品するなど、独創性が高い機器を数多く開発されてきている。「無ければ作ればいい」という社是であるらしい。素晴らしい。
受注に応じて製作され、納品を待つ装置。右側に写っているのは、永島正嗣社長。
会社の見学後、近くの足立美術館に連れて行っていただいた。世界中の庭園愛好家向けの雑誌で、人気ランキング第1位を21年間連続で獲得しているという。2月に放映されたばかりのNHKスペシャルで、この庭園を維持管理するスタッフの技術の高さと奮闘ぶりが紹介されていたのを観て、一度現地に観に行きたいと思っていたところ、すぐに叶うことになって、ありがたかった。
庭園を歩き回るのではなく、美術館側から庭園を眺めるという方式。写真は美術館に入ってまもなく目に入る風景。テレビ番組で紹介されていた通り、隅々までスキ無く手入れされている。
美術館の順路通りに進むと、ところどころに額縁のような窓があり、絵画のような感じで庭園を楽しむことができる。
この美術館を創立した足立全康氏の銅像。この地方の出身で、大阪での商売によって一代で財を成し、日本画を主軸とした美術品のコレクターでもあった。庭園も好きだったということで、故郷への恩返しということで、1970年に、この美術館を創設したとのこと。何と、永島社長の祖父が、この足立全康氏の従兄弟であったらしく、永島社長は子供の頃足立氏とはよく会って話を聞いていたそうだ。今もこの美術館は顔パスだそうだ。
前述のように、海外の雑誌の日本庭園ランキングで、足立美術館は桂離宮や二条城を抑えての一位。「日本の庭を規模や知名度によらず純粋にその美と質によって評価する」という事業らしい。確かに、上位に旅館の庭などがランクインしている。
日本庭園ランキング:
中程の建物から撮った枯山水の庭。借景を上手に活かしている。
違う窓から撮った「枯山水の庭」。
メインの庭園の反対側も、趣きが異なる庭園になっている。
奥の建物からみた「白砂青松の庭」。岩がいい味を出している。
「白砂青松の庭」の右側。白砂に生えている松の盆栽仕立ての刈り込みが素晴らしい。右手の奥の方を見ると、遠くに滝が見える。
これは自然の滝ではなく、水はポンプで汲み上げているらしい。この滝については、ちょっと仕込み過ぎ感があるかなと思った。
 なお写真撮影禁止だったので画像は出さないが、庭園を見終わった後、日本画が陳列されている部屋を観て回るという構造になっている。横山大観をはじめとして、橋本関雪、竹内栖鳳、菱田春草、上村松園などの大作が並び、見応えがあった。平櫛田中の彫刻もあり、また北王子魯山人の陶磁器や書、最近の作家の日本画(院展の入賞作品など)も沢山観ることができ、これらだけでも価値があると思った。
美術館から揖屋駅に向かう途中、黄泉比良坂(よもつひらさか)に立ち寄っていただいた。黄泉の国(天国)に近い場所ということで、「逢いたい人にもう一度逢える場所」という事らしい。
この岩と岩の間が、黄泉の国と現世の境界であるらしい。
天国への手紙を投函するポスト。
このような説明が書かれている。薄暮の時間帯であった事もあって、敬虔な気持ちになってしまった。
松江駅の近くで会食。料理はとても美味しく、特に焼き松葉蟹が絶品だった。今回は、ユニークな機器類、圧倒的な庭園美と美術作品群、美味しい料理とお酒を、堪能できた。永島社長、ありがとうございました。
松江駅の近くのドーミーインに宿泊。名物の夜鳴きそば(無料)が美味しかった。

2024年3月15日(金)

芦原先生来訪
私は大学院生時代に所属していた輸血部に所属していた。桂研に移ったあと、木村晋也先生(現佐賀大教授)や芦原英司先生(現京都薬科大学教授)が輸血部に来られ、その関係でずっと付き合いがある。ちょうど私が京大の教授に就任した頃に、芦原先生も京都薬科大学の教授になられ、一緒にお祝いの飲み会をしたこともあった(2012年3月17日の記事参照)。芦原先生らは輸血部時代からガンマデルタT細胞を用いたがん免疫療法の開発をされていて、今もまだ続けられている。この日はその件について話をした。

2024年3月14日(木)

新井麻由子さん再来訪
新井麻由子さんは、東海大学医学部の三年生。新井さんは昆虫を中心に生き物が好きで、小学生くらいの時に、お台場の科学未来観で開催されていた免疫ふしぎ未来展に来られた際、プラナリアを差し上げたことがあって、それから時々連絡をとっている。昨年河本研に来られた際には、裏医生研チャンネルの「生き物好きさんいらっしゃい」というシリーズに2回出演いただいた(下記)。今回も、「再生とは?幹細胞とは?」というシリーズで登場していただこうと考えている。写真は、その収録風景。

第32回:収斂進化とは??【生き物好きさんいらっしゃい!その1】
第33回:多細胞化って何だ?【生き物好きさんいらっしゃい!その2】
新井さんは、現在東海大学の分子生命科学講座に出入りしてミクログリアの研究をしているらしい。その研究に関連して、お世話になっているラボの渡邉孝明先生(講師)が、左のクラウドファンディングをしているとのことで、ここに載せておく。4月25日までに、100万円を集めるのが目標だそうだ。
渡邉孝明先生クラファンサイト:
新井さんからお土産としてホヤの干物をいただいた。特に変なクセがなく、カラスミにも似た、濃厚な磯の風味という感じ。この他にもfancyなお菓子を頂いたりした。
この後、関係者でくうかいで会食。岩手県のお酒「死後さばきにあう」(喜久盛酒造)を飲んでみた。インパクトのあるネーミングだが、味はスッキリしていて普通に美味しかった。後で調べて知ったのだが、この言葉はキリスト教で言う「最後の審判」のことらしく、東北地方では「キリスト看板」としてよく見られるとのことのようだ。

2024年3月14日(木)

プロジェクト「北極星」の取材
メディカルイノベーション大学院プログラムの活動の一つとして、「学生発キャリアパスプロジェクト―自分だけの『北極星(TrueNorth)』を見つける―」と言うプロジェクトがあるようだ。 この日、「博士号を有する研究者のキャリアパスについてのインタビュー」に応じた。博士課程を目指す修士および学部学生が、学生目線で話を聞いて、エッセーにまとめるという事らしい。好きな言葉、影響を受けた人、学生へのメッセージなどについて応えた。向かって右端は「医学領域」産学連携推進機構(KUMBL)の井貫恵利子(特定助教)で、他は学部学生の方達。

2024年3月12日(火)

研究連携基盤所長・センター長懇談会歓送迎会
表記の会がブライトンホテルで開催された。京大には18の附置研究所とセンターがあり、連携基盤はそれらで構成される。構成部局の所長とセンター長で構成される懇談会というのがあって、月2回のペースで「昼食懇談会」という自由な発言をする会が、図書館の4階の会議室で開催されている。代表世話部局にあたった部局の長は、その昼食懇談会の議長を務めるのであるが、2023年度は医生研が代表世話部局だったので、私が議長役を務めてきた。議長役は、事前に開催のアナウンスをするとともに話題を募り、当日は集まった話題を整理してアジェンダを作成し、議事を進行する。決議を行う会ではないが、開催頻度が多いのと、自由な発言が飛び交うので、一体感が醸される、とてもいい会だ。その延長線上のイベントとして、例年3月には歓送迎会が行われる。代表世話部局長として、会の司会進行役を務めた。なお、今年度から来年度にかけて7つの研究所/センターでトップが入れ替わる。せっかく顔馴染みになったのにと、さびしく思った。
時任理事/副学長による挨拶。時任理事は、来年度からは理事ではなくなるが、副学長職は続け、「研究所/センターの統括」という新しい職務を務めるとのこと。国際研究卓越大学(10兆円ファンド)の申請に向けて、附置研/センターがどう取り組んでいくか、連携基盤としての舵取りが重要になるが、時任先生は研究所/センターの代表として、大学本部との交渉におけるキーパーソンとして引き続きご活躍いただけそうだ。

2024年3月11日(日)ー12日(月)

ITMAT Kyoto University International Symposium
表記の会が京都で開催され、聴講した。ITMAT(Institute for Translational Medicine and Therapeutics)はペンシルバニア大学の研究所。中々豪華な演者陣だ。
会場は芝蘭会館稲森ホール。
CAR-T細胞療法の開発者の一人、Carl June。
初日のシンポジウムの後に開催された情報交換会。今回は成宮先生が主導で進めておられたらしい。
左から上野英樹先生、岩井一宏先生、萩原正敏先生、私。
2日目、シンポジウムの終了後、北村先生と「くうかい」で会食。VDJ-recombinedのYouTube公開を祝った。

2024年3月11日(月)

VDJ-recombinedのミュージックビデオを公開
少し前にNegative Selectionのセカンドアルバム「辺境の街から」が完成したという記事を書いた(2024年2月27日の記事参照)。オンラインでCDが購入可能になるのは4月10日の予定。今回のアルバムは7曲入っているが、ミュージックビデオ(MV)については、逆襲の助教のMVはすでに公開済みで、他の6曲のMVを、完成しているものから順次公開していこうと考えている。まずは本日、赤枠で囲った「VDJ-recombined」をYouTubeで公開。
左は、YouTubeのサムネイル。作詞は高浜洋介先生(NIH)で、河本が作曲。ボーカルは、縣保年先生(滋賀医大)。プログレ風味のハードロックという感じの曲になっている。MVは、京都の老舗ライブハウスRagで撮った映像と、琵琶湖畔で撮った映像(2023年2月5日の記事参照)を合わせて作られた。大久保博志君による力作。琵琶湖畔で撮った動画では、ドローンが使われている。撮影の日はすごくいい天気で、素晴らしい映像になった。下記はセカンドアルバムの中に入っている冊子の中の解説。

T細胞が胸腺で分化する途上で、T細胞レセプターの遺伝子は再構成される。数多くの断片状の遺伝子の中からランダムに選ばれて組み合わされ、それぞれの細胞で唯一無二のレセプターが作られる。多様な外敵と戦える一方、個々の細胞に於いては可能性を失う過程でもある。新しいレセプターを得た高揚は、数多の道が閉ざされた故の不安と相剋し、ついにおのれの危険性に恐怖する。雄大な情景を背に、重厚なギターに乗せて縣の魂の叫びが炸裂する。V、D、Jはレセプターの断片のグループで、VDJ-recombinedはそれらが組み合わさった状態を指す。

「VDJ-recombined」ミュージックビデオ:
「VDJ-recombined」手書きバンドスコア:

2024年3月9日(土)

2023年度 東京理科大学生命医科学研究所シンポジウム
表記の会が東京で開催された。左は抄録集の表紙で、3人の先生の退官記念講演会を兼ねていた。左から久保允人先生、岩倉洋一郎先生、小園晴生先生。
先週末も寒波が来ていたが、この週末も寒波が来て、真冬のような寒さだった。左の写真は伊吹山あたりの風景。
金町駅。
東京理科大学の葛飾キャンパス。
図書館。この建物の3階が大きなホールになっている。
伊川友活先生が総合司会をしていた。
後飯塚先生は、J鎖のレポーターマウスを使って、胎生期と成体とでB細胞の分化過程が異なる事を示すという、とてもユニークな話をされた。
大野先生がIgAの産生との関連について質問。
この二人はNegative Selectionのセカンドアルバムの中の曲「Transcytosis H.O.」のミュージックビデオで共演いただいている。左はその動画の一部。この動画は来週公開する予定。
情報交換会。免疫学会関係の色々な人に挨拶することができた。
久保先生と。まだ完全に引退される訳ではないと思うが、まずは、お疲れ様でした!

2024年3月8日()

Jagan Pongubala教授のセミナー
Jagan Pongubala教授はHarinder Singhラボの出身で、リンパ球の分化と転写因子の研究を今も続けているようだ。今回は宮崎正輝先生(河本研准教授)がホスト。
河本研がしてきた基礎研究の内容と近く、セミナーは面白かった。
この日の午後、1時間くらい、長畑君も交えて、discussion。長畑君のBlood論文(2022年)の話を中心に話をした。

2024年3月6日(水)

日立-京大-リバーセルの共同研究の報告会
現在河本研では最初の臨床試験に向けた細胞製造を手作業で行っているが、将来的には大量培養をしたいと考えており、そのために日立製作所の自動培養装置を使った培養法の開発を、日立-京大-リバーセルの共同研究の形で進めている(2023年3月14日の記事参照)。この日、報告会の後、情報交換会を開催。

2024年3月2日(土)

第19回京都大学附置研究所・センターシンポジウム
表記の会が、京都大学松本講演会として、松本で開催された。京都大学には20弱の附置研究所/附置研究センターがある。一つの大学としては日本で一番多いらしい。大学というのは学部で成り立っていると思われがちであるが、附置研究所/センターは学部とは独立した別組織。教育にも少しは関わるが、原則的に研究活動を本務としている。その附置研究所/センターが連携して研究力を強化しようという目的で京都大学附置研究所・センター会議が発足し、その成果を社会に発信するイベントとして2005年から「京都大学附置研究所・センターシンポジウム」が始められた。附置研究所・センター会議の機能をさらに強化しようという主旨で2015年に研究連携基盤という組織が作られた。以後、このシンポジウムは、連携基盤から社会への発信として、年に1回、いろいろな都市で開催されている。
今回の演者の紹介。今回は生存圏研究所が主催。
前日は夜も予定が入っていたので、松本に行くのは諦め、名古屋で前泊。当日朝早くから特急しなので松本に向かった。
この少し前から寒波が来ていて、塩尻あたりは雪景色だった。
松本駅の東口側。
会場はまつもと市民芸術館。
エントランスからメインホールに続く緩やかな階段。
メインホール。800人収容可という、とても立派なホールだ。
今回のシンポジウムのテーマは「京大からの研究のながれ そして未来へ」。
総長の湊長博先生による挨拶。
今回からの新しい試みとして、「京都大学の先生との交流コーナー」というイベントが設けられた。これは、昼食時に、研究所長/センター長と中高生で、昼食をとりながらあれこれと談話するというイベント。このシンポジウムには研究所長/センター長が毎年おおむね参加する。それで、今回の参加者の中で中高生に左のようなチラシが配布された。
このシンポジウムには研究所長/センター長が毎年おおむね参加する。それで、今回の参加者の中で中高生に左のようなチラシが配布された。
今回のシンポジウムに参加した中高生はほとんどがこのイベントに参加したようで、結構賑やかな会になった。
シンポジストによる講演が一通り終わった後、シンポジストに加えて時任宣博先生(京大理事)、辻井敬亘先生(連携基盤長)、山本衛先生(生存圏研究所所長)が参加して、パネルディスカッション。若い人達に向けて研究者になることを決めたきっかけの話から入り、研究のあり方などが語られた。
今回のシンポジウムは、医生研チャンネルで取材を行った。今回のオーガナイザー代表の山本先生にインタビュー。
シンポジウム終了後、近くのお店で、情報交換会。京大からの参加者と、松本周辺の京大OB/OGの人達が参加。
辻井先生による挨拶。
松本にはこれまで京大の同窓会が無かったらしく、今回のシンポジウムを機会に、同窓会が結成されたとのこと。初代会長の木内義勝先生(1967年卒、松本短期大学学長)による挨拶。この後、参加者ほぼ全員が自己紹介をした。和気あいあいとした、いい会だった。会の終了後、8時半頃発のしなのと新幹線で、この日のうちに帰京した。
          

2024年3月1日(金)

再生医療学会ランチョンセミナーの打ち合わせ
三週間後の再生医療学会の中日(3月22日金曜日)に、日立製作所後援のランチョンセミナーが開催されるが、そのセミナーで話をさせてもらえることになった。600人くらい入れる大きな会場だそうだ。座長は青井貴之先生(神戸大学)。セミナーのタイトルと要旨は、以下。


再生T細胞を用いたがんおよびウイルス感染症の治療法の開発
-自動培養装置による大量生産に向けて-

細胞を薬のように使う時代が到来しました。細胞医薬は、再生医療の序章ではなく、「創薬」の歴史の中で必然的に現れたモダリティだと言えます。現在は自家細胞を使うCAR-T細胞療法が細胞療法の軸になっていますが、近い将来汎用性かつ即納性の「他家」細胞療法が主流となり、TCR(T細胞レセプター)を用いる戦略が発展すると期待されます。その流れの中では、自動化された大量培養法の開発が必須であり、講演ではその現状と展望について話します。
          

2024年2月28日(水)

細胞デザイン医科学研究所 設立記念シンポジウム
表記の会に、演者の一人として参加した。
今回の演者のラインアップは、いろいろな分野の人がいて、面白かった。辻真博先生はJSTの中のシンクタンク的組織であるCRDSのフェローで、JSTやAMEDが進める事業の立案を行なっておられる。少し前に実験医学別冊「細胞医薬」を共同編集したことがある(2020年10月23日の記事参照)。

アマゾン「細胞医薬」のサイト:
新幹線で山口へ。東京〜新大阪間は2023年10月でワゴンサービスは廃止になったが、こちらの路線ではまだやっているようだった。まだ残っているのを見て、ちょっと嬉しく思った。しかし、ネット記事によると、この路線でも近い将来に廃止になるという。そんなに利用する訳ではないが、無くなると寂しいものだ。
シンポジウムの前に、関係者で昼食会があり、その際のグループフォト。
会場は宇部のANAクラウンプラザホテル。
宇部市長による挨拶。
初代研究所長の玉田耕治先生が研究所の概要を紹介。細胞医薬の開発に特化した、ユニークな研究所だ。獣医学関連の部局も参加していて、コンパニオンアニマルの病気の治療法の開発もカバーするようで、この点もとても特徴的と言える。
シンポジウム終了後の情報交換会。
宮田満先生(ヘルスケア・イノベーション社長、元日経バイオテク編集長)が来られていて、挨拶をされた。
向かって左から、谷澤幸生先生(山口大学学長)、私、玉田先生、朝霧先生(山口大学医学部薬理学教授)。
向かって右から、山本卓先生(広島大学ゲノム編集イノベーションセンターセンター長)、辻先生、私。
翌日、帰路、宇部新川駅にて。宇部は庵野秀明の出身地で、シン・エヴァンゲリオンでは新川駅が登場、シン・仮面ライダーでは宇部の工業地域が登場するなどで、エヴァファンや庵野ファンにとっての聖地になっている。私もファンなので、新川駅にいるというだけで、ちょっと嬉しい。

2024年2月27日(火)

Negative Selectionセカンドアルバム完成!
Negative Selectionのセカンドアルバム「辺境の街から」(From the Town of Entanglement)がようやく完成し、この日、送られてきた。録音は2019年に行った(2019年5月11日の記事参照2019年12月5日の記事参照2019年11月29日の記事参照)が、コロナのせいでミュージックビデオの制作が遅れ、アルバムの制作もそのために随分時間がかかってしまった。
アマゾンで販路に乗せるのは時間がかかるようだ。オンラインで購入が可能になるのは4月10日から、となっている。税込1000円。モノ自体はあるので、もし早めに欲しいという方がおられたら、私か、あるいはメンバーのうちの誰かに連絡を取っていただければと思う。また、曲だけであれば、以下のサイトから個別に購入(ダウンロード)が可能になっている(1曲150円)。アマゾンプライム会員であればストリーミングで無料で聴くことも可能。なお、近日中にミュージックビデオはYouTube上で順次公開する予定。ミュージックビデオは、自分で言うのも何だが、かなりよくできているので、是非ご覧になっていただきたい。

CD販売のサイト:
曲のダウンロードサイト:
CDの表紙。中には歌詞及び曲の解説が載ったフルカラーの小冊子(12ページ)が入っている。
CDのカバーアート。40cmx30cm、アクリル画。「細胞が内腔に移入しようとしている様子」と、「大きな洞窟の中にある街」というイメージを組み合わせた。
CDの裏表紙。
裏表紙のイラストは、北村俊雄先生作詞・河本作曲の「夜光雲」という曲のミュージックビデオ用に河本が描いたイラスト。この曲はアルバムの中で唯一、サイエンスを絡めてない曲で、愛する人を失った哀しみを表した曲。瀧内曜子先生(血液内科医/バイオリニスト)によるバイオリンソロが美しい。「光も音もない街を一人でさまよう」という歌詞の内容に合わせて描いた、夜の街のイラスト5作のうちの一つ。色鉛筆で描いた線描を取り込んでフォトショップで彩色してから、階調を反転させるなどして作成。
曲の解説。今回は、何人かのその道の第一人者の先生方に歌ってもらい、おかげで多様性に富んだ内容になった。このうち、右下の「逆襲の助教」は、2022年度の分子生物学会の公式テーマソングとして作った曲で、すでにYouTubeにあげている。
逆襲の助教:
第14回:【とびだせ医生研】分生テーマソングのメイキング!:
お店などに置いてもらう時に使おうと考えて、作成した販促用ポップ。
こういう感じで置いてもらおうと考えている。

2024年2月23日(金)

「葬送のフリーレン」を鑑賞
連休の初日、体調がすぐれなかったので、一日休養することにして、気になっていた「葬送のフリーレン」を、アマゾンプライムで24話あたりまで一気に観た。非常にいい作品だと思った。この手の勇者一行が魔王を倒すというような話は、通常はチームを組むところから始まりそうなものであるが、本作は魔王を倒して故郷に戻るところから始まるという構成。フリーレンはエルフの魔法使いなのであるが、エルフは寿命がとても長いという設定で、ヒトの寿命の長さとの差異にどう対峙するかという点が、うまく物語に仕立てられている。全体に静謐な空気感が出ていて味わい深いが、一方で戦闘シーンの迫力ある演出もとてもよくできている。左の絵は公式サイトより拝借。この4人は魔王を討伐した一行で、その旅の様子は回想シーンとして随所に現れる。この絵はその淡々とした雰囲気がよく表せている。

2024年2月20日(火)

霧の朝
この日の朝は、珍しく霧が発生した。京都近郊では亀岡や大山崎あたりは霧が出やすいことでよく知られているが、京都市内では、とても珍しい。写真は朝8時頃、丸太町通りを少し上がったあたりの鴨川東岸から、北を望んでいる。荒神橋がほとんど見えない。
同じ場所で、少し前に、雪が降った朝に撮った写真(2024年1月25日の記事参照)。
          

2024年2月17日(土)ー18日(日)

AbbVie Immunology Summit 2024で講演
表記の会がパシフィコ横浜ノースで開催された。ノースは、メインの展示ホールの北側の端にあり、写真で言えば奥の方に位置する。
ここを使った会に参加するのは初めてだ。2020年4月開業とのことだから、開業と同時にコロナによる緊急事態宣言をくらったことになる。
4つに仕切られたうちの一つで、この広さがある。AbbVie(アッヴィ)はヒュミラ、スキリージ、リンヴォックなどの免疫領域でよく使われている薬を持っている。この会では、関節リウマチ領域の先生方の他に、皮膚疾患領域と消化器領域の中で免疫が関与している疾患の診療にあたられている臨床医、計約500人が現地参加、1000人がオンライン参加とのことだった。初日は基礎会場と臨床会場に分かれて、私は基礎会場で質疑応答含めて60分の講義を行った。タイトルは「自己免疫疾患の発症機序〜基礎から最前線まで〜」。「最前線」の方は、skgマウスの話、クラスIIにミスフォールドタンパクが提示されるという荒瀬先生の研究の話、HLAの抵抗性アリルと感受性アリルが重なると抵抗性アリルが優勢になる話、多発性硬化症とEBウイルスの関連の話などをした。
情報交換会。全国から参加があったようで、テーブルは地域ごとに分けられていた。
森信暁雄先生(京大免疫・膠原病内科教授)と。
ロイヤルパークホテルの62階に宿泊。
2日目の皮膚科領域では、茂呂和世先生(大阪大学教授)が自然リンパ球について話をしていた。
2日目の昼食時の情報交換会で、徳島の先生方と、GVHDの話などをした。向かって右から二木真理子先生(徳島大学皮膚科)、飛田泰斗史先生(徳島赤十字病院皮膚科部長)、私、広瀬憲志先生(徳島県立中央病院皮膚科部長)。
          

2024年2月14日(木)

梶川社長、北村先生と会食
この日、リバーセルの梶川社長、北村取締役と打ち合わせをして、その後近くの居酒屋(くうかい)で夕食。いい話し合いができた。
          

2024年2月14日(木)

避難訓練
4年ぶりにちゃんとした避難訓練が実施された。14時に医生研1号館で火災が発生したという想定。1号館の人は全て外に出る。一方、私は所長なので、火災や震災などの有事の際には所長室に緊急で対策本部が設置され、まずはそこに行く必要がある。事務関係の人が避難誘導などの指示をシナリオ通りに出す間、私はただ部屋でうろうろするだけ。全員の退避が完了したという報告を受けてから、ようやく外に出られる。
消防署の人による講評。この後、私も挨拶をし、「皆が退避してくれるまで、私は退避できません。実際の災害の場合は、速やかな退避をお願いします。」と話した。
この日は、地震を体験できる装置がついた車が来ていた。震度は1から7まで再現できるが、まどろっこしいので、震度7だけの体験会になった。私もやってみたが、震度7は凄まじかった。揺れ始めたらテーブルの下に隠れる、という動きを勧められたが、テーブルが床に固定されていたので激しく揺れ、テーブルのヘリで頭を打ちそうになって、怖かった。

2024年2月13日(火)

芝蘭会館のウメ
本部で開かれた部局長会議から帰る途中、芝蘭会館の傍のウメ。

2024年2月10日(土)

第43回日本胸腺研究会
表記の会が京都で開催された。
この会は主に胸部外科の先生方が中心であるが、病理の先生や、胸腺上皮細胞を研究対象にした基礎の先生方も参加している。理事長は臨床系の人と木曽系の人の2人が務めることになっており、私は少し前から基礎系の理事長を務めている。前日には、京都タワーホテルの一室で、理事会が開催された。
その後、近くの割烹で懇親会。私はあまり普段は交流がない先生方が多いが、この会は皆とても仲が良く、とても居心地がいい。
会場は府立医科大学の図書館ホール。
立派なホールだ。
今回の集会長、井上匡美(まさよし)先生による挨拶。
会の終了後、情報交換会へ。
「ポレポレ」という名前の食堂で、河原町通りに面している。最近リニューアルしたとのことで、明るくてきれいだった。
今回の集会長の井上先生とは少し前から共同研究をしている。古谷竜男先生は大学院の2回生の時から河本研に来て胸腺腫の上皮細胞の性質や、重症筋無力症の発症機序などの解明に取り組んできた(2020年6月16日の記事参照)。古谷君は頑張ってくれて、いい感じのデータも得られつつあったが、時間切れになって、他の課題で学位を取られ、府立医大に戻られた。特に胸腺腫でなぜ重症筋無力症が発症するのかはとても大事な課題だと思うので、機会があれば共同研究を続けたく思っている。

2024年2月9日(金)

樹木の枝打ち
医生研一号館の南側の木々の枝打ちが行われた。
ちょっとかわいそうなくらい刈り込まれている。

2024年2月6日(火)

ヒトES細胞研究センターのミーティング
医生研にヒトES細胞研究センターは2020年4月に設立された。医生研では2018年から医療応用にも使える臨床用ヒトES細胞株を作製しているが、このセンターはその樹立体制および研究機能の強化を目的としている。
ヒトES細胞研究センターの組織図。川瀬先生と高田先生以外は兼任という形をとっている。川瀬先生と高田先生はES細胞の樹立と配布、中馬先生は品質管理、永楽先生はオルガノイド作製、河本は再生T細胞療法への利用、遊佐先生は自己複製あるいは分化誘導時の各種遺伝子の機能解析を担当している。
定期的にmeetingを開いて、進捗状況を報告。
この日は、meeting終了後、近くの居酒屋(くうかい)で懇親会が催された。この日は、OI機構の鈴木裕史先生(向かって右から3人目)、河本研の岸本加恵先生(同4人目)にも参加いただいた。こういう会は、一体感を熟成するのに良い。

2024年2月5日(月)

林璃菜子さんが免疫学会でポスター発表した話を裏医生研チャンネルで公開
少し前に書いたように、医学部3回生の林璃菜子さんが免疫学会に参加し、ポスターセッションで発表した(2024年1月17日の記事参照)。林さんはいわゆるラボローテーションの制度で1回生の春休みあたりから河本研に来るようになり、宮崎正輝准教授の指導で研究活動を行ってきた。今回免疫学会で発表したのは、マウスを用いた実験で、発生過程において胎仔胸腺の中でT細胞と共に自然リンパ球も作られるという現象が転写因子によってどう調節されるかという内容。免疫学会での発表の様子は居合わせた石戸聡先生(兵庫医大)が動画を撮ってくれたが、この日は林さんによる解説を収録した。
その回は2月8日木曜日に公開になった。左はそのサムネイル。この記事を書いている時点(2月12日夜)の時点で再生回数は2500回を超えている。さすがだ。

#82:学部生が学会発表⁉~京大医学部生の研究発表に密着!~
          

2024年2月2日(金)

免疫・細胞療法検討会2024で講演
高橋聡先生(東大医科研病院)からのお誘いで、表記の会で話をさせていただける事になった。骨免疫学会終了後、新幹線で東京へ。道中、雪を頂いた浅間山を見る事ができた。
浅間山のアップ。山容が美しい。かなり活動的な活火山で、江戸時代にも大噴火を起こしている。東京から西に伸びる新幹線は、片方は富士山、もう片方は浅間山のすぐ近くを走っている事になる。
会場は八芳園。今回のテーマは造血幹細胞移植後に起こるウイルス感染症で、私は現在藤田医大で開発中のサイトメガロウイルス感染症の治療用T細胞製剤の話を中心に講演した。ノバルティスが後援のハイブリッド形式での開催で、オンライン参加もかなりいた。
会の終了後、医科研のスタッフの方々と会食。色々な話ができて、楽しかった。

2024年2月1日(木)

骨免疫学会ウインタースクール
左のポスターにあるように、今年の骨免疫学会ウインタースクールは、精神神経系の研究者との合同開催となり、「Neuro-osteoimmunology summit」と名打たれ、 1月30日から2月2日まで、野沢で開催された。あいにくSCARDAの合同シンポジウムとほぼ日程が重なったため、私は2月1日と2日しか参加できなかった。
1日の早朝にサンダーバードと北陸新幹線を乗り継いでお昼前に野沢に到着、という手もあったが、今回はとても久しぶりに、夜行バスで行く事にした。23時30分ごろに京都駅八条口発で、野沢には朝7時30分ごろに到着。昔のスキーバスと違って、3列の独立シートで、椅子をかなり寝かせることもでき、結構快適だった。片道8500円。
会場がある朝日屋旅館。今回はウインタースクールで貸切りだった。写真は「じゃらんnet」より拝借。
会場。今回は精神神経系との合同開催ということもあって参加者が多く、のべ80人くらいだったらしい。
お昼休みの前後にゲレンデへ。天気はあまりよくなく、積雪もやや少なめだったが、山頂の毛無山ゲレンデは、雪質はとてもよかった。今回も荒瀬尚先生(写真、大阪大学)らとコブ滑りを楽しんだ。荒瀬先生はとても上手だ(2023年1月31日の記事参照)
和氣弘明先生(名古屋大学)も、コブ滑りがとても上手だった。
私も何とか滑れたが、今回は事前の体力作りを怠っていたため、足にきてしまい、グダグダだった。
情報交換会。
老舗の旅館らしい料理で、美味しかった。
今回のオーガナイザーによる挨拶。向かって左から、澤明先生(Johns Hopkins University)、高柳広先生(東大)、古屋敷智之先生(神戸大)、小林泰浩先生(松本歯科大)。
スタッフの人達と。向かって左から、北村俊雄先生(神戸先端医療研究センター)、岡崎さん(スタッフ)、中路裕子先生(松本歯科大)、私、山路さん(スタッフ)、末尾さん(スタッフ)、澤先生。
食事後、少し場所を移して、遅くまでdiscussion time。楽しそうだ。
翌朝、部屋の窓からの景色。
2月2日の午前中に最後のセッションがあり、その後、高柳先生による閉会の辞。来年も同じような感じで、この会場で開催するらしい。

2024年1月31日(水)

ワクチン開発拠点の合同シンポジウム
コロナ禍に際しては、日本はワクチン開発において、欧米に大きく遅れをとった。その反省に基づいて、AMEDは次のパンデミックに備えて日本がワクチン製造で世界をリードできるようにと、2022年から先進的研究開発戦略センター(Strategic Center of Biomedical Advanced Vaccine Research and Development for Preparedness and Response : SCARDA)という事業を始めた。全体をリードするフラッグシップ拠点と、並行してワクチン開発を進める複数のシナジー拠点、ワクチン開発をサポートする複数のサポート機関によって構成される大きな事業だ。京都大学はサポート機関として参画している。今回、全関係者が集まる合同シンポジウムが、京都の国際会館で開催された。
京大では、上野英樹先生をリーダーとして、(Kyoto University Immunomonitoring Center: KIC)という組織が設立され、私も参加している。その関係で、今回の合同シンポにも参加する事になったのであるが、残念なことに、骨免疫学会のウインタースクールとほぼ日程が重なってしまった。骨免疫学会のウインタースクールの方が先約で、講師として参加登録してある。それで、SCARDAの方は各機関のリーダーの話と情報交換会がある初日(1月31 日)に参加し、2月1日-2日はウインタースクールに参加する事にした。
シンポジウムは大ホールで開催された。発表言語は、何故か英語だった。
情報交換会にて、新蔵先生とKICのメンバー。向かって左から新蔵礼子先生(東大)、小口綾貴子先生(村川研)、上野英樹先生、私、村川泰裕先生。

2024年1月30日(水)

北実験棟の取り壊しが始まった
北実験棟(通称北棟)は、ウイルス研や再生研などの病院西構内の建物の耐震改修に際して、一時的に引越しするスペースとして2009年に設置された。あくまでの一時的な避難用の普請なので、何度か延長申請をして主に医生研のスペースとして使ってきたが、さすがに今年の4月30日で完全に期限切れとなり、今年度末までを目処に取り壊す事になった。右側に見えているのはハイメディック棟。
北実験棟は、左の地図では34番の建物。

2024年1月29日(月)

H.U.グループの研究者と打ち合わせ
H.U.グループの中央研究所とリバーセルは昨年4月に戦略的提携基本契約を締結し、その後共同開発研究を模索している。いくつかの計画を検討中で、これまで私があきるの市にある中央研究所を訪れたりしてきた(2023年12月22日の記事参照)が、この日は京大で打ち合わせを行なった。かなり計画が整ってきた。その後、近くの居酒屋で会食。

2024年1月26日(金)

神戸医薬研究所でセミナー
神戸医薬研究所はベーリンガーインゲルハイム社の研究開発機関。若手の研究者が中心になってサイエンス・カフェという活動を行なっていて、今回は外部講師として招いて頂いた。
サイエンス・カフェについて:
前庭に何故か二宮金次郎像が置いてあった。どこかの小学校から譲り受けたものらしい。勤勉さの象徴として小学校によく置かれていたが、昨今では「子供を働かせるは良くない」とか「歩きスマホを助長している」とかいう理由で撤去される傾向にあるとのこと。とはいえ、外資系の会社の庭にこういう石像が置いてあるのは、とても面白い。

2024年1月25日(木)

中辻憲夫先生を取材
医生研は現在臨床用ヒトES細胞株の樹立と配布を行なっている。医生研チャンネルではこの事業を紹介する動画を作成中で、この日は中辻先生の事務所を訪れ、取材させて頂いた。中辻先生は再生医科学研究所(現医生研)で日本初となるES細胞を樹立され、2002年から研究用に配布をされるなどして、まさに日本の再生医療を牽引されてきた。2007年には物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の初代所長となられた。2003 年に創業されたリプロセルは2013年に上場を果たし、2015年に退官(2015年4月18日の記事参照)されてからはリプロセル上場によって得た資金で公益財団法人中辻創智社を設立して、若手の研究者の支援などをされている。今回は、表チャンネル用にES細胞についての話を伺い、また裏チャンネル用に事業家として活動についての話を伺った。面白い話が沢山聴けた。機会があればもっと裏話なども聴いてみたいと思った。ありがとうございました!

2024年1月25日(木)

京都で積雪
昨年はちょうど同じ頃に大寒波が襲来し、ちょうど同じ日付(1月25日)の朝に、この界隈もかなりの積雪があった(2023年1月24日の記事参照)。今回もこの冬一番の寒波が来て、北陸ではかなりの積雪があったようだが、京都はそう大したことはなかった。
          

2024年1月24日(水)

久しぶりのオヤジの会
コロナで途切れていたオヤジの会を、久しぶりに開催。オヤジの会は江藤浩之先生(CiRA、向かって右端)主宰で、私と小川誠司先生(京大医学部)が常連。2020年1月以来だから、4年ぶりということになる(2020年1月8日の記事参照)。今回は藤田恭之先生(右から2人目)に参加して頂いた。医学研究科のあり方などについて、かなり熱い議論が交わされた。
          

2024年1月24日(水)

次期所長に再選
この2日前の教授会で所長選があり、私(河本)が次期2年間、引き続き所長を務めることになった。京大がもしも来年度に国際卓越研究大学に認定されたりすると、いろいろなレベルでの組織再編などが行われる可能性があり、医生研としてもしっかりした舵取りが必要になると思われる。

2024年1月22日(月)

皮膚科の先生方とdiscussion
京大病院皮膚科の大学院生(D2)の石橋茉実先生(向かって左端)は、T細胞の恒常性増殖と皮膚炎の関連の研究をされている。とても面白そうな研究だ。この日、今後の研究の進め方や共同研究の可能性についてdiscussionをした。向かって右から江川形平先生(皮膚科講師)、鬼頭昭彦先生(同講師)、椛島健治先生(同教授)、西村有史君(河本研特定研究員)。
          

2024年1月18日(木)

林璃菜子さんが解説する「心電図の読み方(前編)」を裏医生研チャンネルで公開
裏医生研チャンネルではこれまで主に私が講義をしてきたが、今後はできるだけ色々な人に登場して頂こうという話になっている。再生医療業界ではiPS細胞から心筋を作製する研究が有名で、河本研でも一般向けのアウトリーチ活動での展示ではよくマウスのiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を出している。個々の心筋細胞は独自の拍動リズムを持っているが、沢山で集まって一つの組織として同期して拍動する。そのような同期したリズムの伝わり方を、「心電図の読み方」という切り口で、林さんに解説して頂いた。林さんは最近心電図検定の3級に合格されたらしい。1級から4級まであり、3級は一般の臨床医レベルとのこと。この記事を書いているのは公開から10日目くらいであるが、すでに再生回数は2700回を超えている。
#79: よくわかる!心電図の読み方(前編):
#80: よくわかる!心電図の読み方(後編):

2024年1月17日(水)ー19(金)

第52回免疫学会総会・学術集会に参加
免疫学会は河本研にとってはメインの学会で、ラボの研究者はほぼ全員が参加する。通常は12月に開催されるが、今回は1ヶ月遅く、1月になってから、幕張メッセで開催された。写真は宿泊したホテル(アパホテル)の窓からの、東側を望んだ景色。
今回の学会のテーマ。
今回の学術集会は千葉大学の学長をされていた中山俊憲先生が集会長をされるはずだったが、昨年11月に逝去された(2023年11月23日の記事参照)。学会では、中山先生を偲ぶ展示が設営されていた。
中山先生には、2002年に理研免疫センターのチームリーダーへの応募を促していただいたり、2004年に免疫学会教育推進委員会へ声をかけていただいたりと、人生の節目で大変お世話になった。当時湊研の助教になったばかりの私が、理研のチームリーダーになれたことは、人生最大の転機であった。また、免疫学会の教育推進委員になるということは、サマースクールのオーガナイザーをするということであり、その後の免疫学会での活動の契機になった。きちんとした御礼を言ってなかった事が悔やまれる。
初日の午後、 トミーデジタルバイオロジー社の後援による若手女性研究者巣年事業授賞式があり、和田はるか先生(北大遺制研清野研准教授)による講演があった。和田先生は昨年の受賞者の一人(2022年12月7日の記事参照)。ずいぶん前に、河本研は胸腺の前駆細胞が樹状細胞への分化能を有することを報告したが(Shen et al, J. Immunol, 2003; Masuda et al, J. Immunol, 2007)、和田先生はかつて河本研の研究員であった時に、胸腺のT前駆細胞がミエロイド細胞(マクロファージ)への分化能を有することを明らかにした(Wada et al, Nature, 2008)。この日の発表は、これらの研究の延長線上にある研究とも言えるもので、T前駆細胞由来樹状細胞が負の選択に関与している、という話。こういう研究を続けてくれている事を、嬉しく思った。
今年度の免疫学会賞は岡崎拓先生。PD-1欠損マウスにおける自己免疫疾患の発症機序の解明の仕事が有名だが、最近では樹状細胞に出ているPD-1のリガンドPD-L1が同じ細胞に出ているCD80と結合する事で、活性化したT細胞にPD-1を介した抑制シグナルが入らないようにしている事を解明されたりしている(Science. 364(6440):558-566, 2019)。
免疫学会奨励賞の受賞者の表彰。
会長招宴の会では、中山先生が生前に残されたビデオメッセージが流された。いつ頃撮られたものだろうか、お顔はやややつれた感じであったが、言葉はとても力強かった。
新蔵礼子先生(写真中央、東大定量研教授)、大谷直子先生(向かって右、大阪公立大学教授)と。
二日目、ポスター発表と企業展示の会場。
一年前の集会でもポスターセッションは開催されて賑わっていたが、まだ皆マスクをしていた(2022年12月7日の記事参照)。今年もまだマスクをしている人はいるが、少数派だ。
2日目の夜は懇親会が催された。昨年の集会では懇親会は無かったので、4年ぶりということになる。中島裕史先生(千葉大学)が中山先生の代わりに挨拶をされた。
今回の懇親会は600人くらいが参加したとのこと。コロナ前は通常400人くらいだったので、やはり今回はコロナ明けを祝うムードがあったのであろう。
懇親会でも中山先生のビデオメッセージが流された。
免疫学会の理事長である黒崎先生による挨拶。
日本酒が沢山供されていた。
向かって左から清野宏先生(千葉大学教授)、茂呂和世先生(大阪大学教授)、橋本彩花さん(茂呂研M1)。
向かって右から椛島健治先生(京都大学皮膚科教授)、田中ゆり子先生(東邦大学医学部講師)。
向かって左から高柳広先生(東大医学部教授)、林璃菜子さん(京大医学部3回生)、馬場義裕先生(九大生医研教授)、高岡晃教先生(北大遺制研教授)。林さんは河本研にラボローテで1回生の時から出入りしていて、最近は医生研チャンネルの制作にも協力してくれている(2023年12月21日の記事参照)。懇親会では、林さんは並み居る教授達ともしっかり話をしていた。えらいもんだ。
懇親会で、河本研のメンバー+宇高研のお二人。
懇親会の後、海浜幕張駅の近くの居酒屋で二次会。河本研+伊川研(東京理科大)+京大坂口研+宇高研(高知大)+金子研(京大)+増田喬子先生(サノフィ)+糸井まなみ先生(明治国際医療大学)。テーブル1。
テーブル2。
テーブル3。
ホテルに帰る途中で高柳先生と塚崎先生と出会った。
三輪佳宏先生(写真向かって右)は現在理研バイオリソースセンターの遺伝子材料開発室の室長であるが、少し前まで筑波大学におられた。筑波大学におられた時には日本サイエンスビジュアリゼーション研究会の運営に関わっておられ、随分前に一度分子生物学会のフォーラムとして開催されたサインエンンイラストを題材にしたイベントに声をかけていただいた事がある(2011年12月15日の記事参照)。三輪先生の研究室はナショナルバイオリソースプロジェクト (NBRP) 「遺伝子材料」の中核機関であるとのことだ。NBRPには、長畑君が進めている研究に関連して、ホヤなどの研究材料の調達などで、お世話になっている(2023年2月21日の記事参照)。
三輪研究室HP:
来年度は大野博司先生が集会長で、長崎で開催される。
三日目のワークショップで、長畑君がT細胞の進化的起源についての研究成果を口頭発表した。
彼は1年くらい前にBlood誌に「血液細胞の進化的起源は単細胞生物」という内容の論文を発表した(2022年12月15日の記事参照)が、その後もその方向性の研究を力強く進めている。
セッション名は「Hematopoiesis and Immune Environment」で、座長は生田宏一先生(京大医生研)と幸谷愛先生(阪大微研)だった。
三日目のポスターセッションでは、林璃菜子さんが発表。宮崎正輝先生(河本研准教授)の指導下で、ノッチシグナルやEタンパクを軸にして、T細胞と自然リンパ球への運命決定の振り分けが個体発生過程でどう進むかをしっかりと解析していて、とてもいい研究だ。「学生でも研究室に来て研究成果をあげ、学会にも参加できる」という良い例として、近々、裏医生研チャンネルで取り上げようと計画している。そのために、ポスター会場で動画を撮ろうとしていたら、ちょうど石戸聡先生(兵庫医大教授、ネガティブセレクションのベース)が通りかかられたので、撮影をお願いした。動画撮影終了後、林さんのポスターの前で3人で記念写真。

2024年1月12日(金)

衣食住セミナーに参加
衣食住セミナーは、建築家の事務所の人達が共同で主宰しているセミナーで、広範な話題を扱っている(2023年7月7日の記事参照)。この日は名栗(なぐり)についての話で、講師は橘商店の橘明夫さん。この日に初めて知った事であるが、「名栗」というのは木の角材や板に一定のパターンで表面を削って施す装飾の事らしい。
橘さんが持参された名栗の例。「何と呼ぶか知らないけど、誰もが見たことがあるもの」と言っておられたが、まさにそんな感じだ。
二次会の店に行くまでの途中で、注意して民家の玄関先を見ていると、確かに結構な頻度で見つける事ができた。
こういうのも名栗と思われる。意外とよくあるものだ。
          

2024年1月1日(月)

三木先生が学生時代の写真を共有してくれた
三木幸雄先生(大阪公立大学放射線診断学講座教授)は昭和61(1986)年京大医学部卒の同級生で、学生の頃から写真をよく撮っておられた。左の写真は昨年9月3日にCiRAのセミナー室で開催された「未来医療を多角的に考える研究会」(2023年9月3日の記事参照)での一コマ。三木先生は最近、以前にフィルムで撮った写真をデジタル化しているとのことで、この日、卒業アルバム用に撮った写真を沢山共有フォルダに入れて、同級生の皆とシェアしてくれた。当時すでに白黒フィルムは廃れていたが、この一連の写真では、あえて白黒フィルムで撮ったとのこと。
卒業アルバムでは使われなかった写真も多くあり、とても懐かしかった。そのうち自分が写っている写真を何枚か載せる。私は学生時代にはスズキのジムニーに乗っていた。白黒なので色が分からないが、色はベージュ。ボンネットの黒の2本線は自分で入れたデザイン。
前列向かって左から私、北正人先生、山内(当時久下)順子先生、後列左から河本雅秀先生、北尾忠寛先生、工藤比等志先生、清谷哲也先生。乗っている人達は、アイウエオ順で組まれた班のメンバー。各種の実習を行ってきた仲間だ。場所は京大医学部構内。なお、このジムニーはまだ河本の実家に、動かせる状態で置いてある。
ジムニーの後ろ姿。
医学部軽音関係者。向かって左から私、北先生、川谷暁夫先生、北尾先生、古家敬三先生、吉岡美沙緒先生。私は北先生、吉岡先生らと「Brain Salad」というプログレバンドを組んでいた。