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ラボニュース 2024

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2024年2月27日(火)

Negative Selectionセカンドアルバム完成!
Negative Selectionのセカンドアルバム「辺境の街から」(From the Town of Entanglement)がようやく完成し、この日、送られてきた。録音は2019年に行った(2019年5月11日の記事参照2019年12月5日の記事参照2019年11月29日の記事参照)が、コロナのせいでミュージックビデオの制作が遅れ、アルバムの制作もそのために随分時間がかかってしまった。
アマゾンで販路に乗せるのは時間がかかるようだ。オンラインで購入が可能になるのは4月10日から、となっている。税込1000円。モノ自体はあるので、もし早めに欲しいという方がおられたら、私か、あるいはメンバーのうちの誰かに連絡を取っていただければと思う。また、曲だけであれば、以下のサイトから個別に購入(ダウンロード)が可能になっている(1曲150円)。アマゾンプライム会員であればストリーミングで無料で聴くことも可能。なお、近日中にミュージックビデオはYouTube上で順次公開する予定。ミュージックビデオは、自分で言うのも何だが、かなりよくできているので、是非ご覧になっていただきたい。

CD販売のサイト:
曲のダウンロードサイト:
CDの表紙。中には歌詞及び曲の解説が載ったフルカラーの小冊子(12ページ)が入っている。
CDのカバーアート。40cmx30cm、アクリル画。「細胞が内腔に移入しようとしている様子」と、「大きな洞窟の中にある街」というイメージを組み合わせた。
CDの裏表紙。
裏表紙のイラストは、北村俊雄先生作詞・河本作曲の「夜光雲」という曲のミュージックビデオ用に河本が描いたイラスト。この曲はアルバムの中で唯一、サイエンスを絡めてない曲で、愛する人を失った哀しみを表した曲。瀧内曜子先生(血液内科医/バイオリニスト)によるバイオリンソロが美しい。「光も音もない街を一人でさまよう」という歌詞の内容に合わせて描いた、夜の街のイラスト5作のうちの一つ。色鉛筆で描いた線描を取り込んでフォトショップで彩色してから、階調を反転させるなどして作成。
曲の解説。今回は、何人かのその道の第一人者の先生方に歌ってもらい、おかげで多様性に富んだ内容になった。このうち、右下の「逆襲の助教」は、2022年度の分子生物学会の公式テーマソングとして作った曲で、すでにYouTubeにあげている。
逆襲の助教:
第14回:【とびだせ医生研】分生テーマソングのメイキング!:
お店などに置いてもらう時に使おうと考えて、作成した販促用ポップ。
こういう感じで置いてもらおうと考えている。

2024年2月20日(火)

霧の朝
この日の朝は、珍しく霧が発生した。京都近郊では亀岡や大山崎あたりは霧が出やすいことでよく知られているが、京都市内では、とても珍しい。写真は朝8時頃、丸太町通りを少し上がったあたりの鴨川東岸から、北を望んでいる。荒神橋がほとんど見えない。
同じ場所で、少し前に、雪が降った朝に撮った写真(2024年1月25日の記事参照)。
          

2024年2月17日(土)ー18日(日)

AbbVie Immunology Summit 2024で講演
表記の会がパシフィコ横浜ノースで開催された。ノースは、メインの展示ホールの北側の端にあり、写真で言えば奥の方に位置する。
ここを使った会に参加するのは初めてだ。2020年4月開業とのことだから、開業と同時にコロナによる緊急事態宣言をくらったことになる。
4つに仕切られたうちの一つで、この広さがある。AbbVie(アッヴィ)はヒュミラ、スキリージ、リンヴォックなどの免疫領域でよく使われている薬を持っている。この会では、関節リウマチ領域の先生方の他に、皮膚疾患領域と消化器領域の中で免疫が関与している疾患の診療にあたられている臨床医、計約500人が現地参加、1000人がオンライン参加とのことだった。初日は基礎会場と臨床会場に分かれて、私は基礎会場で質疑応答含めて60分の講義を行った。タイトルは「自己免疫疾患の発症機序〜基礎から最前線まで〜」。「最前線」の方は、skgマウスの話、クラスIIにミスフォールドタンパクが提示されるという荒瀬先生の研究の話、HLAの抵抗性アリルと感受性アリルが重なると抵抗性アリルが優勢になる話、多発性硬化症とEBウイルスの関連の話などをした。
情報交換会。全国から参加があったようで、テーブルは地域ごとに分けられていた。
森信暁雄先生(京大免疫・膠原病内科教授)と。
ロイヤルパークホテルの62階に宿泊。
2日目の皮膚科領域では、茂呂和世先生(大阪大学教授)が自然リンパ球について話をしていた。
2日目の昼食時の情報交換会で、徳島の先生方と、GVHDの話などをした。向かって右から二木真理子先生(徳島大学皮膚科)、飛田泰斗史先生(徳島赤十字病院皮膚科部長)、私、広瀬憲志先生(徳島県立中央病院皮膚科部長)。
          

2024年2月14日(木)

梶川社長、北村先生と会食
この日、リバーセルの梶川社長、北村取締役と打ち合わせをして、その後近くの居酒屋(くうかい)で夕食。いい話し合いができた。
          

2024年2月14日(木)

避難訓練
4年ぶりにちゃんとした避難訓練が実施された。14時に医生研1号館で火災が発生したという想定。1号館の人は全て外に出る。一方、私は所長なので、火災や震災などの有事の際には所長室に緊急で対策本部が設置され、まずはそこに行く必要がある。事務関係の人が避難誘導などの指示をシナリオ通りに出す間、私はただ部屋でうろうろするだけ。全員の退避が完了したという報告を受けてから、ようやく外に出られる。
消防署の人による講評。この後、私も挨拶をし、「皆が退避してくれるまで、私は退避できません。実際の災害の場合は、速やかな退避をお願いします。」と話した。
この日は、地震を体験できる装置がついた車が来ていた。震度は1から7まで再現できるが、まどろっこしいので、震度7だけの体験会になった。私もやってみたが、震度7は凄まじかった。揺れ始めたらテーブルの下に隠れる、という動きを勧められたが、テーブルが床に固定されていたので激しく揺れ、テーブルのヘリで頭を打ちそうになって、怖かった。

2024年2月13日(火)

芝蘭会館のウメ
本部で開かれた部局長会議から帰る途中、芝蘭会館の傍のウメ。

2024年2月10日(土)

第43回日本胸腺研究会
表記の会が京都で開催された。
この会は主に胸部外科の先生方が中心であるが、病理の先生や、胸腺上皮細胞を研究対象にした基礎の先生方も参加している。理事長は臨床系の人と木曽系の人の2人が務めることになっており、私は少し前から基礎系の理事長を務めている。前日には、京都タワーホテルの一室で、理事会が開催された。
その後、近くの割烹で懇親会。私はあまり普段は交流がない先生方が多いが、この会は皆とても仲が良く、とても居心地がいい。
会場は府立医科大学の図書館ホール。
立派なホールだ。
今回の集会長、井上匡美(まさよし)先生による挨拶。
会の終了後、情報交換会へ。
「ポレポレ」という名前の食堂で、河原町通りに面している。最近リニューアルしたとのことで、明るくてきれいだった。
今回の集会長の井上先生とは少し前から共同研究をしている。古谷竜男先生は大学院の2回生の時から河本研に来て胸腺腫の上皮細胞の性質や、重症筋無力症の発症機序などの解明に取り組んできた(2020年6月16日の記事参照)。古谷君は頑張ってくれて、いい感じのデータも得られつつあったが、時間切れになって、他の課題で学位を取られ、府立医大に戻られた。特に胸腺腫でなぜ重症筋無力症が発症するのかはとても大事な課題だと思うので、機会があれば共同研究を続けたく思っている。

2024年2月9日(金)

樹木の枝打ち
医生研一号館の南側の木々の枝打ちが行われた。
ちょっとかわいそうなくらい刈り込まれている。

2024年2月6日(火)

ヒトES細胞研究センターのミーティング
医生研にヒトES細胞研究センターは2020年4月に設立された。医生研では2018年から医療応用にも使える臨床用ヒトES細胞株を作製しているが、このセンターはその樹立体制および研究機能の強化を目的としている。
ヒトES細胞研究センターの組織図。川瀬先生と高田先生以外は兼任という形をとっている。川瀬先生と高田先生はES細胞の樹立と配布、中馬先生は品質管理、永楽先生はオルガノイド作製、河本は再生T細胞療法への利用、遊佐先生は自己複製あるいは分化誘導時の各種遺伝子の機能解析を担当している。
定期的にmeetingを開いて、進捗状況を報告。
この日は、meeting終了後、近くの居酒屋(くうかい)で懇親会が催された。この日は、OI機構の鈴木裕史先生(向かって右から3人目)、河本研の岸本加恵先生(同4人目)にも参加いただいた。こういう会は、一体感を熟成するのに良い。

2024年2月5日(月)

林璃菜子さんが免疫学会でポスター発表した話を裏医生研チャンネルで公開
少し前に書いたように、医学部3回生の林璃菜子さんが免疫学会に参加し、ポスターセッションで発表した(2024年1月17日の記事参照)。林さんはいわゆるラボローテーションの制度で1回生の春休みあたりから河本研に来るようになり、宮崎正輝准教授の指導で研究活動を行ってきた。今回免疫学会で発表したのは、マウスを用いた実験で、発生過程において胎仔胸腺の中でT細胞と共に自然リンパ球も作られるという現象が転写因子によってどう調節されるかという内容。免疫学会での発表の様子は居合わせた石戸聡先生(兵庫医大)が動画を撮ってくれたが、この日は林さんによる解説を収録した。
その回は2月8日木曜日に公開になった。左はそのサムネイル。この記事を書いている時点(2月12日夜)の時点で再生回数は2500回を超えている。さすがだ。

#82:学部生が学会発表⁉~京大医学部生の研究発表に密着!~
          

2024年2月2日(金)

免疫・細胞療法検討会2024で講演
高橋聡先生(東大医科研病院)からのお誘いで、表記の会で話をさせていただける事になった。骨免疫学会終了後、新幹線で東京へ。道中、雪を頂いた浅間山を見る事ができた。
浅間山のアップ。山容が美しい。かなり活動的な活火山で、江戸時代にも大噴火を起こしている。東京から西に伸びる新幹線は、片方は富士山、もう片方は浅間山のすぐ近くを走っている事になる。
会場は八芳園。今回のテーマは造血幹細胞移植後に起こるウイルス感染症で、私は現在藤田医大で開発中のサイトメガロウイルス感染症の治療用T細胞製剤の話を中心に講演した。ノバルティスが後援のハイブリッド形式での開催で、オンライン参加もかなりいた。
会の終了後、医科研のスタッフの方々と会食。色々な話ができて、楽しかった。

2024年2月1日(木)

骨免疫学会ウインタースクール
左のポスターにあるように、今年の骨免疫学会ウインタースクールは、精神神経系の研究者との合同開催となり、「Neuro-osteoimmunology summit」と名打たれ、 1月30日から2月2日まで、野沢で開催された。あいにくSCARDAの合同シンポジウムとほぼ日程が重なったため、私は2月1日と2日しか参加できなかった。
1日の早朝にサンダーバードと北陸新幹線を乗り継いでお昼前に野沢に到着、という手もあったが、今回はとても久しぶりに、夜行バスで行く事にした。23時30分ごろに京都駅八条口発で、野沢には朝7時30分ごろに到着。昔のスキーバスと違って、3列の独立シートで、椅子をかなり寝かせることもでき、結構快適だった。片道8500円。
会場がある朝日屋旅館。今回はウインタースクールで貸切りだった。写真は「じゃらんnet」より拝借。
会場。今回は精神神経系との合同開催ということもあって参加者が多く、のべ80人くらいだったらしい。
お昼休みの前後にゲレンデへ。天気はあまりよくなく、積雪もやや少なめだったが、山頂の毛無山ゲレンデは、雪質はとてもよかった。今回も荒瀬尚先生(写真、大阪大学)らとコブ滑りを楽しんだ。荒瀬先生はとても上手だ(2023年1月31日の記事参照)
和氣弘明先生(名古屋大学)も、コブ滑りがとても上手だった。
私も何とか滑れたが、今回は事前の体力作りを怠っていたため、足にきてしまい、グダグダだった。
情報交換会。
老舗の旅館らしい料理で、美味しかった。
今回のオーガナイザーによる挨拶。向かって左から、澤明先生(Johns Hopkins University)、高柳広先生(東大)、古屋敷智之先生(神戸大)、小林泰浩先生(松本歯科大)。
スタッフの人達と。向かって左から、北村俊雄先生(神戸先端医療研究センター)、岡崎さん(スタッフ)、中路裕子先生(松本歯科大)、私、山路さん(スタッフ)、末尾さん(スタッフ)、澤先生。
食事後、少し場所を移して、遅くまでdiscussion time。楽しそうだ。
翌朝、部屋の窓からの景色。
2月2日の午前中に最後のセッションがあり、その後、高柳先生による閉会の辞。来年も同じような感じで、この会場で開催するらしい。

2024年1月31日(水)

ワクチン開発拠点の合同シンポジウム
コロナ禍に際しては、日本はワクチン開発において、欧米に大きく遅れをとった。その反省に基づいて、AMEDは次のパンデミックに備えて日本がワクチン製造で世界をリードできるようにと、2022年から先進的研究開発戦略センター(Strategic Center of Biomedical Advanced Vaccine Research and Development for Preparedness and Response : SCARDA)という事業を始めた。全体をリードするフラッグシップ拠点と、並行してワクチン開発を進める複数のシナジー拠点、ワクチン開発をサポートする複数のサポート機関によって構成される大きな事業だ。京都大学はサポート機関として参画している。今回、全関係者が集まる合同シンポジウムが、京都の国際会館で開催された。
京大では、上野英樹先生をリーダーとして、(Kyoto University Immunomonitoring Center: KIC)という組織が設立され、私も参加している。その関係で、今回の合同シンポにも参加する事になったのであるが、残念なことに、骨免疫学会のウインタースクールとほぼ日程が重なってしまった。骨免疫学会のウインタースクールの方が先約で、講師として参加登録してある。それで、SCARDAの方は各機関のリーダーの話と情報交換会がある初日(1月31 日)に参加し、2月1日-2日はウインタースクールに参加する事にした。
シンポジウムは大ホールで開催された。発表言語は、何故か英語だった。
情報交換会にて、新蔵先生とKICのメンバー。向かって左から新蔵礼子先生(東大)、小口綾貴子先生(村川研)、上野英樹先生、私、村川泰裕先生。

2024年1月30日(水)

北実験棟の取り壊しが始まった
北実験棟(通称北棟)は、ウイルス研や再生研などの病院西構内の建物の耐震改修に際して、一時的に引越しするスペースとして2009年に設置された。あくまでの一時的な避難用の普請なので、何度か延長申請をして主に医生研のスペースとして使ってきたが、さすがに今年の4月30日で完全に期限切れとなり、今年度末までを目処に取り壊す事になった。右側に見えているのはハイメディック棟。
北実験棟は、左の地図では34番の建物。

2024年1月29日(月)

H.U.グループの研究者と打ち合わせ
H.U.グループの中央研究所とリバーセルは昨年4月に戦略的提携基本契約を締結し、その後共同開発研究を模索している。いくつかの計画を検討中で、これまで私があきるの市にある中央研究所を訪れたりしてきた(2023年12月22日の記事参照)が、この日は京大で打ち合わせを行なった。かなり計画が整ってきた。その後、近くの居酒屋で会食。

2024年1月26日(金)

神戸医薬研究所でセミナー
神戸医薬研究所はベーリンガーインゲルハイム社の研究開発機関。若手の研究者が中心になってサイエンス・カフェという活動を行なっていて、今回は外部講師として招いて頂いた。
サイエンス・カフェについて:
前庭に何故か二宮金次郎像が置いてあった。どこかの小学校から譲り受けたものらしい。勤勉さの象徴として小学校によく置かれていたが、昨今では「子供を働かせるは良くない」とか「歩きスマホを助長している」とかいう理由で撤去される傾向にあるとのこと。とはいえ、外資系の会社の庭にこういう石像が置いてあるのは、とても面白い。

2024年1月25日(木)

中辻憲夫先生を取材
医生研は現在臨床用ヒトES細胞株の樹立と配布を行なっている。医生研チャンネルではこの事業を紹介する動画を作成中で、この日は中辻先生の事務所を訪れ、取材させて頂いた。中辻先生は再生医科学研究所(現医生研)で日本初となるES細胞を樹立され、2002年から研究用に配布をされるなどして、まさに日本の再生医療を牽引されてきた。2007年には物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の初代所長となられた。2003 年に創業されたリプロセルは2013年に上場を果たし、2015年に退官(2015年4月18日の記事参照)されてからはリプロセル上場によって得た資金で公益財団法人中辻創智社を設立して、若手の研究者の支援などをされている。今回は、表チャンネル用にES細胞についての話を伺い、また裏チャンネル用に事業家として活動についての話を伺った。面白い話が沢山聴けた。機会があればもっと裏話なども聴いてみたいと思った。ありがとうございました!

2024年1月25日(木)

京都で積雪
昨年はちょうど同じ頃に大寒波が襲来し、ちょうど同じ日付(1月25日)の朝に、この界隈もかなりの積雪があった(2023年1月24日の記事参照)。今回もこの冬一番の寒波が来て、北陸ではかなりの積雪があったようだが、京都はそう大したことはなかった。
          

2024年1月24日(水)

久しぶりのオヤジの会
コロナで途切れていたオヤジの会を、久しぶりに開催。オヤジの会は江藤浩之先生(CiRA、向かって右端)主宰で、私と小川誠司先生(京大医学部)が常連。2020年1月以来だから、4年ぶりということになる(2020年1月8日の記事参照)。今回は藤田恭之先生(右から2人目)に参加して頂いた。医学研究科のあり方などについて、かなり熱い議論が交わされた。
          

2024年1月24日(水)

次期所長に再選
この2日前の教授会で所長選があり、私(河本)が次期2年間、引き続き所長を務めることになった。京大がもしも来年度に国際卓越研究大学に認定されたりすると、いろいろなレベルでの組織再編などが行われる可能性があり、医生研としてもしっかりした舵取りが必要になると思われる。

2024年1月22日(月)

皮膚科の先生方とdiscussion
京大病院皮膚科の大学院生(D2)の石橋茉実先生(向かって左端)は、T細胞の恒常性増殖と皮膚炎の関連の研究をされている。とても面白そうな研究だ。この日、今後の研究の進め方や共同研究の可能性についてdiscussionをした。向かって右から江川形平先生(皮膚科講師)、鬼頭昭彦先生(同講師)、椛島健治先生(同教授)、西村有史君(河本研特定研究員)。
          

2024年1月18日(木)

林璃菜子さんが解説する「心電図の読み方(前編)」を裏医生研チャンネルで公開
裏医生研チャンネルではこれまで主に私が講義をしてきたが、今後はできるだけ色々な人に登場して頂こうという話になっている。再生医療業界ではiPS細胞から心筋を作製する研究が有名で、河本研でも一般向けのアウトリーチ活動での展示ではよくマウスのiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を出している。個々の心筋細胞は独自の拍動リズムを持っているが、沢山で集まって一つの組織として同期して拍動する。そのような同期したリズムの伝わり方を、「心電図の読み方」という切り口で、林さんに解説して頂いた。林さんは最近心電図検定の3級に合格されたらしい。1級から4級まであり、3級は一般の臨床医レベルとのこと。この記事を書いているのは公開から10日目くらいであるが、すでに再生回数は2700回を超えている。
#79: よくわかる!心電図の読み方(前編):
#80: よくわかる!心電図の読み方(後編):

2024年1月17日(水)ー19(金)

第52回免疫学会総会・学術集会に参加
免疫学会は河本研にとってはメインの学会で、ラボの研究者はほぼ全員が参加する。通常は12月に開催されるが、今回は1ヶ月遅く、1月になってから、幕張メッセで開催された。写真は宿泊したホテル(アパホテル)の窓からの、東側を望んだ景色。
今回の学会のテーマ。
今回の学術集会は千葉大学の学長をされていた中山俊憲先生が集会長をされるはずだったが、昨年11月に逝去された(2023年11月23日の記事参照)。学会では、中山先生を偲ぶ展示が設営されていた。
中山先生には、2002年に理研免疫センターのチームリーダーへの応募を促していただいたり、2004年に免疫学会教育推進委員会へ声をかけていただいたりと、人生の節目で大変お世話になった。当時湊研の助教になったばかりの私が、理研のチームリーダーになれたことは、人生最大の転機であった。また、免疫学会の教育推進委員になるということは、サマースクールのオーガナイザーをするということであり、その後の免疫学会での活動の契機になった。きちんとした御礼を言ってなかった事が悔やまれる。
初日の午後、 トミーデジタルバイオロジー社の後援による若手女性研究者巣年事業授賞式があり、和田はるか先生(北大遺制研清野研准教授)による講演があった。和田先生は昨年の受賞者の一人(2022年12月7日の記事参照)。ずいぶん前に、河本研は胸腺の前駆細胞が樹状細胞への分化能を有することを報告したが(Shen et al, J. Immunol, 2003; Masuda et al, J. Immunol, 2007)、和田先生はかつて河本研の研究員であった時に、胸腺のT前駆細胞がミエロイド細胞(マクロファージ)への分化能を有することを明らかにした(Wada et al, Nature, 2008)。この日の発表は、これらの研究の延長線上にある研究とも言えるもので、T前駆細胞由来樹状細胞が負の選択に関与している、という話。こういう研究を続けてくれている事を、嬉しく思った。
今年度の免疫学会賞は岡崎拓先生。PD-1欠損マウスにおける自己免疫疾患の発症機序の解明の仕事が有名だが、最近では樹状細胞に出ているPD-1のリガンドPD-L1が同じ細胞に出ているCD80と結合する事で、活性化したT細胞にPD-1を介した抑制シグナルが入らないようにしている事を解明されたりしている(Science. 364(6440):558-566, 2019)。
免疫学会奨励賞の受賞者の表彰。
会長招宴の会では、中山先生が生前に残されたビデオメッセージが流された。いつ頃撮られたものだろうか、お顔はやややつれた感じであったが、言葉はとても力強かった。
新蔵礼子先生(写真中央、東大定量研教授)、大谷直子先生(向かって右、大阪公立大学教授)と。
二日目、ポスター発表と企業展示の会場。
一年前の集会でもポスターセッションは開催されて賑わっていたが、まだ皆マスクをしていた(2022年12月7日の記事参照)。今年もまだマスクをしている人はいるが、少数派だ。
2日目の夜は懇親会が催された。昨年の集会では懇親会は無かったので、4年ぶりということになる。中島裕史先生(千葉大学)が中山先生の代わりに挨拶をされた。
今回の懇親会は600人くらいが参加したとのこと。コロナ前は通常400人くらいだったので、やはり今回はコロナ明けを祝うムードがあったのであろう。
懇親会でも中山先生のビデオメッセージが流された。
免疫学会の理事長である黒崎先生による挨拶。
日本酒が沢山供されていた。
向かって左から清野宏先生(千葉大学教授)、茂呂和世先生(大阪大学教授)、橋本彩花さん(茂呂研M1)。
向かって右から椛島健治先生(京都大学皮膚科教授)、田中ゆり子先生(東邦大学医学部講師)。
向かって左から高柳広先生(東大医学部教授)、林璃菜子さん(京大医学部3回生)、馬場義裕先生(九大生医研教授)、高岡晃教先生(北大遺制研教授)。林さんは河本研にラボローテで1回生の時から出入りしていて、最近は医生研チャンネルの制作にも協力してくれている(2023年12月21日の記事参照)。懇親会では、林さんは並み居る教授達ともしっかり話をしていた。えらいもんだ。
懇親会で、河本研のメンバー+宇高研のお二人。
懇親会の後、海浜幕張駅の近くの居酒屋で二次会。河本研+伊川研(東京理科大)+京大坂口研+宇高研(高知大)+金子研(京大)+増田喬子先生(サノフィ)+糸井まなみ先生(明治国際医療大学)。テーブル1。
テーブル2。
テーブル3。
ホテルに帰る途中で高柳先生と塚崎先生と出会った。
三輪佳宏先生(写真向かって右)は現在理研バイオリソースセンターの遺伝子材料開発室の室長であるが、少し前まで筑波大学におられた。筑波大学におられた時には日本サイエンスビジュアリゼーション研究会の運営に関わっておられ、随分前に一度分子生物学会のフォーラムとして開催されたサインエンンイラストを題材にしたイベントに声をかけていただいた事がある(2011年12月15日の記事参照)。三輪先生の研究室はナショナルバイオリソースプロジェクト (NBRP) 「遺伝子材料」の中核機関であるとのことだ。NBRPには、長畑君が進めている研究に関連して、ホヤなどの研究材料の調達などで、お世話になっている(2023年2月21日の記事参照)。
三輪研究室HP:
来年度は大野博司先生が集会長で、長崎で開催される。
三日目のワークショップで、長畑君がT細胞の進化的起源についての研究成果を口頭発表した。
彼は1年くらい前にBlood誌に「血液細胞の進化的起源は単細胞生物」という内容の論文を発表した(2022年12月15日の記事参照)が、その後もその方向性の研究を力強く進めている。
セッション名は「Hematopoiesis and Immune Environment」で、座長は生田宏一先生(京大医生研)と幸谷愛先生(阪大微研)だった。
三日目のポスターセッションでは、林璃菜子さんが発表。宮崎正輝先生(河本研准教授)の指導下で、ノッチシグナルやEタンパクを軸にして、T細胞と自然リンパ球への運命決定の振り分けが個体発生過程でどう進むかをしっかりと解析していて、とてもいい研究だ。「学生でも研究室に来て研究成果をあげ、学会にも参加できる」という良い例として、近々、裏医生研チャンネルで取り上げようと計画している。そのために、ポスター会場で動画を撮ろうとしていたら、ちょうど石戸聡先生(兵庫医大教授、ネガティブセレクションのベース)が通りかかられたので、撮影をお願いした。動画撮影終了後、林さんのポスターの前で3人で記念写真。

2024年1月12日(金)

衣食住セミナーに参加
衣食住セミナーは、建築家の事務所の人達が共同で主宰しているセミナーで、広範な話題を扱っている(2023年7月7日の記事参照)。この日は名栗(なぐり)についての話で、講師は橘商店の橘明夫さん。この日に初めて知った事であるが、「名栗」というのは木の角材や板に一定のパターンで表面を削って施す装飾の事らしい。
橘さんが持参された名栗の例。「何と呼ぶか知らないけど、誰もが見たことがあるもの」と言っておられたが、まさにそんな感じだ。
二次会の店に行くまでの途中で、注意して民家の玄関先を見ていると、確かに結構な頻度で見つける事ができた。
こういうのも名栗と思われる。意外とよくあるものだ。
          

2024年1月1日(月)

三木先生が学生時代の写真を共有してくれた
三木幸雄先生(大阪公立大学放射線診断学講座教授)は昭和61(1986)年京大医学部卒の同級生で、学生の頃から写真をよく撮っておられた。左の写真は昨年9月3日にCiRAのセミナー室で開催された「未来医療を多角的に考える研究会」(2023年9月3日の記事参照)での一コマ。三木先生は最近、以前にフィルムで撮った写真をデジタル化しているとのことで、この日、卒業アルバム用に撮った写真を沢山共有フォルダに入れて、同級生の皆とシェアしてくれた。当時すでに白黒フィルムは廃れていたが、この一連の写真では、あえて白黒フィルムで撮ったとのこと。
卒業アルバムでは使われなかった写真も多くあり、とても懐かしかった。そのうち自分が写っている写真を何枚か載せる。私は学生時代にはスズキのジムニーに乗っていた。白黒なので色が分からないが、色はベージュ。ボンネットの黒の2本線は自分で入れたデザイン。
前列向かって左から私、北正人先生、山内(当時久下)順子先生、後列左から河本雅秀先生、北尾忠寛先生、工藤比等志先生、清谷哲也先生。乗っている人達は、アイウエオ順で組まれた班のメンバー。各種の実習を行ってきた仲間だ。場所は京大医学部構内。なお、このジムニーはまだ河本の実家に、動かせる状態で置いてある。
ジムニーの後ろ姿。
医学部軽音関係者。向かって左から私、北先生、川谷暁夫先生、北尾先生、古家敬三先生、吉岡美沙緒先生。私は北先生、吉岡先生らと「Brain Salad」というプログレバンドを組んでいた。