仕事納め。遅くまで残っていた人達と、しみじみと1年を振り返った。今年は大型予算の獲得、新会社の設立など、秋以降は好調だったが、その直前は相当追い込まれていただけに、波乱万丈な一年だった。 |
櫻木恵子先生(写真向かって右端、京都大学経営管理大学院企画室室長)が、11月末頃に河本研で行われた京大の産官学連携関係の打ち合わせに来られた時に、大久保博志君(左端、有限会社プログレス社長、Negative Selectionキーボード担当)と知り合いだという事がわかり、大久保君が最近京都に帰ってきているということもあって、一度会食を、という運びになった。上記の打ち合わせをアレンジして下さったドイル恵美先生(右から2番目、京大経営管理大学院特定講師)も参加。楽しい会になった。 |
佐治先生主宰の昼食会に、糸井マナミ先生(明治国際医療大学教授)が参加。糸井先生は胸腺環境の研究者で、KTCCの世話人も努めておられる。Negative Selectionのライブでギターを弾いて頂いた事もある(2013年6月3日の記事参照)。この昼食会は、論文の紹介や学会で聴いた話の紹介など、業界の話題を取り上げる勉強会になっている。 |
今年のラボの忘年会は、研究所1階のラウンジで開催。ここで開催すると、普段から仲良くしている他のラボの人達に声をかけやすいのが良い。外でするのに比べると準備や後片付けが大変だが、その分安く済ませられるし、色々な料理が食べられて楽しい。 | |
瀬和さん作の、タンドリーチキン。私からのリクエストに応えて頂いた。とても美味しかった。 | |
ちゃんこ鍋のテーブル。 | |
刺身のテーブル。廣田先生(向かって左端)が包丁を振るってくれた。 | |
永野君が差し入れてくれたお酒。 | |
森川洋匡先生の挨拶。森川先生は外科医で、坂口研出身。今は研究はしていないそうだ。現況の話よりも、オオクワガタを育ててギネス記録に挑戦しているという話のインパクトが強烈だった。森川先生については、2014年、分与したプラナリアを留学前に返しくれた時に、その大きさに驚いたことがある(2014年7月25日の記事参照)。生き物を飼育するのが上手なのであろう。 | |
余興で、縣先生がNegative Selectionの新曲「VDJ-recombined」(2019年11月29日の記事、2019年11月3日の記事参照)を披露。彼は歌う時には、普段の話し声とは全然違う、澄んだ声になる。 | |
渡邊先生と河岡先生が「365日の紙飛行機」を熱唱。今年の7月にあった阿蘇シンポジウムの懇親会での共演(2019年7月26日の記事参照)の再現。 | |
参加者一同で記念写真。 | |
引き続き教授室で二次会。いい一年だった! |
この日は、朝から大掃除。お昼頃、久しぶりに、研究室メンバーでの集合写真を撮った。いい天気だったので、皆、ちょっとまぶしそうだ。写真は総務課の神田さんに撮って頂いた。ありがとうございました。 |
教授会の忘年会が開催された。 | |
前所長の開先生の挨拶。退官されて2年近くになるが、相変わらずお元気そうだ。 | |
この会は歓迎会や祝賀会を兼ねている。伊藤貴浩先生の挨拶。前年度末に着任されていた(2019年3月8日の記事参照)が、しばらくはジョージア大学との兼任で、6月から専任。がん幹細胞も含めた幹細胞研究をされている(2018年7月3日の記事参照)。 | |
武田医学賞を受賞された影山龍一郎先生の挨拶。昨年は紫綬褒章の受章で挨拶されていた(2018年12月26日の記事参照)ので、2年連続でお祝いされる側だ。 | |
文化勲章を受章された坂口志文先生の挨拶。一昨年は文化功労賞の受賞で挨拶されていた(2017年12月21日の記事参照)。文化功労賞を受賞して間も無くの受章なのと、60代で受章される例は少ないという事で、「恐縮した」というような事を言っておられた。また、祝宴の席で皇族の方々と話をして、皆よく予習をして来られていて偉いと思った、というような話をされていた。 | |
全員で記念写真。 |
本日発売のTarzan(2020年1月9日号)に、私が取材協力した免疫力に関する記事が載っている。Tarzanは、男性向けの健康情報誌で、月2回発刊、発行部数20万部とのことで、かなりよく売れている雑誌だ。 | |
免疫の仕組みの概説と、免疫力を保つためにはどうすればいいかという、計7ページの記事。免疫力を高めるために「体温を上げる」とか「キノコを食べる」とかで免疫力が上がるなどといった俗説に否定的な意見を述べたら、そのまま記事にして頂けたので、いい記事になったと思う。扉ページに使われているのは、今回の記事用に描いた新作イラスト。 | |
これまでに、免疫学業界では本の表紙やポスターなどを描かせて頂いたことはあったが、一般誌に自作イラストが載るのは初めてなので、結構嬉しい。2ページ目、3ページ目には旧作を載せて頂いた。 | |
2ページ目のイラストは、昨年のKTCC用に描いたもの(2018年6月15日の記事参照)。左側の解説に書いてあるように、イラストに登場している科学者のモデルは生田宏一先生。 | |
今回、扉ページ用に描いたイラスト。「体の中を免疫細胞が駆け巡っているイメージのイラスト」という編集からの依頼に応える形で作成した。最近、「AKIRA」のリバイバル上映を映画館で観た(2019年10月13日の記事参照)ので、少し大友克洋的要素が入ってしまった。 | |
制作の過程。まずこういう感じのラフスケッチを数点作成。 | |
あれこれラフスケッチを描いているうちに、体のイメージとして、いわゆる「トルソ」(体幹部だけの像)を使おうと考えた。 | |
鉛筆と色鉛筆でラフスケッチを作成した段階で一度編集部に送り、これでOKということになった。 | |
鉛筆で下書き。 | |
ペン入れ。 | |
消しゴムで鉛筆の線を消してから、スキャナーで取り込んで、フォトショップで微修正。これにフォトショップの塗りつぶしツールを使って彩色する。 | |
今回のイラストはちょっとスプラッタなイメージなので、内蔵的な部分は彩度を低くすることにした。とはいえ、様々な色を使いたいので、まずはこのように派手な色をつけて、その後、彩度を調節するツールを使って、地味な色に変えた。 | |
今回嬉しかったのは、記事の後半に、しりあがり寿さんがイラストを描いて下さっている事。しりあがり寿さんは、いわゆるヘタウマ系のイラストレーターとしても有名であるが、実は高度な画力と構成力の持ち主で、「弥次喜多in deep」や「方舟」のような奥深い漫画作品を多数手がけておられ、2014年には紫綬褒章も受賞されている、すごい漫画家でもある。そんな人に、この記事用のカラーのイラストを描いて頂けたのは、とてもありがたい事だ。 |
研究開発戦略センター(Center for Research and Development Strategy:CRDS)主催の表記の会が市ヶ谷のJST別館で開催された。CRDSは日本の研究開発におけるシンクタンクで、今回の会は、ライフサイエンスの中で日本が重点的に進めるべきテーマについての提言を行う重要なワークショップだ。少し前に書いたように(2019年11月7日の記事参照)、細胞を薬として使う時代がすぐそこまで来ている。今回のワークショップでは、遺伝子改変を施した細胞は「デザイン細胞」と呼ばれていた。終了後、参加者で写真撮影。 | |
その後、有志で会食。いい情報交換ができた。 |
ウイルス再生研一号館前の駐車場のカエデは、例年紅葉が遅い。今年もようやく見頃を迎えた。昨年は2本のうち片方だけ紅葉が遅れていた(2018年12月18日の記事参照)が、今年はほぼ同期している。 | |
教授室の窓から見たらこんな感じ。 |
表記の会が浜松で行われた。前日入りしてバイオレジェンド主催のレジェンドナイトに参加。この会はここのところ若手PIに話してもらうという趣旨である事が多かったが、今回は学術集会長の黒崎先生による「会長記念講演」的な講演をいきなり聴くことができた。B細胞は一度胚中心を通った後、プラズマ細胞になるかメモリーB細胞になるか、あるいはもう一度胚中心に向かうかという運命決定をするが、この運命決定について熱く語られた。適度にaffinityが低いB細胞の方がhigh affinityのB細胞よりもメモリーになりやすいというデータを示されている(Nat Immunol, 17:861, 2016)。これに対して、その方が変異した病原体に対して新たにhigh affinityな抗体を作りやすいからだという解釈をされている。この解釈は理にかなっていてとても面白い。ただし、まだ証拠が不十分なようにも思った。 | |
今回の会場の、アクトシティ浜松。免疫学会で使うのは初めて。浜松駅のすぐ近くで、ロケーションはとてもよい。ホールの広さも数も十分あった。ただ、レジストレーション/ランチョンセミナー発券/ポスター/企業展示などの会場が、メイン会場からはホテルを隔てた反対側にあり、ちょっと不便だった。 | |
初日の午後イチには、本庶先生による特別講演があった。二階席まで満員。 | |
講演の内容は昨年ストックホルムでされた受賞記念講演の内容を日本語にされたもので、原題は「Serendipities of Acquired Immunity」、邦題は「獲得免疫力がもたらした驚くべき幸運」。4月に聴いた時の邦題は「獲得免疫の思いがけない幸運」だった(2019年4月16日の記事参照)。今回のタイトルの方がわかりやすいように思われる。 | |
初日の夜は「サマースクール同窓会」に参加。テーブル1。何年か前から開催されているらしいが、初日は会長招宴があって、理事/座長/シンポジストのどれかを担当しているとそちらに行く必要があり、これまでなかなか参加できなかった。 | |
テーブル2。小安先生も来られていた。 | |
二次会からは会長招宴参加者も合流。賑やかになってきた。 | |
免疫学会理事長の清野先生の挨拶。 | |
このテーブルに、免疫学業界3大ブロガー(私が勝手に認定した)が同席した。私が書いているこのラボニュースは、いわゆるブログの形態は取ってないが、まあブログのようなものだ。私のは、日記がわりに書いているようなものなので、写真数が多いのと、他愛のない話が多いのが特徴。
写真向かって左端の吉村先生のブログは、「ぼやきの吉村」として有名。それぞれの記事にちゃんと論点があって面白い。 吉村先生のブログ: 写真一番奥の椛島先生のブログは、更新が一番マメで、またあちこちにリンクが貼ってあり、情報量が多い。勉強になる言説が多いので若い人にはお勧め。 椛島先生のブログ: |
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二次会で、吉村先生の挨拶。2022年に免疫学会学術集会の集会長をされることになったので、その話だったと思う。 | |
集会長は、理事会での投票で3人が推薦され、その3人が評議員会で発表され、評議員による投票でその中から決まる。写真は今回初日に開催された評議員会で吉村先生に決まった時のスライドで、茂呂さんから頂いたもの。吉村先生は、前回と前々回の評議会でも候補に挙がっており、投票前に「私に投票しないで下さい」という演説をして、「え、そんなのあり?」と業界内で結構話題になった。今回は発言されなかったので、3度目の正直と観念されたのかと思っていたら、そういう事ではなかったようだ。前出のブログに詳しく書かれている。投票前の演説については一理あり、事前に打診もなく突然集会長のような大役の候補に挙げられて選挙されても困る、ということのようだ。前回と前々回は、理事でなかったから寝耳に水であったのが、今回は理事でもあって候補になっていた事は知っていたし、学内での教務がらみの仕事が減って少し楽になったので、引き受けることにしたとのことらしい。納得。 | |
懇親会。賑やかだった。浜松は音楽の街ということで、クラシック音楽の演奏も楽しめた。 | |
郷土料理ということで、ミニ鰻丼。 | |
浜松は宇都宮(2019年6月24日の記事参照)と競い合う餃子の街らしい。 | |
浜松餃子の特徴は、具材に、通常は白菜とニラがよく使われるのに対して、キャベツと玉ねぎが入っていることとのことだ。また、盛り付けでモヤシを上に少し置くのも特徴だそうだ。 | |
供された日本酒。 | |
向かって左から、茂呂さん、縣先生、斉藤先生、私。縣先生はノーベル賞の受賞対象論文の一つであるPD-1のクローニング論文(EMBO J, 11:3887, 1992)の2nd authorであるが、初日にあった本庶先生の講演の中で、1st authorの石田靖雅先生(奈良先端大学)と共に写真入りで紹介されて、ちょっとゴキゲンだった。 | |
ストローマ細胞関係者。向かって左から糸井先生(明治国際医療大)、新田先生(東大)、増田さん、尾松先生(大阪大)。 | |
向かって左から高さんと日高さん。高さんは現在研修員だが、来年度から修士課程の院生になる。日高礼子さんは、本学医学部3回生の学生さん。1回生の時からMD研究者育成プログラムで河本研にきており、宮崎君が指導をしてくれている。Rag遺伝子のエンハンサーに関する研究をよく頑張っていて、今回は、その成果をポスター発表した。 | |
集会長の黒崎先生と。会が全般に盛況で、成功感が漂っており、黒崎先生もご満悦な感じだ。 | |
懇親会の後、永野君が見つけてきた近くの居酒屋で、二次会。ここまでくると学会も終盤に近い感じがする。 | |
三日目、がん免疫に関するセッションで、永野君の発表があった。 | |
今回、永野君は新ネタで「TCRカセット法」について話をした。今回の学会で、何人かの先生に興味を示して頂けたのが収穫だった。 | |
3日目のポスター会場。通常3日目のポスター会場といえば閑散としていることが多いが、今回は地の利があるのか(関東にも関西にも近い?)、多くの人が参加していた。 | |
今回も、いい学会だった。なお、ポスター会場の酒類は、もう少しあってもいいのではと思った。 | |
科学コミュニケーション委員会の後、委員である阿戸学先生(国立感染研)から、年代物のピンクフロイドのスコア譜を頂いた。 | |
曲目。こういうものは、持っているだけで嬉しい。 |
表記の展覧会を、最終日に観に行った。 | |
中之島の国立国際美術館のすぐ近くに関電ビルがあり、抗議集会が開かれていた。「ワイロ」という字が見えるが、この件については、関電はかなり分が悪いと思われる。 | |
美術館では普通は撮影禁止だが、この展覧会では何点か撮影可能だった。これはクリムトの作品。 | |
美術作品を観た後は、何でもない景色でも綺麗に見えたりする。写真は帰り道の途中で堂島川を撮ったもの。 | |
エゴンシーレは、人物画が有名だが、風景画とか、静物画も素晴らしい。ヒマワリの絵のポスターを購入し、教授室に飾った。 | |
この絵のポスターも購入。何でもないような部屋の景色でも、画家の目を通すと、こういう素晴らしい作品になる。 |
表記の会が大阪科学技術センターで開催された。大阪科学技術センターは淀屋橋にほど近い。御堂筋を少し歩いたら、イチョウ並木が綺麗だった。 | |
大阪科学技術館。向こう側に見えているのは靭(うつぼ)公園。 | |
研修医時代にこの近く(福島)に2年間住んでいたが、ここに来たのは初めてだ。1階と2階は子供向けの科学館のようになっている。 | |
会は8階の大ホールで開催されていた。第26回小林浩記念講演という枠で、1時間ほど研究の話をさせて頂いた。座長は岡本祐之先生(関西医科大学皮膚科教授)。この週は発表や講演が計4回もあり、中々にきつかった。 | |
帰る途中、御堂筋のイチョウ並木に電飾が点灯していて、いい感じだった。 |
天理市のウエルカムハウス・コトブキという会場で表記の会が催され、1時間くらい「免疫学の基礎と最前線〜自己免疫疾患の基礎知識〜」という教育講演をさせて頂いた。座長は八田和大先生(天理よろづ相談所膠原病センターセンター長)。2月7日に続編の「自然免疫編」の講義をする予定。 |
先日、石井先生や縣先生の歌を録音したマザーシップスタジオ(2019年11月29日の記事参照)で、この日は茂呂和世先生(大阪大学、理研IMS)のボーカルパートを録音した。「蟲の襲来」は、自然リンパ球と好酸球が寄生虫と戦うという曲。河本、石戸、大久保による男性コーラスで主旋律を歌うが、茂呂さんには、その主旋律に絡むように副旋律で入って頂いた。茂呂さんはさすがで、「こんな感じの声色で」とか「巫女のお告げのような感じで」とかいったその場での要求にも、すぐに対応していただけた。 | |
収録後、京都駅の近くの居酒屋で打ち上げ。これでセカンドアルバム用の素材はほぼ全て揃った! |
この日、森田拓也さんが主宰するプログレッシブロックバンド「Quaser」のライブが神戸のチキンジョージで開催され、大久保君と一緒に観に行った。森田さんは普段は西川先生が運営しているNPO法人AASJの監事などをされている(2018年11月21日の記事参照)。今年の8月に開催された日本難病・疾病団体協議会の近畿ブロック交流集会では、森田さんの世話によって、懇親会のアトラクションとしてNegative Selectionが演奏させて頂いたりした(2019年8月24日の記事参照)。 | |
この日は3つのプログレバンドが出演。最初のバンド「Jellia」はカンサスやボストンのカバーバンド。アメリカのプログレの良さを再認識した。また、エレクトリックバイオリンが素晴らしかった。2つ目のバンド「Uzukdahl」は、4人編成のインストバンドで、ツインリードギターがとてもかっこよかった。Quaser(写真)はトリで出演。森田さんは歌も歌われる。 | |
正統派のプログレで、演奏の確かさと構成の巧みさに、唸らされた。さすがだ。 | |
ライブの後、大久保君と森田さん。 |
表記のセミナーが名古屋中部ろうさい病院で開催され、講師を務めた。例によってガッテン出演時の映像(Youtube版)を見て頂いたりもした。 | |
藤田芳郎先生にはこれまで何度も呼んで頂いているが、いつも若いスタッフで賑やかで、セミナー後の会食も話が弾む。向かって左から野村彰宏先生、清水仁美先生、滝澤直歩先生、私、藤田先生、高杉浩司先生、猪飼浩樹先生。 | |
料理が美味しく、また日本酒の品揃えがとてもいい店だった。「農口尚彦研究所」の日本酒なるものを初めて飲んだが、素晴らしかった。帰り際、店の前で記念写真(滝澤先生に送ってもらった写真)。 |
表記の会が大手町読売ビルの読売小ホールで開催された。全部で26課題が採択されているが、この日の午後、その全チームが次々と要点を発表した。Closedな会だったので、会場の写真は撮れなかった。終わった後、東京駅の居酒屋で、うちのグループから参加した人達(河本研と縣研)で、会食。この日から縣研に特任助教として加入した近藤健太先生(向かって右から3人目)の歓迎会も兼ねた。 先端的バイオ創薬採択課題一覧: |
来日中のEnricoのスケジュールに合わせて、この日の夜、ネガティブセレクションのセカンドアルバム収録曲のうち、「好中球挽歌」(石井先生)と「VDJ recombined」(縣先生)のボーカルパートの録音を行った。場所は、京都駅の近くのマザーシップスタジオ。 | |
ボーカリストは別室に一人で入り、写真のマイクの前で、ヘッドフォンで音楽と自分の声を聴きながら歌う。 | |
まず石井先生の曲を録音。「好中球挽歌」は日本語版と英語版があり、この日、どちらも録音した。少し前に一緒に練習をした(2019年10月15日の記事参照)が、その後もよく個人練習されたようで、それぞれtake 2くらいでOKが出た。 | |
縣先生も、少し前に一緒に練習をした(2019年11月3日の記事参照)が、その後よく練習されたようで、take 2でOK。録音後、お二人とも、ロックな装束を着て頂いて、プロモーションビデオ用に、録音風景を口パク撮影。縣先生がPV撮影用に作られたTシャツが素晴らしい。 | |
石井先生と縣先生は10時ごろには帰られた。Enricoと大久保君とは引き続いて12時くらいまでスタジオで打ち合わせを続け、その後木屋町方面に繰り出して居酒屋で遅い夕食。2時くらいにシメのラーメンを食しに木屋町の「みよし」に立ち寄ったところ、向かいの席の人達も、バンドをやっている人達だった。この日ライブがあって、その打ち上げ飲み会の後に来られているとのことだった。 |
表記の会が岡山のホテルグランヴィア岡山で開催された。バイオセラピィ学会は、がん免疫療法を扱う学会であるが、主に外科系の先生方で構成されている。そういう会であるが、何故か理事にして頂いている。集会の前日に理事会が開催された。理事会後に会長招宴があり、会場まではレトロ感あふれる路面電車に乗った。 | |
岡山ゆかりの画家竹久夢二の生誕130周年とのことで、車体には竹久夢二の絵が数点飾られていた。 | |
運転席。昭和44年から走っている車両であるらしい。 | |
京都の市電もこんな感じだったなあと、懐かしく思った。 | |
会場のルネスホール。かつて日本銀行の岡山支店であったらしい。1922年に建設されたとのこと。立派な外観だ。 | |
ホールも味わい深い造りになっている。 | |
アトラクションは岡山県少年少女合唱連盟による演奏会で、童謡や、クリスマスソングなどが聴けた。最初は童謡なんか聴かされてもなあと思っていたが、聴いているうちに惹きこまれ、聴き終わった後は心が洗われたような気分になった。他の参加者も同じような事を言っていた。 | |
集会長である藤原俊義先生(岡山大学消化器外科教授)の挨拶。今回のテーマは「がん克服の夢の途中」。 | |
本学会の理事長、山口佳之先生(川崎医大臨床腫瘍科教授)の挨拶。冒頭から「菊池桃子ロスに苦しむ山口です」と言って笑いをとっておられた。さすがだ。今回のテーマの中の言葉の「夢の途中」にも、「私たちの世代では“夢の途中”といえば薬師丸ひろ子さんの歌」と言って、歌の一節を紹介されたりした。もしかして山口先生はアイドルオタクだったのでは、と思ったりした。 | |
今回の特別講演の演者のお一人、小林久隆先生(米国NIH)と。小林先生は近赤外線光線免疫療法の開発者。腫瘍に特異的に反応する抗体に光感受性のある物質(近赤外線を当てると疎水性になって細胞膜を破壊する)を結合させ、近赤外線を腫瘍局所に照射するという方法の開発者。腫瘍細胞だけを破壊し、しかもアポトーシスではなくネクローシスで殺傷するので、効率よくがん抗原に対する免疫反応が誘導できるらしい。そのために照射してないがん組織にも効果があるとのこと。とても素晴らしい方法だ。米国で、楽天メディカルの主導によって、臨床試験が進められている。 | |
初日の会場の様子。 | |
懇親会。賑やかでいい会だった。岡山のB級グルメ(ひるぜん焼きそばなど)も供された。 | |
アトラクションで、「うらじゃ」という曲に合わせた踊りを観賞。ノリが良い音楽に、ダイナミックな踊り。ネットで調べると、岡山市の夏祭りの名物らしい。「うら」は、鬼のことらしく、桃太郎伝説に関係しているようだ。このパフォーマンスの後、会場の皆で、いくつかの輪を作って手をつないで踊り、大変楽しかった。 |
ウイルス再生研1号館2階エレベーター横の部屋を、ES細胞研究センターに関連した研究として、先端バイオ創薬事業で使わせていただけることになった。部屋の整備を進める中で、この日は床の清掃をしていただいた。清掃前の写真。 | |
清掃後。見違えるようだ。 |
この日、夕焼けの雲がきれいだったので鴨川に出向いた。 | |
西方向をカシオのデジカメで撮った写真。 | |
iPhoneで撮った写真。建物や川岸がしっかり写っている。iPhoneの方がいわゆる「ラティチュード(latitude)が広い」という事になるかと思う。ただ、一長一短で、その分雲の階調がのっぺりした感じになっている。 |
医科研で打ち合わせなどをした後、近くのスタジオで来年1月31日〜2月1日に神戸で開催される表記の会の懇親会での演奏に向けて練習を行った。下記のHPには以下のようなアナウンスになっている。 1.ピアノとバイオリンの2重奏(バイオリンは瀧内曜子プロ) 2.科学者のプログレッシブロックバンドNegative Selectionとバイオリンの共演 第24回造血器腫瘍研究会のHP: |
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練習が終わった後、近くの中華料理屋さんで夕食。向かって左から横山明彦先生(国立がん研究センター鶴岡研究所チームリーダー)、大久保君、集会長の北村先生、造血器腫瘍研究会会長の北林一生先生(国立がん研究センター造血器腫瘍研究分野分野長)、私、幸谷愛先生(東海大血液腫瘍内科教授)。 |
現在のNegative Selectionは、私が理研免疫センターにいた頃、理研のチームリーダーを中心に立ち上げた。その頃から、6階のラウンジの片隅にPAシステムや楽器類を置かせて頂いていて、この部屋で練習もしてきた。しかし、私や石戸先生は転出し、この部屋で練習するのは年に数回、免疫不思議みらい展の打ち上げパーティーでのライブに向けての練習をする程度になった(2019年8月4日の記事、2018年8月5日の記事参照)。それで、潮時と考えて、楽器類を片付ける事になり、この日の午後、北村先生と二人でこつこつと片付けた。途中で、別棟でmeetingに参加されていた大野先生にちょっとの間来ていただき、記念写真。 | |
ダンボール箱10個、ハードケース3個、ソフトケース1個の、計14個の荷物にまとめた。この部屋は、Negative Selectionの思い出がつまった場所であり、何とも寂しい。この後、東大医科研に行き、北村研でセミナーと研究打ち合わせをした。 |
Negative Selectionのキーボード奏者である大久保君は、大学(慶應大学)入学以後ずっと関東で暮らしていたが、このたび家族で下鴨の実家に引越し。ナイスな仕事部屋を確保して、嬉しそうだ。この日、セカンドアルバムについての打ち合わせを行った。 |
表記の会が六甲アイランドの神戸ベイシェラトンホテルで開催された。六甲アイランドに行くのは久しぶりだ。 | |
今回の集会のHPのタイトルページ。SELECTBIOという組織が、世界各国でライフサイエンス関係のカンファレンスを開催しているようだ。 | |
会場。そう大きな会ではないが、これくらいのサイズの方がしっかりとdiscussionができて良い。 | |
日本での集会のオーガナイザーは中辻憲夫先生がされている。今回、私は2日目の午後に40分の枠を頂いた。 SELECTBIO Conferences HP: |
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中辻先生とこの日の午後のキーノートスピーカー3人。向かって左から中辻先生、山地昇先生(アステラス)、私、中島欽一先生(九州大学)。講演の後、キーノートスピーカーの3人が登壇して、細胞療法や遺伝子治療の現状と課題、将来の方向性などについてパネルディスカッションを行った。 | |
なお、中島先生は「Foggy Black」という名前のバンドをやっておられるとの事。Youtubeを観ると、正統派のハードロックバンドで、精力的にライブ演奏をされているようだ。カバー曲が中心だが、オリジナル曲もされている。左の写真は、下記の記事の中から拝借した。 生命科学DOKIDOKI研究室(テルモ科学振興財団)の中の中島先生の記事 Foggy BlackのYoutube映像(1) Foggy BlackのYoutube映像(2) |
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会の終了後、六甲アイランドのアイランドセンター駅の周辺を散策した。このエリアは、どこかのテーマパークの中かと思うくらい、いい感じに整備されている。写真は、南側から北の方向を望んでいる。 | |
池や水路は、藻などが生えてすぐにきれいでなくなるのに、ここの水場は、とてもきれいだった。 | |
北側から南方向を見たところ。会が開催された神戸ベイシェラトンホテルが見えている。 |
この日の午後3時から、御即位を披露されるための、天皇皇后両陛下によるパレードが行われた。図はパレードのコース。 | |
河本研の秘書の宮武さんが、パレードを観に行かれたというので、話をうかがい、何枚か写真を頂いた。国会図書館前で観られたらしい。左図は、宮武さんが撮られた、以下の3枚の写真のポイントを示している。 | |
写真1。国会議事堂前の手荷物検査場に並ぶ列。宮武さんは2時間くらい並んだらしい。 | |
写真2。パレードを待つ人々。正面の建物が国会図書館。 | |
写真3。一瞬だったとのことだが、しっかりと天皇皇后両陛下のお姿を拝むことができたとの事。皇后陛下のティアラがキラッと輝いたのが印象的だったらしい。ちゃんと写真に両陛下のお顔が写っている。いい天気で、よかった。 |
下鴨から出町柳へ渡る橋は私の通勤路で、信号待ちになった時に、景色を見る余裕ができる。4月初旬には桜並木の開花が楽しめる(2019年4月8日の記事参照)が、秋の紅葉も、結構きれいだ。桜は、楓や銀杏よりも、少し早く色づく。最近、何だか知らないが、河川敷の工事をしている。 |
樋口北斗君(医学部4回生)は、マイコースのプログラムで、今年7月から8月にかけて河本研で3週間くらいフローサイトメトリーなどを研修した(2019年8月7日の記事参照)。その後、コロンビア大学の山田和彦先生の研究室に2ヶ月ほど留学。このほど帰国したとのことで、挨拶に来てくれた。山田先生のラボでは、サルを用いた実験でGVHDを目の当たりに見るなど、インパクトの強い研修だったとのこと。うちで研修した時の指導役だった増田さん、長畑君と記念写真。 |
この日の夕方、研究開発戦略センター(Center for Research and Development Strategy:CRDS)フェローの辻真博氏と会談。CRDSは日本の研究開発におけるシンクタンクで、世界中の現行の開発研究の動向を調査して、分析し、今後日本が取るべき研究の方向性について提言を行っている。JSTに属する組織であるが、AMEDとも連携しており、国の研究予算の配分にとても大きな影響力を持っている。辻氏は博識で、内外のライフサイエンスの動向を広く深く把握しておられ、そういう人とライフサイエンスの直近から何十年か先までの将来像についてあれこれ話し合いをするのは、とても楽しい。「細胞を薬として使う戦略が次世代の医療の主流になる」という辻氏の考え(日刊工業新聞2019年6月7日の記事参照)には、激しく同意。教授室でDiscussionした後、河岡先生にも加わってもらい、近くの居酒屋で引き続きDiscussion。残念ながらピンボケ写真になったが、写真中央が辻氏。 |
ネガティブセレクションは、現在セカンドアルバムの制作を進めており、CDに入れる6曲の楽曲部分の録音は終わっている(2019年5月11日の記事参照)。少し前に書いたように、その中の「好中球挽歌」という曲は石井優先生(大阪大学)に歌っていただく事になっている(2019年10月15日の記事参照)。他に、「VDJ-recombined」という曲がある。遺伝子再構成で特定の特異性のTCRに限定されてしまったT細胞が、「自分は何者なんだ」とアイデンティテーに悩みつつ、それでも皆で戦えば仲間を助けることも敵を殺すこともできる、というような内容。高浜洋介先生(NIH)が作詞、私が作曲した曲で、歌詞は英語。長年TCRの遺伝子再構成のメカニズムの研究をされてきた縣保年先生(滋賀医科大学)に歌ったいただくことになり、この日、三条河原町の近くのスタジオで練習した。縣先生はかつてバンドをやっておられただけあって、さすがにとてもいい声だ。この日、合計10箇所くらい符割を変更したが、突然の変更にもよく対応していただけた。11月下旬に本番の録音の予定。 | |
今の形態のネガティブセレクションというバンドは、2006年頃に理研免疫センターにいたチームリーダーを中心に組んで、2010年の国際免疫学会での屋外ライブに合わせて北村先生、高浜先生、大久保君に加わってもらったという経緯(2010年8月26日の記事参照)で、現在に至っている。ただ、ネガティブセレクションという名前のバンドは、私が湊長博研にいた頃(2002年-2004年)、何かのパーティーで演奏するために組んだのが始まり。その時は、Willem van Ewijik(キーボード)、縣先生(ギター&ボーカル)、田村君(当時の湊研の大学院生)(ベース)で、私がドラムスを叩いていた。したがって、縣先生は、ネガティブセレクションの初代ギタリスト&ボーカリストということになる。イラストは、当時、宣伝ポスター用に書いたもの。 |
イブニングという雑誌に連載中の、「ふたりソロキャンプ」という漫画がある。最初の何回かはキャンプ中のおじさんと若い女の子があるきっかけで仲良くなるという「オヤジの妄想かきたて系」的な設定だったが、最近はしっかりとキャンプの面白さを伝える内容になってきている。私は学生の頃には借りたテントを担いで芦生原生林をうろついた事などはあったが、その後長い間、キャンプの世界からは遠ざかっていた。この漫画を読んで、「ソロキャンプ」というスタイルが静かなブームになっていることを知り、「一人で星空を見ながら焚き火して、お酒を飲んで、眠たくなったら寝る」という贅沢を、是非やってみたいと思った。そういう話を周りにしてたら、身近に廣田先生と上堀先生というキャンプの上達者がいることがわかった。お二人から「いきなりソロキャンプはハードルが高い。まずはキャンプに参加し、寝る時だけ一人、という形で始めるのが無難」と言われ、教えを乞うことにした。初キャンプとして、ビラデスト今津という、琵琶湖西岸の北の方の、函館山の裏手にあたる、オートキャンプ場のある施設を訪れた。増田さんと小林さんも参加。 | |
この施設は13時チェックインだが、私は湖西道路と161号線を通って渋滞に巻き込まれ、1時間以上遅れてしまった。到着するとすっかり体制ができあがっていた。焼き鳥は串刺しから。 | |
今回は入門編なので、廣田先生と上堀先生が主に世話をしてくれた。上堀先生が用意してくれたさざえやホタテ貝が美味しかった。サザエの内臓部分は、日本酒と相性がとても良い。 | |
廣田先生が持ってきてくれた日本酒。大変美味しかった。 | |
増田さんは魚介類のアヒージョを担当。 | |
牡蠣とマッシュルームのアヒージョ。パンと一緒に食べると、とても美味しい。白ワインを合わせた。 | |
遅めの昼飯のメインディッシュは、廣田先生による和牛フィレ肉の「備長炭」焼き。これ以上うまいものは世の中にそうは無いというレベルだ。赤ワインと合わせた。 | |
焚き火+夕食に向けて、風と夜露をしのぐために、大きなタープを上堀先生が一人で設営してくれた。こんなのが自分できるようになれたらいいなあと思った。 | |
夕方、各自テントを設営してから、焚き火の傍らで夕食。夕食は寄せ鍋、シメは鍋に乾麺を入れてつくったラーメン。増田さんはテントを用意していなかったので、途中で帰宅。 | |
今回のキャンプは、焚き火をするのが主目的だった。夜は気温がかなり下がり、服を着込んでも、焚き火の炎がありがたいと思えた。深夜まで、とてもいい焚き火が楽しめた。寝る少し前に飲んだ熱燗が、体中の細胞にしみいるようで、とても美味しかった。焚き火+お酒の相性が大変良いことを体感した。 | |
朝。今回使用したのはコールマンのポップアップ式テント。1週間前に岩倉のワイルドワンという店で購入した。テントは2重構造で、内側のテントは、袋から出して広げたら、あっという間に形になる。外側のテントは、ロープで引っ張ってペグで固定している。朝方は朝露で濡れるとは聞いていたが、本当にビシャビシャだった。 | |
テントの内部。小さく見えるが、中は[1m x 2m]以上ある。グラウンドシート、テントの底面、レジャーシート2つ折り、サーマレストの折りたたみ式マットを敷いた上に、寝袋と毛布。十分暖かく、快適だった。 | |
廣田先生が用意した簡易燻製製造器が昨日に続き、2日目も朝から活躍。サクラのチップを用いた固形燃料で、今回は、うずらのたまご、チーズ、ソーセージなど、いろいろなものを燻した。写真は、いぶし終わって、上の蓋を開けたところ。12時ごろにチェックアウトし、161号線ではなく、朽木を通って安曇川沿いに途中峠に向かうルート(いわゆる鯖街道)で帰った。 |
「まほろば」は、高野川沿いの、蓼倉橋の東側にある居酒屋。毎年11月1日は、まほろばの開店記念の祝賀会になっており、常連の人達が参集する。この会では8時頃から深夜までアコースティックギター弾き語りのライブが続く。この店は、昭和にタイムスリップしたような感覚を呼び起こしてくれる。 | |
京大の皮膚科出身で医療疫学分野准教授の山本洋介先生がこられていた。静かに飲みにきておられたかもしれないのに、酔った勢いで、つい色々な話をして絡んでしまったような気がする。 | |
店主の和田さんによる弾き語り。和田さんは、同志社大学くらま画会の部長をされていた人で、私も同時期(学年的には和田さんの方が2年先輩)に京大の美術部にいたので、美術部つながりの知り合いだった。和田さんは卒業後、一旦会社勤めをされてから、脱サラしてこの店を開店された。 |
樋口隆弘先生(岡山大学RECTOR分子イメージングプロジェクト教授)とはAMEDの次世代がん研究の分担に加えて頂いている(2019年7月10日の記事参照)。この日は、プロジェクトの背景になっている核医学の現状について話をして頂いた。核医学の世界では日本は欧米に比べて圧倒的に弱いらしい。ソマトスタチンレセプターに結合するソマトスタチン類自体に放射性物質を結合させた消化器がんの治療の話や、PSMAを標的とした前立腺がんの診断法や治療法などの話は、インパクトがあった。 | |
夕食をとりながら、引き続きdiscussion。いい話しあいができた。 |
表記の会が、福岡国際会議場と福岡サンパレス・マリンメッセ福岡で開催された。週会長は岐阜大学の吉田和弘先生。16会場くらいが使われる、大きな学会だ。 | |
博多は、昨年の免疫学会で来ているので、1年ぶり(2018年12月10日の記事参照)。2日目の夜、中洲あたりを夜9時ごろからうろついた。キャナルシティ博多は、もう殆どの店がしまっていたが、相変わらずいい感じだ | |
中洲で、九州産業大学のプロレス研究会が、イベントを開催していた。ちょうどメインイベントが始まるところだったので、観て行った。 | |
学生プロレスというのは、私が学生の頃でも相当なレベルであったが、今回久しぶりに観戦して、すごい事をやっているなあと感心した。写真は、コーナーポストから2回転してボディプレスをかまそうとしているところ。 | |
アクロバティックな技はいいとして、危なそうな技は、観ていて怖い。これは何という技か知らないが、まずこのように相手を抱える。 | |
その体勢で、ジャンプして相手を首から落とす。 | |
鍛えてあるから大丈夫なんだろうが、首の骨を折ったらどうするんだと思った。私が親なら、頼むから止めて、というだろう。 | |
コーナーポストからのブレンバスターとか、写真のようなジャーマンスープレックスなど、決め技を次々繰り出す。解説も、盛り上げつつも、適度に冷めたコメント「彼らはもう4回生ですからね、就職はどうなってんでしょうね」「(場外乱闘になったとき)観客の皆様、触ると馬鹿が移りますよ」などが、秀逸だった。 | |
中洲の屋台街は健在。 | |
今回は、天神の屋台に行ってみた。 | |
対州軒という店で、おでん、明太子玉子焼と、博多ラーメンを食した。とても美味しかった。 | |
3日目のシンポジウムに参加した。メインホールで開かれ、人の入りもまずまずだった。 | |
シンポジウムのプログラム。がんと再生医療という、チャレンジングな主題だ。 | |
座長は小川修先生(京大泌尿器科)と大野真司先生(がん研)。 | |
大和先生は、がん治療の補助療法として、上皮の再生させるという話を中心に、細胞シートを用いた広範な応用例の話をされた。 | |
シンポジウムの後、同級生の北正人先生(関西医大産婦人科教授)とお会いした。北先生(当時ペーさんと呼ばれていた)とは学生時代に一緒にバンドをした事がある。ペーさんはプログレおたくで、ベースが専門であるが、ドラムスも叩かれていて、ご一緒したバンドではペーさんドラムス、私がベースで、ジェネシスの曲などを演奏していた。一時期、高橋政代先生(元理研、現ビジョンケア社長)がギターで加わって、ディープパープルの曲を演奏していたこともある。当時私はベースを始めたばかりだったので、すでにバンド経験が豊富だったペーさんには厳しく指導していただいた事を覚えている。 | |
当時の写真。1回生時(1980年度)の京大の学園祭(11月祭)で、医学部軽音が主催するライブ喫茶Pamoja(パモジャ)での演奏風景。後ろにいるのがペーさん。最近私はネガティブセレクションで演奏する際にはカツラをかぶっているが、この写真の長髪は地毛。 | |
シンポジムの後、マリンメッセ福岡で学会主催の屋台コーナーで昼食。福岡料理の他に、集会長に因んで岐阜料理のコーナーもあり、もつ鍋、唐揚げ、五平餅などを食した。 |
午後1時からの即位礼正殿の儀のライブ配信を、教授室でプロジェクターと音響設備を使って視聴した。 | |
この日は祝日だったが、渡邊先生と増田さんが来ておられたので、昼食をとりながらご一緒した | |
どこかのメディアが「雛人形の世界」と言っていたが、その通りだと思った。 |
横浜市立大学医学部で大学院生を対象としたセミナーをさせて頂いた。会場は、キャンパス内にある「ヘボンホール」という名前の講堂。あの「ヘボン式ローマ字」のヘボン氏とのこと。ヘボン氏の功績をたたえて命名されたらしい。 | |
横浜鶴見の理研では横浜市大の生命科学科が隣接していたが、医学部は横浜と横須賀の丁度真ん中あたりで、鶴見からはかなり遠い。今回のセミナーは、院生が主体で運営する形式だった。1時間30分の時間が頂けたので、脱線しつつ、免疫の仕組み入門(自己寛容の仕組み)、血液細胞の分化経路(研究者への道のりの話を絡めて)、再生医療、がん免疫、再生T細胞を用いた免疫細胞療法など、いろいろな話題を取り上げた。 | |
セミナー後、会食。この日はあいにく田村智彦先生(免疫学教室教授)はおられなかったが、田村先生の教室の人達が中心になってホストして下さった。私の向かって左が主に世話役をしてくれた原田生起(イブキ)君(田村研大学院生)、右が横浜市大駅まで私を迎えに来てくれた森淳祐君(谷口英樹研大学院生)。 |
この日の午前中、京大のiACTを介して紹介いただいた中国医薬大学の先生方と、同大学から派生したEver Supreme Bio Technologyというベンチャー会社の方々と、共同研究の可能性についての話し合いを行った。中国医薬大学( China Medical University)は台中市にある私立の医科大学。iPS細胞を用いた再生医学の基礎研究や腫瘍免疫の研究も盛んで、すでにMSCを用いた再生医療や樹状細胞を用いたがん免疫細胞療法の臨床試験を進めている。Ever Supremeは中国医薬大学から派生したベンチャー会社。左から増田さん、鈴木忍先生(京大KUMBL)、Shih-Ping Liu 先生(Associated professor in CMU)、Woei-Cheang Shyu 先生(Professor, Deputy general manager in Ever Supreme)、Long-Bin Jeng 先生(Professor CEO in CMU and CMU Hospital (CMUH))、私、Kun-San Chao 先生(Professor Vice-President in CMU)、TJ Liu先生 (Professor Consultant in CMU)、永野君、Dana Lin先生(京大iACT)。 |
ネガティブセレクションは、現在、セカンドアルバムの制作を進めている。メンバーが皆忙しいので中々進まないが、CDに入れる6曲の楽曲部分の録音は終わっている(2019年5月11日の記事参照)。その中に、「好中球挽歌」という曲がある。好中球が骨髄で生まれ、血流中を旅して、病原体に気がついて組織に移行し、死ぬまで食べ続けるというような内容。私が作詞、作曲した曲で、日本語版と英語版の歌詞がある。免疫細胞の移住に関する第一線の研究者である石井優先生(大阪大学)に歌ったいただくことになり、この日、阪急茨木駅の近くのスタジオで練習した。石井先生は歌はとても上手だが、オリジナル曲というのは見本がないので、始めの方は少し苦労された。とはいえ、最後の方は、とてもいい感じになった。11月下旬に本番の録音の予定。石井先生が「Attaching, rolling, tightly adhering the wall of the vein…」という歌詞を歌われると、とても様になる。 |
翌日のお昼頃、東京へ向かう新幹線からの写真。 | |
知人に誘われ、アキラ関係のイベントに参加。江東区の「ティアラこうとう」の大ホールで開催された。 | |
イベントのポスター。芸能山城組による「交響組曲AKIRA」の演奏会、金田役の声優さんを交えたトークショー、アニメ「AKIRA」の上映会という3部構成。大友克洋は、一連のマンガの作品によって、マンガの作法に関して後進に絶大な影響力を及ぼした人だが、「AKIRA」について言えば、アニメ作家としても、凄まじい力量を発揮したといえる。 | |
本編は当時劇場で観たし、その後もビデオやDVDで何度も観ている。しかし、山城組の演奏を聴くのは初めてだ。映画の冒頭で出てくる音楽が鳴り出した時、鳥肌が立った。会場は撮影禁止だったので、この画像は本イベントの広報のページから拝借した。 |
台風19号が日本列島を襲った。関西から関東にかけて、交通機関はほぼ全て運休、イベントも中止。写真は夕方17時頃の台風の位置。この後、関東から東北にかけて厄災をもたらすことになる。 | |
京都もお昼頃は風雨が強かったが、夕方には弱まった。17時頃、雲が異様な色に染まった。 |
表記の会をウイルス再生研で開催した。新着情報欄の8月26日の記事(参照)にあるように、AMEDの先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業に、河本が代表として申請していた課題「超汎用性即納型T細胞製剤の開発」が、「大型・複合型研究開発課題(要素技術の組み合わせなど)」の枠で、採択された。この事業では、免疫学的に拒絶されにくい多能性幹細胞を作製し、T細胞製剤の材料として用いる技術を開発する。直接経費で8600万円/年x5年という大型予算で、7人の分担研究者に協力していただいている。この日、まず私が事業の背景、目的、経緯などを概説した後、各分担研究者がそれぞれ担当する開発研究について、技術背景や計画をプレゼンし、ディスカッションを交わした。写真は滋賀医大の縣保年先生のプレゼン。TCRカセット法の開発をこれまでに共同で進めてきているが、この事業ではさらに発展させる計画だ。 | |
小さな部屋しか取れなかったので、窮屈だったが、大きな部屋にバラバラと座るより、これくらいの方が熱気が感じられて良いとも言える。 | |
荒瀬尚先生(大阪大学)には、再生組織に対する免疫反応を防ぐ技術の開発研究を担当いただく | |
谷内一郎先生(理研IMS)とは新学術領域でご一緒している(2019年9月22日の記事参照)が、この事業では、キラーT細胞以外の系列のT細胞を作る方法の開発を受け持っていただく。 | |
井上正宏先生(京都大学)とは、次世代がん研究でもご一緒している(2019年9月27日の記事参照)が、この事業では次世代がんで共同開発しているPDX法やCTOS法を、応用に向けて展開するという計画。 | |
濱西潤三先生(京都大学)とは、前項の井上先生と共に進めているPDX法やCTOS法を、産科婦人科領域の悪性腫瘍に応用する研究を共同で進める。産科婦人科の教授である万代昌紀先生も分担研究者で加わっていただいている(今回のミーティングには都合がつかずに御欠席)。 | |
総勢23人の参加者全員で記念写真。分担研究者の一人である血液腫瘍内科の北脇年雄先生は、今回は都合がつかずに欠席されたが、北脇研からは実務に関わる大学院生2名とテクニカルスタッフ1名が加わった。 今回の事業は、それぞれが異なる専門領域で先鋭的な仕事をされている、いわばプロフェッショナルな仕事人が一つの目的に向けて集結したという感じだ。うまく連携して、これからの5年間(正確には4年半)で、いい成果を出したいものである。 | |
ミーティング後の会食でも、引き続きディスカッション。台風19号が接近していたため、谷内先生は残念ながら会食は欠席。 | |
会食の後、記念写真。研究費が獲得できた時のキックオフミーティングというには、いいものだ。皆、テンションが高く、とてもいい会だった。今後ともどうかよろしくお願いいたします! |
表記の会がパシフィコ横浜で開催された。パシフィコ横浜をまるまる使った大規模なイベント。いろいろな会社やアカデミア間のパートナリングを促進することを目的としている。 | |
このイベントには国も積極的に参加している。厚生労働省の大きなエリア。 | |
レグセル株式会社は、J-Startup企業の中の1社として認定されている(2018年8月23日の記事参照)関係で、厚生労働省関連のエリアにブースを出していた。社長の半田さん(向かって左)と、社員の三上先生。 | |
2日目(10月10日)の午後に、AMEDのACT-MとACT-MSの成果発表会があった。 | |
私は2017年-2018年度の2年間支援いただいたACT-MS(グループ全体で2000万円/年)での成果について話をした。質疑応答込みで25分の時間が頂けた。写真は、私のプロジェクトの担当だった麻薙峰子さんから送ってもらったもの。 河本の発表内容のリーフレット: |
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ACT-MとACT-MSの、コーディネーターの先生方。 | |
今回の発表者。 |
今年リーグ戦で3位に滑り込んだ阪神が、2位のDeNAと、ファーストステージの3試合を行うことになり、この日は1対1で迎えた最終戦。ネット上の中継をプロジェクターで映して、廣田先生、上堀先生と、観戦した。試合は阪神が2対1で勝利。緊迫した投手戦で、とても見応えがあった。私はあまりよくわかってないのだが、上堀先生が詳しく解説してくれたので、面白かった。試合の直後にコアな阪神ファンである北村先生からは下記のようなさすがなコメントをメールでいただいた。
「7回裏の満塁でそろそろエラーかと、不安しかない状態で見ていたら、案の定、北條エラーで同点に追いつかれ、満塁でドリス出てきて、今度は押し出し、終わり、それでも今シーズンは良いシーズンだった、と諦観していたら、なんと2人を抑え、8回から能見と思ったら藤川を2回とは!」 試合の詳細: |
表記の会が京都リサーチパーク4号館ルーム2で開催された。KRICは「関西再生医療産業コンソーシアム:Kansai Regenerative medicine Industrial Consortium」の事で、経済産業省管轄の近畿経済産業局が進めている事業。今回(第一回)は生物や再生医療の基礎、法規制、AIの基礎を学ぶセミナーとして開催された。私が再生医療の基礎の話を担当し、国立医薬品食品衛生研究所の安田智先生が法規制について、iPS細胞研究所の藤渕航先生がAIと創薬の話をされた。 セミナー案内の頁: | |
藤渕航先生による「AIと幹細胞を用いた創薬・再生組織検査事業への応用例」の話。低分子化合物などの薬剤のスクリーニングを培養系で行うに際して、実際に再生組織を作らなくても、ES細胞を用いて遺伝子発現ネットワークを詳細に解析することによって、発生過程だけでなく分化組織における様々な現象を対象とした薬剤のスクリーニングも可能になるという話(Nucleic Acids Research. 44: 5515, 2016)が聴けて、面白かった。 |
表記の会が東大の伊藤謝恩ホールで開催された。東京には前日入り。前日に、今回の集会長である森尾友宏先生(東京医科歯科大)主宰の食事会があった。銀座の中心エリアにあるギンザシックスというおしゃれなビルの最上階とのこと。学会関連でこういう所に来る機会はあまりないように思う。 | |
この少し前に理事会があり、その後に理事が自費で参加するという趣旨の会であるが、今回私はシンポジウムの招待演者として参加させていただいた(自費参加)。 | |
特別公演の演者の吉村昭彦先生(慶応大、向かって左)、森尾先生(中央)と記念写真。吉村先生とはこの後飲みに行って、「国は若者にもっと気前よく研究費を出すべきだ」というような話(30代後半から40歳前後くらいまでの人に、5000万円x5年〜x10年とか)や、T細胞のシグナルの話、起業についての話などをした。 | |
集合写真。この会は造血器腫瘍免疫療法研究会として、11年前に杉山先生や安川先生が中心に、「少人数で温泉宿に泊まってじっくり話し合う会」として始めた会であるらしいが、見る間に大きくなって、研究会から学会になり、さすがに温泉宿という訳にはいかなくなったとのことだ。 | |
5日の朝、学術集会で、森尾先生の挨拶。森尾先生は話が上手で、「To the next stage」という今回のテーマについての話や、特別講演/シンポジウムの企画などについて、少しの淀みもなく、とうとうと語られた。 | |
小川誠司先生(京大)による特別講演「PD-L1の3'-UTRの異常を介したがんの免疫回避のメカニズム」では、片岡圭亮先生(現国立がん研究センター)が小川研にいた時の研究成果(Kataoka et al, Nature, 534: 402, 2016)について話をされた。小川先生は多くの話題を持っておられるが、今回はこの話に焦点を絞られた。PD-L1遺伝子の3'側(下流側)にはPD-L1の発現を下げる働きをする転写後調節領域があって、がん細胞の中でその領域に欠失や逆位などの変異ができると、そういうがん細胞は免疫による攻撃を回避できて、選択されてクローンとして増大しがんとして発症するという話。この変異は、成人T細胞白血病(HTLV-1ウイルスが原因で起こる白血病)で多く見られるという現象として発見されたが、広く他のがん種でも見られ、その場合も、ほとんどがウイルスが発症に関連したがんだとのことである(Kataoka et al, Leukemia, 33:1687, 2019)。ウイルスによる発がんに対しては「免疫による強力な淘汰圧がかかる」という事、すなわち「免疫監視機構が強く働いている」という事を示している。変異そのものにウイルス感染が関わっている事は滅多にないそうなので、非ウイルス性のがんでもこの変異は同じような頻度で起こるはずだ。非ウイルス性のがんでこの変異が滅多に見られないということは、「非ウイルス性のがんに対する免疫監視機構はウイルス性のがんに比べるととても低い」という事を示しているとも解釈できると思った。 | |
夕方のシンポジウムで話をした。大方はいつもの話であるが、最後の方にTCRカセット法についての話を少しした。 | |
最後に吉村先生による特別講演「核内受容体NR4a によるT 細胞の寛容と疲弊」。がん免疫の学会ということに合わせてT細胞の疲弊に関する話を中心にされたが、Treg分化の話や、最近の成果である脳Tregの話(Ito et al, Nature, 565: 246, 2019)もされた。どの話題もレベルが高く、情報量の多い講演だった。なお今回の参加人数は150人くらいだったとのこと。 | |
情報交換会で、この学会の理事長である谷憲三郎先生(東大医科研)の挨拶。 | |
情報交換会の会場。 | |
ポスター賞の授賞式で、森尾先生が受賞者に副賞の熨斗袋を手渡される時に、「金貨も入っております」とか「スーツの仕立て券も入っております」などとつけくわえられたのが、タイムリーで秀逸だった。写真は岡本圭祐先生(東京医科歯科大小児科)から頂いたもの。 | |
渋谷彰先生、渋谷和子先生と。NK細胞のレセプター/リガンドについてあれこれと教えて頂いた。 | |
情報交換会終了時の集合写真。昨今がん免疫の業界は激しく進歩しているので、目が離せない。がん免疫学会とこの学会は、効率よく現状をアップデートするのに良い。今回は中国でのCAR-T細胞療法についての話(安価+2ヶ月後の同種骨髄移植とセット)等が面白かった。 |
表記の会が国立京都国際会館で開催された。これまでほとんど参加した事がなかったが、今回は京都で開催ということでプログラム委員に加わっていたこともあり、参加した。 | |
評議員と名誉会員と招待演者の懇親会が2日目にホテルグランヴィアで開催された。会の始めに芸妓さんによるパフォーマンス。 | |
今回の集会長、石川冬木先生による挨拶。4700人の参加があったらしい。 | |
会場。評議員/名誉会員/招待演者だけでこれだけの数になる。さすがに大きな学会だと思った。 | |
高月清先生が来られていた。向かって右から、松岡雅雄先生(熊本大)、安永純一郎先生(京大ウイルス再生研講師)、高月先生。 | |
今回は、腫瘍免疫に関連したシンポジウムやワークショップが多かったように思われた。3日目の午前中のシンポジウムもそのうちの一つ。大きな会場で、人の入りもよかった。 | |
シンポジウムのプログラム。私はがん研の清谷一馬先生と共に座長を務めた。 | |
シンポジウムのトリはHans Schreiber先生(シカゴ大学)。ネオアンチゲンを標的としたマウスのモデルの系で、キラーT 細胞の単一のクローンだけではがんを治すのは難しいが、ヘルパーT 細胞の単一のクローンを足すとがんを完全に治す事ができるというような話で、とても面白かった。 | |
シンポジウム終了後、清野研一郎先生(北大)と共に記念写真。 |
2016年度から始まったAMED次世代がんのチーム型の研究費(東大医科研の山田先生が代表)は、3年間で一旦終了となり、2018年末に、審査を受けた上で、更新が決まった。今年度、第1回の班会議を、ウイルス再生研のセミナー室で開催した。 | |
山田先生の挨拶。山田先生は、前半の3年間、とても上手に統括してこられた。これらかの3年間も、よろしくお願いします。 | |
集合写真。4年目になり、チーム内での共同研究もよく育ってきて、チームで研究に取り組むメリットがいい感じで発揮されつつあると思われる。 |
ウイルス再生研の事務の服部さん(係長)が、10月から本部に異動されることになったので、ホテルオークラのピトレスクでミニ送別会を催した。この10年半、再生研→ウイルス研→ウイルス再生研と、この研究所の中を渡り歩いて来られた。この10年には、再生とウイルス研の統合、再生研東館の改修などの大きな出来事があり、大変な時期だった。服部さんは、これらの難事業を強力に支援してくれた。各先生方の部屋に積極的に出向いて話を聞くというのをモットーにされていたという。各教員の性格や、所内の人間関係の機微もよく把握しておられ、いわば研究所の生き字引きであった。事務方には異動はつきものとはいえ、服部さんが抜けられた後の穴は大きいと思われる | |
窓からの景色。この店は料理も素晴らしいが、景色も素晴らしい。この日は大気が澄んでおり、この写真ではわかりにくいが、梅田のビル群や、アベノハルカスも見えた。 |
AMED関連の会議があり、お昼過ぎに東京へ。東京駅からユニフォームを着た大きな外国人がぞろぞろと出てきて、バスに乗り込んで行った。開催中のラグビーW杯の関係者であろう。壮観だった。 |
表記の会が札幌で開催された。朝早くから飛行機で札幌へ。札幌駅で昼食をとる時間があったので、駅のすぐ近くの札幌らーめん共和国へ。 | |
今回は、私と長畑君、増田さんが参加。「そら」という店でみそラーメンを食した。美味しかった。 | |
北大の構内。札幌駅から歩いて10分程度の好立地に、贅沢なレイアウトだ。 | |
構内を南北に貫くメインストリート。 | |
メインストリートに面して、[北大カフェプロジェクト]と称するイベントが催されていた。HPによると「美味しい飲み物と人と人との交流を通して、心温まるカフェスペースを提供する」ということらしい。紙コップにポットから入れてもらい、お代はお客様にお任せというシステム。女子学生が着物でサーブ。企画者は、なかなかよくツボを押さえていると思われる。 | |
会議まで少し時間があったので、テントの周りに設置されたテーブルでコーヒーを頂いていると、河岡君によく似た人がテントの方をチラチラと気にしながら歩いて来て、「北大によく似た人がいるものだ」と思っていたら、本人だった。別の会合に参加するために来ていたとの事。 | |
北大博物館。会場は博物館の建物の中だった。 | |
この領域は、9つの計画班により構成される。最初の領域会議は、顔見せ会でもあり、皆がワクワク感を持って参加していて、楽しい。HPはすでに公開されており(下記)、トップページには私が描いたイラストを使って頂いている(2019年9月8日の記事参照)。 新学術領域「非ゲノム情報複製機構」HP |
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村上洋太先生(北大)の挨拶。今回の会議の世話人をされた。 | |
領域代表者の、中西真先生(東大医科研)の挨拶。 | |
札幌駅の近くのホテルで開催された情報交換会。 | |
計画班員の人達と。向かって左から、丹羽仁史先生(熊本大)、古関春彦先生(理研)、中西先生、油谷浩幸先生(東大先端研)、私。私はこの領域では谷内一郎先生の計画研究の分担研究者として参画している。 | |
二次会。塩見美喜子先生(東大、向かって右端)と佐々木裕之先生(九大生医研、右から2人目)は、総括班員としてご参加頂いた。 | |
二次会、別なテーブル。テンションが高そうだ。 | |
二次会、もう一つのテーブル。 | |
領域会議2日目(23日)は、台風17号が高速で北海道に向かってくるという予報。遅い目の便だと欠航になる怖れがあった。 | |
正午ごろに会議が終わると、とりあえず空港へ。予定していた夕方5時頃の便は飛びそうだということで、安心して遅めの昼食。空港内の店で海鮮丼を食した。 | |
追加で頼んだじゃがバター、かにみそ、ホッケ。日本酒をちびちびとすすりながら北海道の味を楽しんだ。 |
青井貴之先生(神戸大)と共同研究について打ち合わせをした。青井先生はがん幹細胞研究をはじめ色々な研究をされているが、ガンマデルタT細胞をiPS細胞から再生する研究もされている。向かって右は鈴木忍先生(京大KUMBL)。 |
ルカ・サイエンス株式会社は、ミトコンドリア病の治療法の開発を手がけるベンチャー会社。ミトコンドリア病と免疫の関連について、話をうかがった。治療法開発のアプローチが独創的で、とても興味深かった。左から大前トモ子先生(取締役)、私、菅沼正司先生(社長)、山下南海子先生(アドバイザー)、篠原智昭先生(副社長)、鈴木忍先生(京大KUMBL)。 |
昨年買ったジゴニシアというランの花が今年も咲いた。居室の窓辺に置いて水をやっているだけで育ってくれるランはありがたい。 |
毎年この時期に大阪のリーガロイヤルホテルで関西電力病院OB会が開催されている。今年、初参加した。OB会の中心になっておられる先生方は、ちょうど私が同病院で研修医をしていた頃(1987年6月-1989年3月)に病院のコアメンバーだった先生方が多く、懐かしい限りだ。 | |
OB会の中でもシニアの先生方。挨拶をされているのは、永田格先生。甲状腺疾患が専門の先生で、当時内科の主任部長をされており、内科の研修医だった私は、当然だが大変お世話になった。90歳を超えられたそうだが、まだ外来などをされているらしい。向かって左は、丸山泉先生で、当時外科部長だった。OB 会の会長をされている。丸山先生主催のスキーツアーで志賀高原によく連れて行っていただいた。向かって右は、久下義文先生。当時、透析の部長をされていた。研修医の仕事として、週2回、朝早くから透析患者さんの血管を確保して透析機につなぐという作業があった。腕の動脈と静脈をつなげて作られたシャントという太い血管に太い針を刺すという作業で、一人の研修医が担当するのはせいぜい5−6人くらいであるが、簡単そうであるが結構難しいケースもあり、毎回緊張したのを覚えている。30歳くらい上の先生方が元気にされているのをみると、嬉しくなる。 | |
比較的若い人達のテーブル。左から澤見裕康先生(内科)、南求先生(眼科)、私、豊川好男先生(内科)、根住直史先生(内科)、上田眞先生(泌尿器科)。南先生とはよくスキーをご一緒した。豊川先生は、看護師さんや研修医を引き連れてプールとか海水浴とかに行く行楽の会をよく企画されていて、私もよく参加させていただいた。永田先生、根住先生、釜本先生、豊川先生とは、9階病棟同窓会でもお会いしている(2014年11月23日の記事、2012年10月21日の記事参照)。 | |
集合写真。2列目中央が世話人の釜本隆行先生(内科)。 | |
ホテルから研究所だと京阪で帰る方が早いが、あえて関電病院の横を通って福島駅経由で帰った。関電病院のすぐ近くの堂島川にかかる橋から、西側を望む。関電病院時代には私は病院に隣接して堂島川のほとりに建っていた小さな寮に住んでいたので、窓からの景色はこういう感じだった。懐かしい。 |
ウイルス再生研1号館の一階のラウンジで、歓迎会を開催することになった。「歓迎される」人は、7月から加わった大学院生(産科婦人科D1)の河原俊介君、秘書の宮武明子さん、11月から参加予定の加藤雄真君(大阪大学紀ノ岡研)。最近、大型の研究費(AMED先端的バイオ創薬)が採択になった事や、高さんが医科学の修士課程に合格した事など、いい事があったので、お祝いムードを醸すためにワインセラーの中に置いてあった日本酒を開ける事にした。久留米の先生方から送っていただいたもの(2019年6月27日の記事参照)。 | |
大量のカナダ産マツタケ。桝形商店街のアイハート・ゑびす屋と、フレンドフーズで仕入れたとのこと。テンションが上がる。 | |
これは特に大きかった。それで2000円しないとは、さすがカナダ産。 | |
今回は「ちゃんちゃん焼き」「芋煮」「チヂミ」「いももち」とのこと。瀬和さん(写真右から二人目)が指揮を取った。 | |
調理前のちゃんちゃん焼きのシャケ。でかい! | |
調理後のちゃんちゃん焼。キャベツに味が染みて、とても美味しい。 | |
芋煮の仕込み。 | |
1階のラウンジで会をする時には、河本研以外にも普段付き合いの深いラボには声をかけたりする。向かって右から渡邊先生(河本研)、河岡先生、廣田先生、加藤雄真君(大阪大学紀ノ岡研)、廣田先生、小原乃也君(オハラダイヤ、農学部4回生、廣田研)。加藤君は11月から特定研究員として河本研に参加してくれる予定。小原くんは医科学の修士課程に合格し、来年度から廣田研の修士課程1回生となる。 | |
マツタケのバター焼きの調理前。豪華だ。 | |
高さんの挨拶。医科学の修士課程の合格発表は、この日の朝にあった。この1年間、研修生として実験もしたりしながら、こつこつと受験勉強をされてきた。医科学修士課程(定員20人)は、例年大学院としては異例に競争率が高く、今年も1.8倍だった。おめでとうございます! | |
この夏頃から河本研で主に実験をするようになったD1の河原先生(産科婦人科)。このたび採択となったバイオ創薬事業の開発研究の一部を担当してもらう事になる。 | |
前述の加藤君の挨拶。バイオ創薬事業の開発研究の主軸となる部分を担当してもらう事になる。 | |
増田さんが仕込んだチキンの香草焼き。とても美味しい。 | |
ひと通り食べ終わってやれやれという感じのテーブル。 | |
4品目の芋餅を調理中の瀬和さん。左から二人目は廣田グループの竹内さん。 | |
渡邊先生と河岡先生がアカペラで「365日の紙飛行機」を披露。阿蘇シンポのライブの再現となった(2019年7月26日の記事参照)。 | |
集合写真。みんないい表情をしている。 | |
片付けかけた頃に、嘉島君が登場。女子に囲まれて嬉しそうだ。 | |
教授室にて、有志で二次会。向かって左から3人目は、7月から秘書として来ていただいている宮武さん。この日はお祝いごとが多かったのと、連休前ということもあって、全体にテンションが高く、とても楽しかった。 |
教授室からは、四季折々の花が観られる。この季節はサルスベリがきれいだ。桜とかハクモクレンは花期が短いが、サルスベリは夏から秋にかけてずっと咲いている。 |
表記の会がひとまち交流館(河原町五条下ガル)で開催され、講演をさせていただいた。立派な建物だ。 | |
建物の中も吹き抜けになっていて、中々いい感じ。 | |
講演会場は200人くらい入る大きなホール。スイッチ一つで階段状の席が引っ込んで、体育館としても使えるらしい。講演タイトルは「スペシャルな免疫を鍛える」で、1)病原体の種類、2)免疫の仕組み入門、3)新しい話題(アレルギー/がん免疫)、4)免疫力を鍛える、5)体によい事、よくない事、というような話をした。講演時間は2時間。途中で何度も脱線し、ラボ川柳や4コマ漫画を披露したり、「リンパ節一人旅」を聴いてもらったりした。熱心に聴いていただけて、いい会だった。 |
この日、久々に追い立てられるような仕事がなかったので、中西先生から7月頃に頼まれていた表記のイラストの作成に、ようやく取りかかった。この領域は、中西真先生(東大医科研)が代表で、今年度採択となった(2019年7月1日の記事参照)。「DNA(ゲノム情報)が複製された後、DNAのメチレーションやヒストンの修飾などといった非ゲノム情報が、どうやって複製されるか」という、生物にとってとても重要な事であるにもかかわらず、ほとんど未解明なまま残っている課題に正面から取り組む領域。 | |
複製フォークのイメージを描くことにして、最初はパウル・クレー、あるいはワシリー・カンディンスキーのような、コンポジションっぽいイラストにしようとした。 | |
そのうち、3D感を出したグリグリした絵にしようと方針を変え、鉛筆で下書きし、油性ペンでペン入れ。 | |
消しゴムで鉛筆の線を消してからスキャナーでPCに取り込み、フォトショップで着色。今回のイラストは科学的にきちんと描いたものではなく、「イメージ画」になっている。 | |
よく見ると領域代表らしき人が、非ゲノム情報が複製されていく様子を観察している。 |
この日の午前中、レグセルの定時株主総会が開催された。無事に終わり、会の後、関係者で会食。 |
表記の会が芝蘭会館別館2階研修室で開催された。最初の話題はJ.B. Brown先生(国際化推進センター講師)がAIを用いた創薬についての話をされた。続いて私は「iPS細胞技術を用いた抗原特異的T細胞の再生」というタイトルでいつもの話をした。色々な会社の人が来られていて、いい会だった。 |
表記の会が横浜の崎陽軒本店で開催された。東海大学医学部、北里大医学部、聖マリアンナ医大、横浜市立大医学部の4大学の血液内科で構成される講演会で、今回はその第一回。記念すべき第一回の最初の演者として、基礎系の話として「がん免疫療法の現状と課題ーiPS細胞技術を用いた即納型T細胞製剤の開発ー」というタイトルで話をさせていただいた。 | |
2人目の演者は寺倉精太郎先生(名古屋大血液腫瘍内科助教)。寺倉先生はCART療法に関する基礎的な開発研究もされているが、今回は臨床系の話ということで、BiTE(Bispecific T Cell Engagers)抗体blinatumomabの実際の臨床の現場でのB-ALLに対する使い方についての話をされた。 | |
情報交換会にて。今回は、幸谷愛先生(東海大血液腫瘍内科教授、向かって右端)に呼んでいただいた。向かって左から中島秀明先生(横浜市大血液リウマチ感染症内科教授)、新井文子先生(聖マリアンナ医大血液腫瘍内科教授)、豊崎誠子先生(東海大血液腫瘍内科助教)。今回は多くの血液内科の先生方と話ができて、とてもいい機会だった。 | |
翌日の朝、あまりきれいな写真でないが、新幹線の車窓から。富士山に「笠雲」がかかっており、風下に「つるし雲」が見られた。 |
朝霧成挙先生(向かって右から4人目、現在ウイルス再生研特定准教授)が山口大学の医学部の薬理の教授に就任されることが決まり、この日はそのお祝い会のような感じになった。 |
表記の会が神戸の「しあわせの村」の研修館で開催された。難病をもつ患者さん、その家族、支援者が、政府に対策を要請する活動などを行う団体。 | |
しあわせの村は神戸の北西の丘陵地帯の中にある総合リゾートエリア。 | |
しあわせの村のマップ。 | |
本館、研修館のあたりのアップ。 | |
西川先生は、「参加型創薬〜みんなでお薬をつくろう〜」というタイトルで、前半は「ゲノムとは何か」という話をされた。ゲノムの情報は子供がいれば子供の中に残せるが、それでは一世代ごとに半分ずつに薄まっていく、一方、全ゲノム解析をしたデータを記録しておくと、個人としての全情報を歴史の中に残すことができる、というような話。後半は、患者さんの医療データをブロックチェーンとして活用することで、創薬に参加できる、つまり医療の発展に貢献できるというような話(だったと思う)。前半も後半も新しい概念を学べるいい話だったが、後半はちょっと難しかったように思った。 | |
私は、「がんの免疫治療」というタイトルで、免疫の基本的な仕組みの解説、再生医療とがん免疫療法の現状と問題点、自分の研究の話(再生T細胞を用いたがん免疫療法の開発)などをした。いつものように何度も脱線し、途中で「リンパ節ひとり旅」のビデオを観ていただいたりもした。 | |
今回は、懇親会で演奏することになった。少し前に阿蘇シンポで演奏した時はとてもしっかりしたPAでエンジニアの人もいたが、今回は予算の関係もあって、私が家に持っているPAセット、エレドラ、ギターアンプ、ベースアンプなどを車に詰め込んで運び込み、自分たちで設営した。16時ごろに講演会が終わってから、懇親会が始まる18時までの間に、1時間くらいリハーサルをした。 | |
懇親会。 | |
バンド関係者のテーブル。左側は石戸先生、大久保君、河岡先生で、右側は、今回1曲歌って頂くことになった青木智子先生(近大消化器内科)と、そのお子様達。青木先生には、Negative Selectionのセカンドアルバム(制作中)の中で、一曲歌って頂いている(2019年5月11日の記事参照)。 | |
オーガナイザーと演者のテーブル。西川里美先生(向かって右端)も来られていた。右から2人目は森田拓也さんで、西川先生が運営しているNPO法人AASJの監事をされているが、Quaser(クェーサー)というプログレッシブロックバンドのリーダーでもある(2018年11月21日の記事参照)。今回、森田さんが演奏会の機会を作って下さった。 | |
懇親会の間のアトラクションとして、Negative Selectionの演奏会。曲目は阿蘇シンポと同じ(2019年7月26日の記事参照)で、最初は「リンゴ追分」。歌は阿蘇シンポの時と同じ河岡先生。阿蘇シンポでは北村先生がドラムス、大久保君がベースだったが、今回は大久保君がドラムス、石戸先生がベース。キーボードは森田さんに弾いて頂いた。森田さんは、イントロで和風かつプログレ風味のキーボードソロを弾かれた。 | |
続いて、「リンパ節一人旅」を演奏。この曲が今回の目玉。森田さんによるELP風のオリジナルイントロで始まった。河岡君は、阿蘇シンポでは動きが少なかったが、今回は歌い方が随分と様になってきている。 | |
私はライブでは普段は理研に置いているフェンダーのストラトキャスターを使っているが、今回は家に置いているギブソンのSGを使った。 | |
3曲目は、「365日の紙飛行機」。この曲では森田さんがドラムス、大久保君がキーボード。歌は、青木先生とお嬢さんのデュエット。お嬢さんもとても上手で、この母娘デュエットは、聴衆にはとてもうけていた。 | |
出演者で記念写真。 | |
西川先生と記念写真。 | |
懇親会終了後、部屋で引き続き歌の会。ギターが弾ける人や歌の上手な人が沢山いて、楽しかった。 | |
その日は本館に泊まって、翌朝帰京。写真は泊まった部屋からの、朝の景色。 |
表記の会が高知で開催された。高知行きは5年ぶり(2014年3月18日の記事参照)。京都からは飛行機で行くという手もあるが、電車で行くことにした。岡山まで新幹線、岡山からは特急南風(なんぷう)。列車は吉野川の上流の谷に沿って走り、車窓から渓谷美が楽しめる。写真は大歩危と呼ばれるあたり。 | |
会場は高知市文化プラザ「かるぽーと」という建物。中々立派な建物だ。 | |
初日は夕刻に国際シンポジウム、そのあとに会場から少し離れたホテルで意見交換会。片山研の人達(2019年6月12日の記事参照)、小松先生(宇高研、右から3人目)と記念写真。 | |
近くの郷土料理屋さんで二次会。 鯨料理をはじめとして、この地方特有のメニューが多く、とても美味しかった。この店は、しかし、9時がラストオーダー、10時閉店で、酒処にしてはちょっと店じまいが早すぎると思った。調べてみたらこの界隈の他の店も同じような感じで、高知ではこれが普通なのかもしれない。 | |
鯨料理の解説。 | |
2日目、若手研究奨励賞の部門で嘉島君が発表。 | |
キーノートレクチャーは坂口先生。私が座長をした。今回の会全体のテーマは「腫瘍という場」ということで、がんをとりまく環境側の因子に焦点が当てられている。がんは免疫抑制的な環境を自分の周囲に作り出す(そういう環境を作れるようながんが残る)。制御性T細胞はそういうがんの味方をする環境側の因子の中の代表格だ。 | |
2日目の懇親会。毎年参加人数が増えているように思われる。 | |
今回の大会長の宇高恵子先生(高知大)。今回の大会の運営の黒話と色々な人にお世話になった話、会期中に雨が降らないようにとてるてる坊主を沢山作った話などをされた。相変わらずお茶目だ。 | |
嘉島君(京大泌尿器科特定助教)は、最近あるがんモデルマウスに注目していて、そのペプチド解析を札幌医大の金関貴幸先生に依頼してデータをいただいていた。2人で金関先生に挨拶。 | |
吉村先生(慶応大)、門脇先生(香川大)と。 | |
宇高先生、小松先生と河本研から参加したメンバー全員とで記念写真。 | |
二次会。前日とは違う店であるが、やはり郷土料理の店に行った。 | |
3日目、永野君の発表。 | |
ホームセンターのコーナンが高知駅に隣接している。あまり見かけない光景だが、中々便利そうだ。 | |
帰りの特急南風の車内でくつろぐ永野君と河野さん。がん免疫学会は、業界の事情をアップデートするのに良い。 |
佐藤あやの先生(岡山大学准教授)は、私が桂研に参加した頃(1994年頃)、御茶ノ水大の大学院生で、抗体を作る実験などをしに桂研にしばらく来られていた。留学後はオルガネラ間の物質の輸送についての研究をされているが、最近少し免疫に関係するテーマの研究を始めたとのことで、相談にこられた。1年前の会(2018年7月2日の記事参照)では大人数の会だったのであまり話ができなかったが、この日はゆっくりと話ができてよかった。 |
マイコースで研修に来ていた医学部4年生の樋口北斗君が、ひと通り習い終わったとのことで、挨拶にと来室。まもなくコロンビア大学の山田和彦先生の研究室に行って、10月半ばくらいまで研修するそうだ。 |
1日に免疫サマースクールから帰京し、2日には午後から横浜へ。理研IMSで打ち上げライブに向けての練習をした。向かって左端から、今回ベースを担当して頂くことになった清野研一郎先生(北大遺制研)、実行委員長の横須賀忠先生(東京医大)、鈴木春巳先生(国際医療センター)、大久保氏、北村先生。 | |
3日の午後、未来館のセッティングに、少し顔を出す。本庶先生がノーベル賞を受賞されたことを受け、今回、「日本の免疫学の歴史」のパネルに新しいパネルを1枚作成して追加した。本庶先生の画像は京大の広報を通して提供頂いた。いい仕上がりだ。 | |
セッティングの後、2日の練習に来られなかった他の歌い手の先生方と夕食をとり、その後、カラオケで練習。夕食は新橋にある、石渡先生お薦めの島根/鳥取料理の店。鯖のシャブシャブがとても美味しかった。 | |
4日当日。未来館の入り口あたりでビラ配りをしている協力員の人達、その1。 | |
未来館の入り口あたりでビラ配りをしている協力員の人達、その2。暑い中、ビラ配りをされている協力員の皆様、お疲れ様です。最近は来訪者の半分くらいは免疫ふしぎ未来展を予め知った上で来られるが、当日にビラを見て来て頂くということも免疫学の裾野を広げるためには重要だ。ビラ配りも協力員がローテーションで担当しており、1時間くらいで交代にはなる。 | |
今年も色々な展示が並んだ。河本研が提供する、iPS細胞や、iPS細胞から誘導した拍動する心筋細胞の現物などを展示するコーナー。特に拍動する心筋はウケる。 | |
今回は、河本研からは、増田さんの他に、小林さんと永野君が参加。3人ともほぼ1日中、熱心に解説していた | |
今回も、やや規模は縮小されたが、血液細胞の塗抹標本の染色-観察-写真撮影-印刷のコーナーが設けられた。このコーナーはいつも大人気だ。 | |
DNA抽出実験のコーナー | |
抗体を模した磁石ダーツで遊べるコーナー。右側は、後飯塚先生。この病原体のキャラは何年か前から登場している。誰がデザインしたのか忘れてしまったが、秀逸なデザインだ。 | |
すごく免疫学をしっかり勉強している高校生がいて、分厚いレポートを2冊書いておられて、感心した。こういう人には、免疫学に興味を持ち続けて頂いて、将来、是非免疫学の関わる仕事についてもらいたいものだ。 | |
昨年の免疫サマースクールに参加していた石見(いわみ)優佳さん(向かって左端、福井大医学部4回生)と今野なつみさん(中央、関西学院大学生命医化学科4回生)が、協力員として参加されていた。石見さんはサマースクールでは髪の一部を緑色に染められていたのが印象的であった(2018年8月20日の記事参照)。今回もしっかりと毛染めはされていたが、そう奇抜な色ではなかった。今野さんは少し前に河本研を訪ねてくれた事もある(2019年3月25日の記事参照)。 | |
ショートトークは相変わらず盛況。今年は、がん免疫の話が聴けた。写真の時の講師は、河上裕先生(慶応大)。 | |
今年も寄生虫の現物展示が健在 | |
触ってみることができるというのが、素晴らしい。死んでいるとはいえ、触るのにはちょっと勇気がいる。 | |
今年は、放射線の軌跡を見ることができる「霧箱」が久しぶりに再登場。放射線の粒子のような極微細のものが及ぼす影響が肉眼ではっきり見えるというのは、スケール感として、不思議だ。 | |
抗原抗体反応を羊の赤血球の凝集反応として見てもらうコーナーも健在。 | |
新コーナーとして、MSD社が、薬の体内動態をタブレット画面中のCGで見てもらうという展示があった。タブレットを特定のTシャツに向けると内臓が体に重なって映し出される、という仕掛けが面白い。 | |
少し前に紹介した(2019年5月29日の記事参照)、東大医学部の学生さん達が作成した免疫細胞ボードゲーム。コーナーを設けて、一般参加者にも楽しんで頂いた。 | |
プレイしてみた東大免疫研の某スタッフによると、ゲームとしてすごくよくできていて、とても面白いとのこと。作者達は、商品化を目指しているそうだ。 | |
参加者による集合写真。 | |
銀座タクトで催された打ち上げで、実行委員長の横須賀先生の挨拶。来訪者数は2400人以上で、大盛況だった。 | |
恒例のライブ。前述のように、今回は清野先生にベースを担当して頂いた。トップバッターは、田原聡子先生(筑波大)で、ZARDの「負けないで」。 | |
続いて、田中ゆり子先生(東邦大)が、中森明菜の「デザイア」を熱唱。 | |
鈴木春巳先生は、Boowyの「Only you」を“感情を込めて”歌いあげた。 | |
鈴木先生は、今回も「佇まい」が素晴らしい。 | |
横須賀先生は、奥田民生の「イージューライダー」。30才台のバイク乗りの歌のようだが、中高年になっても遊び心を持ち続けようというような内容で、心にしみる名曲だ。 | |
続いて、清野先生によるツイストの「あんたのバラード」。この曲は2010年に清野先生が北大の教授に就任された時の祝賀会で一緒に演奏したことがあった(2010年4月3日の記事参照)。今回も、ベースを弾きながら、見事な歌唱だった。 | |
久保先生の定番になりつつある、クレイジーケンバンドの「タイガー&ドラゴン」。「おれの話をきけ!」とシャウトしている。 | |
予定調和的アンコールの曲は、「リンパ節一人旅」。鈴木先生に歌って頂いた。 | |
「リンパ節一人旅」の間奏では、後飯塚先生が登場!昨年10月に放映された「ガッテン!」でのパフォーマンスの再現となった(2018年10月31日の記事参照)。 | |
今回は、鈴木絵真さん(鈴木先生のお嬢様、現在東大高柳研の修士2回生)が、協力員の人達を沢山引き連れてきてくれたおかげで、とても賑やかなライブになった。お父上に似て、とてもパワフルだ。今後ともよろしくお願いします! | |
若い人達と記念写真。 | |
ややシニアな人達と記念写真。 これで7月20日ごろに始まったゴルフ合宿→阿蘇シンポ→免疫サマースクール→免疫ふしぎ未来という一連のイベントロードが大過なく終了し、ちょっと一段落して「やれやれ」という感じ。とはいえ、この次の日もまだ大きな一仕事が残っており、気は抜けない。 |
表記の会が今治で開催された。左にある地図のように、今治は広島県と愛媛県をつなぐ「しまなみ海道」のすぐ近くであるが、電車で行く場合は瀬戸大橋を渡るしかない。岡山で新幹線から特急「しおかぜ」に乗り換え。 | |
写真は瀬戸大橋を渡る途中で、進行方向左側(東側)。 | |
会場は今治市内にある今治国際ホテル。写真を取り損ねたので、画像はネットから拝借した。サマースクールは、これまでは郊外のリゾートホテルタイプの施設で開催されることが多かったので、最初はどうかなと思ったが、会期中は遠足の時以外はずっとホテルの中に居るので、特に問題はなかった。 | |
講義が行われた会場。 | |
今回のプログラム。私は初日のイントロダクトリーコースの最初の講師を務めた。 | |
いつもながら、豪華な講師陣だ。 | |
初日のウエルカムパーティー。 | |
今回のオーガナイザー代表の山下政克先生(愛媛大学医学部)の挨拶。山下先生の写真は、このピンボケの写真しかなかったのでこれを出しているが、後でいい写真が入手できたら張り替えようと思う。さて、サマースクールは教育推進委員会の委員が順番に代表として世話をする事になっている。教育推進委員になったら、2年くらいオーガナイザーの一人としてサマースクールに参加して見習い、3年目あたりに代表として世話役を務め、その後も3年間はオーガナイザーとして参加するというのが習わしになっている。私の場合はチームリーダーとして横浜理研免疫センターに引っ越した頃(2004年、43才)に教育推進委員になり、2006年にサマースクールの代表世話人を務めた。教育推進委員は概ね若手のPIで構成されるが、山下先生はその中ではややシニアで、しかも現在は愛媛大学医学部の医学部長をされている。超多忙である医学部長がサマースクールの世話役をするというのは、前代未聞だと思われる。お疲れ様でした! | |
愛媛の地酒コーナー。 | |
左端の3銘柄は、今年の全国新酒鑑評会で金賞をとったとのこと。一番左端は字が隠れて読めないが、「山丹正宗」という銘柄。この3銘柄は、確かにどれも美味しかった。 | |
酒好きの私としては、こういう企画は大歓迎だ。会の間、ずっとこのコーナーの近辺に張り付いていた。 | |
高津先生の挨拶。「人事を尽くして天命を待つなどとよくいうが、皆さんがここにこうして集まっているのは天命です、それに合わせて人事を尽くしてください」というような、とてもいい話だった。 | |
9時ごろから11時ごろまではフリーディスカッションタイム。スクール生同士、あるいはスクール生と講師が交流するための大事な機会だ。 | |
2日目はまる一日レギュラーコースの講義が続き、その後ポスターセッション。全ポスター発表者は、各々1分半くらいの持ち時間で、順に全員がプレゼンし、その後討論タイム。 | |
2日目は着席で夕食。 | |
免疫学会理事長である清野先生の挨拶。若い人に免疫学の面白さをappealするとともに若い人をencourageする、いい話だった。 | |
その後、「免疫学者を囲む夕べ」というイベント。このところ恒例行事になっている。各テーブルに講師が一人座り、スクール生からの質問に答えるのをベースにして議論を交わす。この時は講師がほとんど揃っていた(18人)。1テーブル30分で、30分経つともう一つのテーブルに講師が移る。写真は私の2つ目のテーブル。 | |
三日目、午前中の講義が終わった後、遠足で「タオル美術館」へ。バスで15分くらいで到着。到着後、集合写真を撮った。いい写真だ。 | |
昼食は中華料理。 | |
タオル美術館は、有料の展示コーナーの他、販売コーナーが沢山あり、お土産を買うのに良い。 | |
写真のタグは、今治ブランド認定タグで、これがついたものは高級品ということらしく、中々のお値段(普通の大きさのタオルで2000円台とか)だった。 | |
フェアウエルパーティーで、次回の世話人、河合太郎先生(奈良先端科学技術大学)の挨拶。来年は奈良で開催されるとのこと。 | |
フェアウエルパーティでのアトラクションは「野球拳」。松山が発祥の地であるらしい。一部では負けたほうが服を脱いでいくという様式で使われたりしているが、本来はそういうものではないらしく、今回も勝った人が景品をgetするというだけのルール。野球拳のMCを専門でされていると思われる一家が登場し、歌の部分では踊ったりしながら、参加者全員対MC側の勝ち残り戦や、10人対10人のチーム戦が行われた。 | |
10人対10人のチーム戦では、私は片方のチームの大将として参戦。相手チームの大将は山下先生。大将戦の前の9人では7対2で相手チームが勝っており、一升瓶の日本酒をかけた大将戦でも、1回あいこの後、撃沈。総合成績8対2で完敗だった。ただのじゃんけんゲームであるが、MCが上手だったからか、とても盛り上がった。 | |
フェアウエルパーティーの後、フリーディスカッションがあり、その後、有志で部屋飲み。笹月先生が参加して下さり、遅くまで楽しく話ができた。 |
表記の会が阿蘇で開催された。主催は化血研(化学及血清療法研究会)。オーガナイザーは渡邊武先生、西村泰治先生、満屋裕明先生。 | |
会場となった阿蘇リゾートグランヴィリオホテル。写真を撮り損ねたので画像はネットから拝借。 | |
大久保君と共に前日入り。夕食はビュッフェ形式だったが、郷土料理を含めて種類が多くて、とてもよかった。 | |
会が始まった。参加者は160人を超えたとのこと。 | |
クマモンと記念写真。 | |
懇親会。半数以上が、熊本大学や九州大学などの大学生/大学院生とのことで、若い人が多い。 | |
化血研の岡悦郎さんの挨拶。阿蘇シンポのマネージメントをずっとしてこられたらしい。今回も、演奏会の準備などで、大変お世話になった。 | |
オーガナイザーの一人、渡邊先生の挨拶。3年間休止していた経緯について、化血研のregulation上の問題や熊本地震の話などをされた。 | |
オーガナイザーの一人、満屋先生の挨拶。阿蘇シンポはこれからもずっと続ける(100年!?)という話を力強くされた。 | |
料理は馬刺しを含め様々な郷土料理がずらっと並び、とてもよかった。 | |
アトラクションとして、Negative Selectionによるライブパフォーマンス。河岡先生が、まず「りんご追分」。この曲は美空ひばりの同曲をロックバージョンに編曲したもので、国際免疫学会(ICI2010)での屋外ライブ(2010年8月26日記事参照)で演奏して以来、久々の演奏。続いて、「リンパ節一人旅」を演奏。河岡先生は合唱部で歌ってきただけあって、しっかりと歌ってくれた。 | |
引き続いて、渡邊先生による「365日の紙飛行機」。いい選曲だ。結構歌うのが難しい曲で、河岡先生がそっとフォローしてくれている。曲がいいという事もあり、大ウケだった。 | |
真打ち、満屋先生の登場。まず「Have you ever seen the rain?」。CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)が1970年発表した名曲。名曲を、本家にそっくりの、ハスキーな声で歌われた。「晴れた日に光りながら降り注ぐ雨を見たことがあるかい?」というような歌詞だが、ベトナム戦争で使われたナパーム弾の隠喩という解釈もあるらしい | |
続いて、ポール・アンカの「You are my destiny」を熱唱された。「You are…」の部分で、会場におられる女性の方々を次々と指差しながら歌われるパフォーマンスが、素晴らしかった。1957年発表の曲。私はベースを弾いた。この年代の音楽は始めて演奏したが、何だかとても気持ちがよかった。 | |
今回は「リンパ節一人旅」と「365日の紙飛行機」では歌詞をスクリーンに映した。滋賀医大の大学院生の浅野さんが映写役をしてくれた。 | |
演奏には所々ミスはあったが、ライブ自体はとても盛り上がり、手前味噌であるが、大成功だったと思う。関係者で記念写真。 | |
向かって左端は最近河本研に勉強しにくるようになった土井ゆかりさん(京大医学部3回生)で、中央は熊本大学薬学部の照崎真帆さん。 | |
満屋先生と記念写真。向かって左から浅野さん、満屋先生、小林さん、土井さん。 | |
バーで二次会。 | |
満屋先生の部屋で三次会。満屋先生の話はとても面白い。 | |
河岡先生、満屋先生と共にボーカリスト2人の記念写真。ブルース・ブラザーズ? | |
河岡先生、東大医科研の河岡先生とで、ダブル河岡の記念写真。 | |
27日は朝から晴天。ホテルの部屋からの景色 | |
外輪山のあちこちに崖崩れが見られる。熊本地震によるものであろう。 | |
会の終了後、帰りの飛行機/電車までの間の時間に、有志8人でレンタカーを2台借りてドライブ。阿蘇の内輪山である中岳を登る。 | |
草千里で記念写真。 | |
現在は噴火警戒レベル2で、中岳火口から1km以内は立ち入り禁止。ロープウエイ乗り場のあたりまでしか行けなかった。全員で記念写真。 | |
中岳の第一火口からは噴煙が上がっている。 | |
ズームアップした写真。噴火の煙というより噴気の水蒸気という感じではあるが、大きな雲の柱が火口からモクモクと湧き上がる様は素晴らしく、火山好きの私としては一人で感動していた。 | |
外輪山の大観峰に移行。東側を望む。雄大なカルデラ地形がよくわかる。 | |
東側をバックに記念写真。 | |
南側をバックに。 | |
西側を望むと、外輪山の崖が連なる地形が見られる。 | |
パラグライダーを楽しむ人達。上昇気流があるようで、出発点よりも高く舞い上がっていて、楽しそうだ。 | |
空港組と別れて熊本駅へ向かい、レンタカーを返してから新幹線に。楽しかった! |
ウイルス再生研の藤田研出身の加藤博己先生は、2018年4月からボン大学でPIとして研究室を立ち上げられた。加藤先生の一時帰国に際しての、上堀先生、岡部泰賢先生(ウイルス再生研特定准教授)との会食に、私も参加。 | |
引き続き、私の教授室で二次会。人生の苦労話になり、石田ゆり子の「女房酔わせてどうするつもり」というニッカのCMのような結婚がしたかったねえ、という話で意見が一致し、Youtubeの映像を皆で鑑賞した。それにしても、このCM(1990年放送)は名作だと思う。 |
この日の午後、「統計的検定の落とし穴」という講習会が行われた。2018年1月に発覚した山水康平先生(当時CiRA特定助教)の論文不正は、京大初の論文不正事件となり、件の論文は撤回となって本人は同3月に懲戒解雇処分になった。その後も山水先生が関わった論文については調査が進められ、不正とまでは言えないが統計的な解釈に問題あり、というケースがあったという。そこで、今回の講習会の開催となった。 | |
講師は京大病院臨床研究総合センター生物統計室長の魚住龍史講師。わかりやすくていい話だったが、臨床研究の例の話が主体だったので、もう少し基礎研究でのデータの検定法(試薬Aと試薬Bの細胞増殖への効果の差をtriplicatesでとったデータで有意差を論じてもいいかとか)について話をしていただいた方が、より直接的に有益だったように思った。 |
ウイルス再生研には 教授は総勢20人ほどいるが、その中で若手の教授で構成される研究所の将来問題等を話し合うワーキンググループがあり、定例meetingの後の飲み会にはシニアの教授を一人ずつ招いて話を聞いたりしているそうだ。この日は私が招かれて参加。統合に至るまでに経緯や、今後の研究所運営で気をつけておかないといけない事などについて、私見を語らせて頂いた。 |
藤田医科大学の三浦康生先生(輸血細胞治療科教授)とは共同研究の話を進めており、この日は午前中に三浦先生のラボを訪れた。 | |
研究室は稼働し始めているとのこと。向かって左は講師の藤井紀恵先生。 |
阿蘇シンポジウムで、Negative Selectionの演奏をバックに、満屋裕明先生が2曲歌われることになり、高輪のスタジオで練習。満屋先生は、エイズの治療薬の開発というノーベル賞級の業績がある先生。初めてご一緒させていただいたが、とても気さくな先生で、楽しく練習できた。昔バンドで歌っていたことがあるとのことで、ハスキーなブルース/ロック向きの歌声で、さすがにとても上手く、一緒にプレイをして気持ちがよかった。 | |
練習後、会食。満屋先生からは、面白い話を沢山きかせていただいた。 |
北村先生、中西先生、岩間先生とゴルフ合宿。22日月曜日は休暇をとった。21日は雨が降りそうな中、富岡市郊外でラウンド。ラウンド後、軽井沢に移動し、夕食。軽井沢高原に宿泊。 | |
2日目は軽井沢でラウンド。前日よりは涼しかった。予報では高い降水確率だったが、2日とも雨に合わずにすんだ。今回の参加者は新学術領域「非ゲノム情報複製」に関わるメンバーでもあり、今年は領域が採択されたこともあって、気分良くまわれた。 |
表記の会が京大の時計台ホールで開催された。左は、フライヤー。 | |
400人くらいが参加され、盛況だった。私は司会役を務めた。 | |
一人目の演者は、若手教授を代表して遊佐宏介先生。遊佐先生は遺伝子工学的な技術を駆使して色々な技術を開発して来られ、最近ではゲノム編集技術を用いた遺伝子のスクリーニング法を開発された。講演は、ゲノム編集の原理や応用についての、わかりやすい話だった。 | |
二人目の演者は、シニアの教授を代表して藤田尚志先生。藤田先生は自然免疫系の病原体センサーの中の代表的な分子の一つRIG-I(リグアイ)を同定され、自然免疫系の研究を世界的に牽引されてきた大御所。いろいろなウイルス感染症の紹介に続いて、ウイルスに対する自然免疫系と獲得免疫系の反応についてわかりやすく解説された。お二人とも、質疑応答に10分以上の時間を残して頂いたが、フロアからの質問は10分では収まらないほど相次いだ。 |
湊研にいた頃、湊研の大学院生だった加藤悠君が、京大に来た折に河本研を訪問してくれた。現在エーザイでトランスレーショナル(臨床との橋渡し)関係の業務やバイオマーカー探索関連の仕事をしているという。元気そうで何よりだ。 |
河本研では論文が受理された時に、コレスポンディングオーサー(責任著者)が著者全員を招いて(つまり「おごり」で)、感謝の気持ちを込めた慰労食事会を催すという習慣がある。その際の料理の値段であるが、雑誌のインパクトファクターx1000円(お酒込み)を相場としている。例えばインパクトファクター5点の雑誌だったら5000円とかになるので、通常の飲み会程度、ということになる。20点台の雑誌に通ると、結構大変だ。最近は著者数が増えているので、10人以上になるとインパクトファクターx1000円x10人を負担総額の上限としてその範囲で予算を組むという話も出ている。さて今回は、河岡先生が責任著者である論文が紆余曲折の末に5月にNature Communicationsに受理され、6月にpublishされた(10: 2603, 2019)。アポトーシス誘導因子Bimのエンハンサーの中で、胸腺での「負の選択」の時にだけ働く領域を同定したという研究。この論文は増田さんが3年くらい前からかなり頑張って協力してきた。今回、共著者の長畑君や廣田先生も交えての慰労会ということになった。Nature CommunicationsのIFは11.880(2018年)。河岡先生はまだ若いPI(特定准教授)なのでIFx1000円に0.5という係数をかけていいことにした。 |
樋口隆弘先生(岡山大学RECTOR分子イメージングプロジェクト教授)が申請されていたAMEDの次世代がん研究の課題が採択された。河本研、京大泌尿器科、秋田大泌尿器科が分担研究として加わっている。関係者で打ち合わせ。向かって右から嘉島相輝先生(京大泌尿器科特的病院助教)、能勢直子先生(岡山大研究員)、樋口先生、私、河野さん。なお、今回の課題の申請書の作成には、嘉島先生が大活躍してくれた。嘉島先生、ありがとうございました! |
表記の会が新宿のヒルトン東京で開催された。「免疫学の基礎と最前線ー自己免疫疾患とがん免疫についての考察ー」という題名で1時間弱の講義をさせて頂いた。熱心に聴いて頂けて、いい会だった。 | |
情報交換会で記念写真。向かって左から田巻弘道先生(聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長)、岡田正人先生(同センター長)、私、陶山恭博先生(JR東京総合病院リウマチ膠原病科医長)、関連病院の看護師の方々。 |
この日は昼食会の後、研究に関してかなりストレスを受ける出来事があり、たまたまの誘いに乗ってヤケ酒目的で近所の居酒屋で立ち飲み。向かって右から、廣田先生、尾松芳樹先生(大阪大学長澤研助教)、増田さん。一人で隅っこで静かにヤケ酒というつもりが、廣田先生や増田さんに絡んだり、尾松先生と「銃夢」や「攻殻機動隊」の話で盛り上がったりもした。尾松先生はかなりのオタクと思われた。 |
Dan Geraghty(Fred Hatch Cancer Research Center )が来日されたとの事で、佐治先生が昼食会を催され、私も参加させて頂いた。向かって左から2人目はHLA-Gの研究者である石谷昭子先生(奈良県立医科大学講師)。HLA-FやHLA-Gの話に花を咲かせた |
中西真先生(東大医科研)が代表を務める新学術領域「非ゲノム情報複製」が採択された。早速、HP作成に向けての打ち合わせを行った。打ち合わせの後、渋谷で会食。渋谷駅の南西側の線路沿いは激しく再開発が進められていた。 | |
昨年9月にガッテンの中の1シーンで、Negative Selectionが街中のスタジオで練習というシーンを収録したスタジオはここにあった。この一帯が跡形も無く消え去っており、中々激しい再開発だ。 | |
HPの方向性は決まったが、具体的なデザインはこれから。左から中西先生、北村先生、私、progressの大久保さん。今回は、私は計画班員である谷内一郎先生の分担研究者として参加している。北村先生が代表をしていた新学術領域「細胞運命制御」が終わってから、4浪した後の採択となった。代表の中西先生、お疲れ様でした!これから5年間、よろしくお願いいたします! |
表記の会が久留米大学病院の中のセミナー室で開催された。肝臓がんは免疫療法が効きにくいようである。セミナーの中で、シンガポールのグループが進めている、ウイルス抗原を標的にした肝臓がんに対するTCR遺伝子導入療法(Gasroenterology,156:1862, 2019)についても少し話をした。 | |
2年前の免疫サマースクールのスクール生で、スクール後にNegative Selectionの「HappyDeepee」を観た感想を送ってくれた氷室秀和先生(久留米大学放射線医学講座助教)が、セミナーを聴きに来てくれていた。氷室先生は若いにも拘らず、昭和のアングラ文化に通じる感性を持っている。Negative Selectionは、音楽性の基本はBritish Progressive Rockだと思っているが、HappyDeepeeやリンパ節一人旅のPVには、昭和アングラのテイストも入っている。このテイストは、後飯塚先生が主に醸し出しているが、私や、映像制作の監督であった大久保君の個人的な趣味でもある。 「HappyDeepee」のPV: 「リンパ節一人旅」のPV: |
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会食。色々な話が出て、楽しかった。また、お酒もとても美味しかった。向かって右から、岩本英希先生(久留米大学医学部消化器内科助教)、中野聖士先生(同助教)、鳥村拓司先生(同主任教授)、川口巧先生(同講師)、古賀浩徳先生(同教授)、私、鈴木浩之先生(同大学院生)。 |
京大医学部1回生の三木信(まこと)君が、MD研究者育成プログラムのラボローテーションで河本研への配属となったので、面談を行った。ちょっと驚いたのが、同級生の三木直樹先生の息子さんとのこと。そういえば、お父さんに似ている。三木直樹先生は、現在天理よろづ相談所の小児科勤務。 |
表記の会が東大の伊藤謝恩ホールで開催された。400人以上が参加して、盛況だった。 プログラム: | |
初日のspeakers’ dinnerでのAlain Fischerの挨拶。本庶先生へのお祝いの言葉もきかれた。 | |
この会にゲストとして招待されていた本庶先生の挨拶。ゲノムの解析や遺伝子発現の詳細な解析はあくまでbiologyのための道具だというような事を言っておられたように思う。 | |
私が座ったテーブル。向かって左から、福山英啓先生(理研IMS上級研究員)、 Sidonia Fagarasan(理研IMSチームリーダー)、Alejo Chorny (JEM誌senior editor)。 |
24日月曜日の午前中に獨協医大で講義をする事になり、栃木県に前日入り。解剖学講座の徳田信子先生(教授)と上田祐司先生(准教授)に案内して頂き、宇都宮近辺を探訪。真岡鉄道(「もうか」と読む)という路線には、今でも1日に1本、蒸気機関車が走っているとのことで、観にいった。写真は真岡駅で、いかにもというデザイン。駅のすぐ横には2台の蒸気機関車が展示してある建物もあった。 | |
この日の便はすでに真岡駅は通り過ぎていたので、他の駅で観る事にして、駅近くの蕎麦屋さんで遅めの昼食。栃木は信州、北茨城に並ぶ蕎麦の名産地であるらしく、最近全国的に認知度が高まりつつあるらしい。とても美味しかった。 | |
蒸気機関車は、益子駅で観る事にした。 | |
蒸気機関車が到着。到着する時は、減速するからか、あまり煙も噴いていないし、音も割と静かだった。一方、出発するときは、すごい迫力だった(下記映像参照)。 蒸気機関車が益子駅を発車 |
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駅前のギョウザ像と記念写真。左手には栃木名物のレモン牛乳。 | |
レモン牛乳を飲んでみた。ちょっとキミドリがかったような変な黄色。酸味と牛乳とどう両立させるのかと思ったが、ほとんど酸味はなく、フルーツ牛乳のような味だった。 | |
月曜日、講義の前に、若尾宏先生の部屋でdiscussion。MAIT細胞の機能に関して、マウスの実験でいいデータを出しておられた。向かって左から、若尾研の講師の杉本智恵先生、若尾先生、私、徳田先生、上野先生。 | |
医学部の2回生に、解剖学の一環としての講義。免疫学入門のような話とがん免疫の話などをしたが、脱線話の中で「リンパ節一人旅」の映像を見て頂いた。 |
猫が元気になって帰ってきた。「1週間も入院したら家を忘れてしまっているのでは」とか「イジメられたと勘違いして怖がって家に帰って来なくなるのでは」などと心配したが、退院後も全く変わらず、お昼は近所でうろうろして、夜は家に入って寝る、時々膝の上に乗ってくる、という生活に戻った。入院は、勿論であるが保険がきかないので、かなり高くはついた。 |
2018年3月から勤めてくれていた秘書の矢崎さんが6月末で辞められる事になった。4月からラボに参加された河野さんの歓迎会も兼ねて、この日、「弘」で歓送迎会を開催した。 | |
もう一つのテーブル。 | |
次々と出てくる肉を焼くのに気を取られて、挨拶が会の最後の方になってしまった。矢崎さんの挨拶。矢崎さんは、とてもいい仕事をして下さいました。特にKTCCの準備と当日のサポートでは、大活躍して頂きました。(2019年6月7日の記事参照)矢崎さん、ありがとうございました! | |
河野さんの挨拶。河野さんは、泌尿器科医で、嘉島君に引き続いて、再生CTLを固形癌に応用する研究を進めていただく事になっている。 | |
毎年私(河本)の誕生日にはラボで何かして頂いていたが、今年は日曜日だったのでスルーかなと思って気楽にしていたら、花束を頂いてしまった。恐縮してしまう。と言いつつ、店の前で記念写真。男性陣は店の外の道にさっさと出ていっており、たまたま残っていた女性陣とだけ撮ったのであって、男性陣を排除した訳ではない。 | |
有志で、バーで二次会。 | |
もう一つのテーブル。それにしても皆よくお酒を飲む。 |
ラボと関係ない話であるが、元野良猫で、6年くらい前からうちに住み着くようになった猫(ニャーゴと呼んでいる)が、この1週間くらい前から咳き込むようになり、餌を食べなくなって衰弱していったので、妻がみかねて15日土曜日、近所の動物病院に連れていった(妻は猫には優しい)。診断は肺炎。入院して、抗生剤の腹腔内注射などを受ける事になった。翌日、私も見舞いにいった。写真のようなケージの中で大人しくしていた。結局1週間くらい入院した。 |
ネオセルフの公募に採択して頂いたので、ラボメンバーのうち関係者で、徳島で開かれた領域会議に参加。13日の会議は朝からなので、前日入り。写真は小林さんと河野さん。 | |
徳島大学の構内の藤井節郎記念医科学センターで開催された。 | |
領域代表の松本満先生の挨拶。 | |
大学構内にある景色の良いレストランで、情報交換会。西村泰治先生(熊本大)が「徳島はすごくいい所ですね」と力説されていた。 | |
鍔田先生(東京医科歯科大)と、高校生物の教科書の用語の問題について少し話をした。鍔田先生は高校生物基礎の教科書の監修をされている事もあり、この問題にはお詳しい。私も高校生物基礎に関しては関わってきている(2018年10月23日の記事参照、2013年8月7日の記事参照)ので、今後も議論を深めていこうと思う。 | |
この日、情報交換会の前に、1時間ほど特別講演をされたDavid Chaplin先生(アラバマ州立大学)による挨拶。松本先生の留学先での恩師。講演ではMHC class IIIの話をされ、その他に研究の面白さや苦労話など、若者へのメッセージを込めた話もされた。 | |
会場からは、とても景色が良かった。写真は北西方向を見ている。 | |
今回は評価員の菅村和夫先生が来られていた。向かって左から、笹月先生、北村先生、菅村先生、私、荒瀬先生。 | |
文科省の研究振興局の調査官として来られていた山縣一夫先生(近畿大学生物理工学部遺伝子工学科准教授)。ロックが好きで、Negative Selectionを聴いて頂いたという。聞けば、ご自身も以前からベースを弾いておられて、最近は胡桃坂先生(東大)と一緒に演奏しているとのことだった。一緒に演奏できる機会があればいいですねという話になった。 | |
そうきいて、Youtubeに載っている胡桃坂先生の「未来の自分はこの手の中にある」という曲を観てみると、確かに一瞬ライブ映像として出ておられる。なおこの曲は、我々のバンドの曲とは方向性が随分違うが、若者への応援ソングとして、とてもいい曲だと思う。 https://www.youtube.com/watch?v=mfNgvsX5WiY | |
情報交換会の終了後、今回参加したラボメンバーで、二次会。ネオセルフの会は、免疫学的な話が多くて、とても勉強になった。 |
片山先生は最近JEM誌にがん細胞が産生する可溶性PD-L1が免疫チェックポイント阻害剤抵抗性の原因となるという重要な論文を出された(216;:982, 2019)。この研究には、私達も再生CTLを用いた実験で、部分的に協力させていただいた。今後も引き続き共同研究をする事になり、片山先生、龔(キョウ)博先生(研究員、右端)、原口瑞樹さん(研究生、中央)が来られて、打ち合わせをした。 |
表記の会がウイルス再生研一号館のセミナー室で開催された。 | |
今回の3人の演者。左から亀井謙一郎先生(京大iCeMS准教授)、松浦顕教先生(金沢大学研究員)、牧功一郎先生(ヘルシンキ大学研究員)。講演順でいえば、松浦先生が「Regulation of programed cell death by ubiquitylation」というタイトルで化学療法薬抵抗性のメカニズムについて話をされた。次いで牧先生が「張力感知分子およびクロマチンを介したメカノトランスダクション」というタイトルで高い静水圧に対する細胞レベルでの反応について話をされた。最後は亀井先生の「マイクロ・ナノ工学による生体システムの再構築への挑戦」という話でマイクロ流体デバイスを使ったいわゆるBody on Chipの開発研究の話をされた。どの話もchallengingでとても面白かった。 | |
会の終了後、ささやかな情報交換会が開かれ、そこで記念写真。 |
今年も芝蘭会館で開催。写真は受付、会が始まる少し前の様子。 | |
今年の集会長は国際医療研究センターの鈴木春巳先生。 | |
今回もKTCC抄録集の裏表紙用に、イラストを描かせて頂いた。写真はイラストの背景についての解説スライド。イスラエルで開催された学会の記事(2019年5月19日の記事参照)の中では英語版を示したが、こちらは日本語版。KTCCの冒頭の鈴木先生のあいさつの後に、このスライドを使って解説をさせていただいた。 | |
今回、このスライドは、カラー図版として抄録集の中にも入れさせて頂いた。イスラエルの学会の記事と重なるが、以下にやや丁寧に解説する。 『両側のライオンは、たんぱく質を消化してペプチドにする働きをしています。これらのライオンが作り出したペプチドは、胸腺上皮細胞のMHC分子の上に乗せられて、胸腺細胞に提示されます。胸腺細胞は、自分がだすT細胞レセプターが、ペプチドが乗ったMHC分子と合致するかどうかで、運命が決まります。左側のライオンは、胸腺の皮質に住んでいて、このライオンが作り出したペプチドと合致する時には、胸腺細胞は「正の選択」を受けて、生き残れます。右側のライオンは胸腺の髄質に住んでいて、このライオンが作り出したペプチドと合致する時には、胸腺細胞は「負の選択」を受けて、死ぬ事になります。正義の女神Themis(テミス)は、 「正の選択過程」を見守っています。 Themisの発見者である研究者が、Negative Selection(負の選択)という名前のバンドと共に、胸腺細胞の喜びと哀しみを唄いあげます。』 | |
KTCCが賑やかにスタート。発足当初からの「未発表の生データで5分発表、5分討論、さらに詳細な討論はポスターで」という様式は健在で、厳しい議論が飛び交う。 | |
ウイルス再生研の細胞社会プロジェクトの特定准教授河岡先生の発表。彼が数年前から取り組んでいる、Bimの負の選択特異的なエンハンサー領域を同定したという話が最近Nature Communicationsに掲載された(10:2603, 2019)。彼はT細胞の研究者という訳ではないが、ステージに特異的なエンハンサ-の研究対象としてBim/負の選択を選んだ。研究には色々なTCRのTgマウスなどを使う必要があったので、縁があって増田さんがこれまでに協力してきた。KTCC向きの話題なので、今回、話をしてもらった。わかりやすい上手な発表だった。 | |
河本研からは、長畑君が発表。造血系でポリコムをKOすると、色々な系列で分化障害とミエロイド系への分化転換を起こすという話。プレゼンの最後に先日の死海ツアー(2019年5月19日の記事参照)の写真を出し、少しウケていた。 | |
ポスターセッション。 | |
今回のKTCCは、うちの秘書の矢崎さんがかなり鈴木先生をサポートしたので、鈴木先生は矢崎さんにとても感謝していた。ツーショットで記念写真。 | |
懇親会。 | |
懇親会にて、向かって左から、斉藤先生、増田さん、鈴木先生、河岡先生、私。 | |
新たにラボを立ち上げられた人の挨拶。澤新一郎先生は、最近九大の生体防御医学研の粘膜防御学講座の教授になられた。リンパ組織の発生過程に関してまさに王道の研究を展開されている。 | |
近藤先生が北里大学の免疫学講座の教授になられたのは2010年であるが、KTCCに久しぶりに来ていただけたので、挨拶していただくことになった。近藤先生は1990年代に東北大の菅村研で共通ガンマ鎖に関する研究でScience論文、その後スタンフォード大のワイスマン研で造血前駆細胞に関する研究でCell論文とNature論文を筆頭著者で出し、Duke大学で独立後もいい論文を沢山出された。今回は自らIL-7Ra鎖の新規サブドメインについての話をされた。 | |
二次会は、いつもの「くれしま」。 | |
二次会で、若い人達と。 | |
三次会のカラオケまでsurviveした人達。 | |
2日目のお昼前に撮った集合写真。 |
今回、芦原先生のお招きにより、初めて京都薬科大学に訪問させていただいた。 | |
大学院生向けの講義であるが、「がんプロフェッショナル医療人養成コース」と「薬学研究者養成セミナー」を兼ねていただき、多くの人に聴講いただけた。セミナー中、少し脱線して、Negative Selectionの映像を観ていただいた。 | |
セミナー後、山科駅の近くで会食。向かって右から、細木誠之健一先生(病態生理学分野准教授)、芦原英司先生(病態生理学分野教授)、西村周泰先生(統合薬科学系助教)、戸田侑紀(病態生理学分野助教)、私、友金眞光さん(病態生理学分野・D2)。私(河本)は大学院生時代から桂研時代にかけて8年くらいに山科に住んでいた事もあり、山科はホームグラウンドの一つ。妙に落ち着く。 |
表記のセミナーが芝蘭会館で開催された。私も少し科学イラストを描いたりしているので、勉強しようと、参加した。 セミナーHP: |
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今回の講師陣。向かって左端は、広報課国際広報室室長、今羽右左デイヴィッド甫(David Hajime Kornhauser)氏。科学イラストレーションの大事さと、日本が欧米比べて体制として遅れていることを話されていた。欧米では、研究所ごとにプロの専属イラストレーターがいるとのことだ。2人目から、科学イラストレータのウチダヒロコさん、大内田美沙紀さん、奈良島知之さん。ポスターに使われていたイラストは奈良島さんによるもので、米国で多くの教科書などの表紙を描いてこられた大ベテラン。 | |
ウチダヒロコさんの作例。さすがプロ。ウチダさんは、神戸大学大学院自然科学研究科に在籍されていた事もあるらしい。 | |
ウチダヒロコさんは科学イラストだけでなく、一般書籍の表紙なども描かれている。 | |
大内田美沙紀さんは、2016年からCiRAの科学コミュニケーターを務められている。画像は、江藤先生のCell論文(174: 636, 2018)掲載号の表紙のイラストで、乱流が血小板を作り出す様子が、アーティスティックに表現されている。 | |
大内田さんもライフサイエンス系の研究歴を持っておられ、広島大学理学博士とのこと。大内田さんがCiRAに加わったことで、CiRAのHPやニュースレターが格段にfancyになっている。 | |
例えばこんなイラストが載ってたりする。とてもよく似ているので、すごいと思うが、やや美化しすぎなきらいもある?セミナーでは、各先生の持ち時間が15分ずつしかなく、もっとゆっくり聴きたいと思った。 |
今年も、東大医学部3回生の免疫学の講義を2コマ(1時間30分x2)させていただいた。講義の最後に、免疫ペディアの表紙のイラストを使った小テストを行った。 | |
昨年も配ったが、自己採点をしてもらうだけで回収はしなかった。今年は、最後に回収することにした。時間は10分、講義に使ったスライドとか教科書を見るのはOK、周囲との相談はNG、という条件。「提出」ということになると、学生の皆さんは、とても熱心に取り組んでいたようだった。回収した解答用紙を後でざっと見たところ、全体に正答率はそう高くなかったが、中には25問中22問正解(88点)などという強者もいた。なお、提出した75人中、80点台はこの88点の人を合わせて3人くらいいた。 | |
講義の後、免疫応答を題材にしたボードゲームを作っているという学生が話をしにきてくれた。中野誠大(まさひろ)さん(向かって左)と、古久保宙希(はるき)さん。 | |
まだ未完成だそうだが、市販化を目指して動いているという。こういうゲームがヒットしたら、免疫学を学ぶ機会が増えて、いいことだと思う。市販化されたら連絡を欲しいという人は下記のサイトに連絡先を入力下さいとのこと。 https://forms.gle/UC3UkAhL35Y3tYSe7 なお、このボードゲームを、今年の8月に開催される「免疫ふしぎ未来2019展」に出展するとのことらしい。免疫ふしぎ未来展は日本免疫学会主催で展示やショートトークを通して一般向けに免疫学を紹介するイベントで、今年は8月4日日曜日にお台場の科学未来館で開催される。免疫学会から100人以上が参加し、3000人くらいの来訪者がある、大きなイベント。 免疫ふしぎ未来2019展: |
イスラエルのワイツマン研究所で開催されるThymEに参加すべく17日(金)の午後から関空へ。今回は増田さんと長畑君が参加。イスラエルといえば紛争の当事者国であり、この3月にガザ地区を空爆したなど、不安材料が多かったが、3人で最終的には渡航を決心した。関空でラーメン+餃子で壮行会。 | |
香港での乗り換えを経て、イスラエルのベン・グリオン空港に到着。到着日である土曜日の午前中は、あいにくシャバットと言われるユダヤ教の安息日の最中(金曜日夕刻―土曜日夕刻)で、この時間帯は一切の労働は禁じられているらしく、公共交通機関も全て運休。乗合タクシーで会場近くのホテルに向かう。空港の乗り合いタクシーのカウンターの予約票が「マガハタ」になっていたのが笑えた。 | |
少し遅れて現れた、ちょっと無愛想な運転手。3列シートのタクシーの2列目と3列目に、6人が乗る。 | |
長畑君以外の5人が泊まったホテル。学会場から徒歩10分くらい。 | |
午前中であったが、幸い、チェックインできた。ホテルの部屋。 | |
窓からの景色。 | |
一行でワイツマン研究所内の長畑君の宿泊場所へ、見学を兼ねて同行。 | |
ワイツマン研究所の入り口。正式にはワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)。 | |
ワイツマン研究所のマップ。 | |
Meetingが開催されるDavid Lopatie Conference Center。芝生がきれいだ。 | |
敷地内はどこを見てもこういう感じで、とてもよく整備されている。小さな穴が空いたホースが地中に埋められおり、水はそこから供給されているようだった | |
長畑君が泊ったSan Martin Guest House。若者向けの施設で、相部屋ではあるが、いい部屋だったらしい。 | |
研究所見学を終えてから、昼食会で無事の到着を祝った。安息日なので、イスラエル料理の店は閉まっており、ホテル近くのイタリア料理屋へ行った。 | |
とはいえ、地元っぽい料理も。スターターとして皆でシェアして食した、焼ナスビ+胡麻ダレ。とても美味しかった。 | |
スーパーに立ち寄る。巨大なナス。 | |
19日日曜日の、午後イチから、始まった。今回のオーガナイザー代表のJakub Abramson (Weizmann Institute)によるOpening Remarks。 | |
会場。 | |
コーヒーブレーク。 | |
期間中、コーヒーブレークでは毎回、注文に応じて、エスプレッソやカプチーノを作ってくれた。 | |
カプチーノ。とても美味しく、会期中、ほぼ毎回飲んだ。 | |
写真中央は、初日に、今回事情があって来れなかったThomas Boehmに代わって話をした森本亮先生。サメやナメクジウオのFoxn4(Foxn1の先祖遺伝子)をマウスのFoxn1と入れ替えるとどうなるかという話。堂々とした、とてもいい発表だった。 | |
夕刻に、Ellenによるキーノートレクチャー。我々と近い分野なので、Ellenの話はいつもとても勉強になる。 | |
テラスで、Welcome reception。 | |
料理の一部。ジャガイモ、サツマイモ、チキン。 | |
Richard Hodesのラボにいる渡辺政志先生(向かって左端)、松本満先生(左から2人目)と。渡辺先生の話は3日目に聴けたが、負の選択を主にしているのは胸腺上皮細胞か樹状細胞かB細胞かという、免疫学の本質に関わる話で、とても面白かった。 | |
2日目、夕刻のポスターセッションで、長畑君が熱く解説。 | |
ポスターセッションの後、増田さん、長畑君と、研究所近くの食料品店の前でdiscussionを継続。 | |
3日目の午後のフリータイムに、タクシーでエルサレムに行った。エルサレム近郊の街並み。 | |
16時30頃、エルサレムに到着。 | |
猥雑な感じの小径が続き、両側は土産物店や飲食店がずっと並んでいた。スパイスの匂いが鼻を突く。 | |
聖墳墓教会。キリストが磔刑されたというゴルダゴの丘に建てられ、中にはイエス・キリストのお墓がある。キリスト教徒にとっては最大の巡礼地とされているので、観光客が立ち入り難い雰囲気かと思っていたら、内部にも軽装の観光客が沢山いて、写真NGなどといった規制もなかった。 | |
「嘆きの壁」の近くで軍関係の式典をしていた。自動小銃が並ぶ様はちょっと怖い。 | |
嘆きの壁。神殿を破壊されたユダヤ教徒が嘆く場所であり、ユダヤ教の最大の聖地とされる。壁の近くにくるまでに手荷物の保安検査があったり、小銃を抱える人がそこここに立っていたりして、物々しい雰囲気であった。壁はとても大きく、少なくとも、信者ではない者が、軽々しく近づいてはいけないという空気感はあった。一方、そういう中にも、妙な「おおらかさ」も感じられた。例えば、ガイドブックには「ノースリーブや短パンで近づいてはならない」とされていたが、特に規制は無く、実際には写真のように軽装の人達が多く見られた。 | |
路面電車でエルサレムのセントラルバスステーションへ。そこからバスでテルアビブに向かう。 | |
テルアビブに着いたのは午後8時頃。バスターミナルは大きな商業施設に隣接しており、その地下は大きなシェルターになっていた。 | |
テルアビブでは繁華街をひとしきり歩いた後、電車でRehovotに帰着。全体に緊張感を強いられる小旅行だった。無事に戻れて、ほっとして近所のレストランで夕食を取っているところ。 | |
3日目の午前中、Adrian Haydayによるキーノートレクチャー。ガンマデルタT細胞のリガンドについて、Butyrophilin-like gene familyが関与しているという話であったが、多くの知見が得られつつあると思う一方で、リガンドの認識機構についても、分化過程についても、まだよくわかってないことが多いという印象もあった。 | |
Natalia Zietaraと、彼女の前ボスのAndreas Krugerと。Nataliaは、理研免疫センターのサマープログラムで1ヶ月ほどホストした事がある。今はLudger Kleinのラボに所属している。 | |
4日目の午後はmeetingの公式行事としての「死海ツアー」に参加。150名くらいの参加者が、バス3台に分乗。道中、小高い荒涼とした丘の上に集合住宅がひしめく、という街並みが多く見られた。 | |
死海が近づくと荒地が続くようになる。 | |
位置関係を整理しておく。イスラエルの位置。シリア、レバノン、ヨルダンなどに隣接していて、ややこしそうな所だ。 | |
ここでのポイントは、イスラエルを南北に貫く谷(地溝)は、大地溝帯の一部という事。大地溝帯というのはマントルが湧き上がってきてプレートを分断しつつある場所であり、遠い将来には大洋になる所だ。 | |
イスラエルのスケール感であるが、だいたい南北400km、東西100kmくらい。面積としては、四国くらいの大きさらしい。ピンク色は、まだ所属が定まっていない、紛争地帯。ガリラヤ湖、司会から、紅海に至る大きな地溝が大地溝帯の北端に当たる。地溝の底部はほとんどが海面より低く、ガリラヤ湖はすでに海抜マイナス213mで、そこからヨルダン川が流れ出して、海抜マイナス418mの死海に注いでいる。ガリラヤ湖は淡水湖だが、死海は流れ出す川がないため、塩分が溜まり続け、塩分濃度は、海水が3%なのに対して、死海は30%。ほとんど生物がいないために死海と呼ばれる。 | |
今回訪れたビーチは、ヨルダン川西岸地区の中。死海のビーチには、もっと南の方に、紛争地帯でない場所もあり、私は当然そちらに行くのだと思っていたので、バスがエルサレムからどんどん東に入っていった時は、ちょっと怖かった。 | |
上の地図の航空写真。地溝に当たる部分が砂漠である事がよくわかる。 | |
地溝に当たる部分にさしかかると、バスはどんどん高度を下げて行く。周囲は砂漠の風景になり、そのうち死海が見えてきた。 | |
地溝の壁を成す山。草木がほとんど生えていない。 | |
ビーチに到着。ガイドブック(地球の歩き方)にも載っていないようなビーチであるが、かなりの人出だった。 | |
別なバスの人たちは我々よりも40分くらい前に着いていて、木村先生(向かって右端)や新澤先生(右から2人目)は、泳ぎ終わって戻って来られたところだった。 | |
脱衣所から降りて行くと、ツアー一行様用にテントが貸し切られており、ここに荷物を置いて、いよいよビーチへ。 | |
ビーチ。砂浜ではなく。泥浜という感じ。 | |
入る直前。目に入ったえらいことになるとか、間違って飲んだら喉や肺が熱傷になるとか、さんざん脅されていたので、緊張感が漂う。 | |
とはいえ、入るとすぐに慣れて、長畑君は余裕で決めのポーズ。 | |
鈴木先生も楽しそうだ。 | |
筆者。脚が水面に上がってしまうので泳げない。手で漕いでゆっくり進むしかない。不思議な感覚で楽しかったが、昨日のエルサレム散策で首筋をかなり日焼けしており、しばらくするとヒリヒリと痛み出して、身の危険を感じた。長時間楽しむようなものでもないと思われた。 | |
死海とは関係ないが、道中バスの中で新田先生が「最近、ボディービルダー的な鍛え方をしている」と話していた。現物をみて、納得。ジムで専用の機器類を使うのではなく、家で腕立て伏せをしたり公園の遊具で懸垂したりして鍛えているという。また、鍛える事だけでなく、しっかりとタンパク質を取ることと、よく寝ることが、同じくらい大事だそうだ。特殊な嗜好性かと思ったら、東大医学部の免疫学講座の中に、すでに同好の士が4人くらいいるらしい。なおこの写真はHP掲載許可をもらった上で載せている。 | |
ビーチから夕食の会場に向かう途中、山道を登って行く中で、アイベックスというヤギの仲間を見かけた。 | |
よくこんなところで生きていけると感心。 | |
地溝の外壁に当たる岩山の山頂に、突然「北斗の拳」に出てきそうな集落が現れた。 | |
このあたりは「地の果て感」が強い。記念写真。 | |
岩肌。火成岩ではなく、堆積岩のように見える。かつては海の底だったのであろう。 | |
死海の西岸から、北東側を見渡す。向こう岸はヨルダンという事になる。これがまさに広がりつつある大地の裂け目だと思うと、感動的な風景だ。 | |
テントの下で夕食。まだ暑いので、扇風機があちこちに置かれていた。 | |
肉団子とチキンの塊をゲットして嬉しそうな長畑君。隣はGraham Anderson。 | |
今回の会で、高浜先生(NIH)(写真中央)とは久々にお会いした。お元気そうで何よりだった。正の選択に関わるペプチドの作られ方について、しっかりと議論をさせて頂けて、とてもいい勉強になった。 | |
こういう自動小銃を持っておられる方が今回のツアーにはずっと同行されていた。最初は安心感よりも不安感を醸していたが、そのうちに気にならなくなるから、不思議なものだ。 | |
料理は、サラダ類、米料理、クスクス(小麦粉を使った粒状のパスタ)、肉団子、チキン、焼き魚など、種類が豊富で、どれも美味しかった。 | |
この日は、日本人関係の参加者でテーブルを囲んだ。少し酔いも回ると、もはやこの世のものとも思えない雰囲気になり、私は「これは多分ツアーのバスは谷底へ転落して、皆で死ぬ直前に夢を共有しているのかも」などと口走ったりして、周りに嫌がられた。 | |
アトラクションで、皆に打楽器が配られ、イスラエルの民族音楽を一緒に演奏。 | |
暗くなってくると、さらに幻想的な雰囲気になった。 | |
最終日、丸一日のmeetingの後、フェアウエルディナー。 | |
ひとしきり食事が済んだ後、ポスター賞の発表。大東先生が一つをゲット。 | |
その後、クイズの時間。JC Zuniga-Pflucker(右端)とJarrod Dudakov(中央)がMC。 | |
この会に関連したクイズで、最初にregisterした人は誰でしょうとか、最初に死海に入ったのは誰でしょうといったものから、meetingで語られてたサイエンスに関する問題まで色々あり、とても面白かった。4択のアプリを各自スマホにダウンロードして、ゲームに参加する。写真は、この会に「Anderson」は何人いたか、という問題の解答。 | |
今回の私の発表の中で出した、新作イラストもネタになった。図を出した時のパワーポイントでの解説を載せておく。まず、KTCC用に鈴木先生から頼まれた、と説明。 | |
鈴木先生の研究に絡めたいと思った。鈴木研は正の選択に関わる分子Themisを2009年に発見した5グループのうちの一つで、また、Negative Selectionのゲストボーカリストの一人でもある。そこで、これらのイメージを組み合わせた。 | |
完成図。鈴木先生はNSをバックにFredyのように歌っている。左側は正の選択、右側は負の選択。2匹のライオンはProteaseで、左側は皮質上皮特異的なもの。タンパクを食べて、分解してペプチドとして排泄(昼食前に下品な表現で申し訳ないと謝る)。胸腺上皮細胞がMHCに載せて胸腺細胞に提示。右側では、負の選択に関わるタンパク分子をAIREやFezf2が作っている。 | |
前記のような私のプレゼンに対して、「あのイラストの中のライオンは何を意味するか」という設問が出され、多くの参加者が正確を答えてくれていた。 | |
最後にJCが来年のThymUSをアナウンス。 | |
その後、私も少し時間をもらって再来年の国際KTCCをアナウンス。 | |
おそらくまた演奏会をするであろうから、参加希望者を募っておいた。 |
HLA研究所会長佐治先生主宰の昼食会。今回はうちのラボからは高さんと西村君が参加。4月から坂口研に特定准教授として戻って来られた朝霧先生が2度目の参加。 | |
この日話題になったのが東山の植生の変化。黄色く見えるのは椎(シイ)で、この時期は花が咲くので黄色く見える。常緑の照葉樹で、このあたりではそれほど優勢ではないはずの樹種であるが、数十年前から、勢力を拡大している。 | |
特に、知恩院あたりから将軍塚にかけての山は、ほとんど椎の純林になってしまっている。この山はかつては、他の東山一帯と同じように、クヌギ、コナラ、アカマツなどの雑木林であったらしい。椎の勢力拡大は、アカマツの枯死によるものとの説もあるが、温暖化や都市部のヒートアイランド現象によるものとも言われている。本来の植生が失われているという問題の他に、観光的見地からは、風情が失われているという事も問題になっているようだ。 | |
椎は大文字山のふもとのあたりまで勢力を伸ばしつつあるように見える。さすがに比叡山のふもとまでは来ていないようだ。 |
今回は長畑君が担当。Natureのon line版で出た「The bone marrow microenvironment at single-cell resolution」という論文。力作ではあったが、それほど驚くような新しい話がわかったというような論文ではなかったように思われた。学生が数名参加。向かって左から土井さん(3回生)、島田君(3回生)、國宗君(6回生)、右端は柿原君(5回生)。 |
前回と同じ前橋のスタジオ(夢スタジオ)でいよいよNegative Selectionのセカンドアルバムの収録合宿が始まった。前日の夜に現地入りし、まずは会食。前回と同じく、普段は欧米で超一流のプロの録音を担当しているEnrico Sesselego氏 (写真向かって右から2人目、2017年11月8日の記事参照)が担当してくれる事になった。 | |
今回は、全部で6曲を録音。食事後、大久保君が作ったデモ演奏を聞きながら、楽譜の読み合わせ。 | |
録音スタジオ。 | |
ドラムセット。 | |
今回はベースはライン録りする事になり、ベース担当の石戸先生はコントロールルームで演奏。 | |
今回録音する中の1曲、「夜光雲」という曲に、瀧内曜子先生(北野病院血液内科副部長、写真左)に参加頂いた。瀧内先生は血液内科医であるが、プロのバイオリン奏者としても活躍されている(2019年4月26日の記事参照)。さすがプロという演奏だった。 | |
「夜光雲」を歌ってくれるのは、青木智子先生(金大医学部消化器内科助教)。しっとりとした、個性的な声で、切々と歌って頂けた。 | |
寄生虫とILC/好酸球の戦いを唄った曲「蟲の襲来」は、男性コーラスの曲として録音。 | |
丸2日にわたる録音を終え、記念写真。個人的には自身のギターの録音に苦戦したが、全体としては上々の出来だと思う。 |
表記の会が名古屋国際会議場で開催された。医学会全体を対象にした大きな会だ。 | |
私は2日目のジャパン・ティッシュ・エンジニアリング社(J-TEC)主催のランチョンセミナーで話をさせて頂いた。ランチョンセミナーは、多くの参加者は昼食をあてに参加されるので、人が入らないということはないとは思うが、それでも整理券の売れ行きは気になるところで、11時ごろには配布終了となっていたのでほっとした。 | |
セミナーのチラシ。座長は医科歯科大学小児科の森尾友宏先生。もう一人の演者は名古屋大学小児科の高橋義行先生で、トランスポゾンを用いて安くCAR-T細胞を作製する方法を、JTECと共同で開発されている。とても有望そうな方法だ。 | |
セミナーは、300人くらいの、大きな会場で開催された。 | |
セミナーには、関西電力病院や大学院の先輩の柏井三郎先生(かしいクリニック院長、向かって左)と、大学の同級生の佐瀬一洋先生(順天堂大学臨床薬理学教授)が来られていた。昭和61年に医学部を卒業後、京大病院の内科で研修を始めた時、私は佐瀬先生と同じグループであったが、柏井先生らのグループから患者さんを引き継ぐ形になったので、私も佐瀬先生も、1週間くらいではあったが、多くの事を柏井先生らから習った。佐瀬先生と柏井先生はその時以来の再会となった。 | |
J-TECの社長の畠賢一郎氏(向かって右端)と、座長、演者で記念写真。盛況で、いい会だった。 |
今年も葵小学校6年1組のプチクラス会が催された。昨年もこの時期に開催された(2018年4月28日の記事参照)。主宰者の大西君によると、「生存確認の会」だそうである。1次会は芝蘭会館別館のレストラン。 | |
2次会はすぐ近くの大西君の実家のお部屋で。小学校時代からの友人は、気が置けなくて、とてもいい。今回は、昨年10月に「ガッテン!」に出演した時(2018年10月31日の記事参照)の映像を見てもらったりした。 |
このところ、こつこつとNegative Selectionのセカンドアルバムの曲作りを進めている。6曲収録する予定だが、その中に1曲、免疫細胞と関係ない曲を入れる予定。会えなくなった恋人をいつまでも想い続けるというような哀しい唄で、作詞は北村先生、作曲は私。2017年の肝癌研究会の懇親会でのコンサートでご一緒した青木智子先生(金大医学部消化器内科助教、写真向かって右)に歌ってもらう事になった。青木先生は、しっとりした、いい歌声を持っておられる。また、この曲では、大久保君のピアノと、昨年の血液学会の国際シンポジウム(2018年7月27日の記事参照)でご一緒した瀧内曜子先生(北野病院血液内科副部長、写真左)のバイオリンをフィーチャーしており、瀧内にはバイオリンをイントロ、間奏、エンディングなど随所で弾いて頂くことになっている。瀧内先生は血液内科医であるが、プロのバイオリン奏者としても活躍されている。プロの演奏家に自分達の作った曲を弾いてもらうというのは中々緊張する状況であるが、共演するととても心地よくて、プロの出す音はさすがだなと思った。 | |
練習終了後、皆で記念写真。 |
ラボの有志でうなぎ料理を楽しむ会。一人当たり2匹ずつという贅沢なコースだった。色々な調理法で出されたので、最後まで楽しめた。 |
Science誌の免疫セクションのassociate editorであるKelly氏と面談。臨床応用に向けた戦略について話を聞いて頂いた。 | |
先斗町で会食。向かって左から上野英樹先生(湊先生の後任)、Kellly氏、坂口志文先生、坂口教子先生。 |
栃木県の自治医大で、大学院生向けのセミナーと、医学部の学生向きの講義をさせて頂いた。夕方、自治医大に到着。 | |
教育・研究棟。敷地に余裕があるのか、建物が妙に大きく、建物の中の廊下もやたらと広い。 | |
大学院生向けのセミナーでは、昨年10月「ガッテン!」にNegative Selectionが出演した時の映像(Youtubeに出ているもの)を観てもらった。 | |
今回は分子・病態治療センター炎症・免疫研究部の高橋将文先生(私の正面)にホストして頂いた。セミナー後は、高橋研の方々と大学の近所で会食。私の右隣は新学術領域「細胞運命制御」でご一緒したことがある古川雄祐先生(同研究所幹細胞制御研究部教授)。会食では色々な話が聞けて楽しかった。自治医大では、留年したり国試に落ちたりすると、各地方自治体があてにしている数の医者を送り返せなくなりその地方の医者の人事異動が滞る事になるので、学生へのそういう社会的プレッシャーはすごいらしい。そのおかげか、教育がいいのか、国試の合格率はここのところずっと全国トップだそうだ。 |
このところ毎年4月にCelgene社の主催で、京都の血液疾患関連の基礎研究を若手医師に紹介するという研究会が、ハイアットリージェンシーで開催されている(2018年4月6日の記事参照)。今年は前半の1時間は京大から河本研、小川研、岩井研、京都薬科大から芦原研がプレゼンした。 | |
長畑君はこの4月から研究員生活に突入。最近いいデータが出始めており、今回はそれをプレゼン。いい質問がいくつか出て、手応えを感じているようだった。 | |
後半の1時間は近畿大学血液腫瘍内科講師の田中宏和先生による「Myeloma-initiating cellの同定とその特性解析」。多発性骨髄腫は大きな枠組みで言えば形質細胞に由来するわけであるが、どのステージの形質細胞に由来するかは、まだ確定していないらしい。勉強になった。 |
医学部での講義の後、研究室の研究活動に興味を持った学生さんが、ラボ見学に来られた。土井ゆかりさん、医学部の3回生。難しいことをイラストとして表して理解を助けるという手法に関心があるとのことだった。 |
HLA研究所の会長佐治先生が主宰する昼食会に、河野先生が初参加。この日はHLAの多重性がどれほど重要かという話(HLA遺伝子座が一つでもホモの人はHIVの発症までの期間が年単位で短くなってしまうという話)に始まり、話題が食文化の話から生物の進化の話まで目まぐるしく変わった。 |
表記の会が時計台記念ホールで開催されや。本庶先生はノーベル賞を取られてから山ほどの講演をされてきたであろうが、今回は、京大の医学研究科主催の講演会で、ようやく実家での講演ということだ。主に医学研究科の教員、大学院生、そして医学部の学生が対象。そのようなclosedな会であったが、同ホールのキャパ500人を超える800人以上の応募があったとのこと。 | |
内容は、昨年ストックホルムでされた受賞記念講演の内容を日本語にされたものだそうだ。原題は「Serendipities of Acquired Immunity」で、日本語タイトルは「獲得免疫系の思いがけない幸運」。 | |
「獲得免疫系の思いがけない幸運」という題目は、「脊椎動物は獲得免疫系を持つようになったおかげで繁栄し、長生きできるようになり、さらにはがんに対しても戦う道具を手に入れることができ、幸運だ」というような意味であるらしい。とてもスケールの大きな話だ。ただ、無脊椎動物でもイカやタコのように大きくて長生きの生物もいれば、土の中で10年以上も生きるセミなどもいるので、生物の大型化や長生きと獲得免疫との関係についてはやや疑問が残った。 | |
講演後、15分くらい、学生からの質問に本庶先生が答える、という時間帯があり、そこでは本庶先生節炸裂で、とても面白かった。特に印象に残ったのは、写真の質問に対して、「神経系が高次なので面白いという人がいますが、神経系と獲得免疫系でいえば、獲得免疫系の方が進化的には後に出現しており、だいたいは進化的に後の方が、それまでにあったシステムを利用する形で発達するから、より高次なんです。」というような説明をされた事。素晴らしい回答だと思った。 | |
医学部の学生さんから花束の贈呈。 | |
夜は医学研究科の現役およびOB教授による祝賀会が催された。それぞれ70人ずつくらいが参加。私が学生の頃のポリクリ(臨床実習)の時に教授だった先生方も沢山来られていた。 | |
副学長の湊先生の挨拶。PD1シグナル阻害による抗腫瘍活性の誘導という研究に関しては、湊先生の貢献はとても大きい。また、湊先生だったか岩井先生だったかの挨拶の中で、「ここには、ノーベル賞候補に挙がっていた方々が、沢山おられて、そのような中で、ようやくそのうちの一人にノーベル賞が来た」というような事を言われていて、確かにそうだなあ、と思った。 | |
本庶先生と同期の中西重忠先生のスピーチ。中西先生も、そんなノーベル賞候補者の一人だ。本庶先生はクラススイッチという現象のメカニズムを70年代から80年代かけて解明されており、まさにノーベル賞級の発見なのであるが、中西先生が話された、本庶先生がクラススイッチという現象に焦点を絞られるあたりのくだりが面白かった。 | |
本庶先生の挨拶。ホームグラウンドでの講演会と祝賀会という事なのか、とても嬉しそうな、そして穏やかな表情をされていた。 | |
柳田先生による花束の贈呈。 | |
テーブルでは、畑中正一先生と同席だった。記念写真。 | |
会の終了後、2次会で呼吸器外科の伊達先生の案内で祇園のバーに行った。左から椛島先生、私、濱崎先生、戸口田先生、瀬原先生、伊達先生。 | |
外国では落花生の殻を床に捨ててもいいバーがあったりするが、このバーはその方式を踏襲していた。 |
本年も医学部の講義を4コマ担当させて頂いた。4月11日に2コマ、この日の午前中は後半の2コマを担当し、免疫細胞の分化過程について話した。「負の選択」について話をした後、 Negative Selectionのオリジナル曲「Happy Deepee」という、負の選択で死んでいく胸腺細胞の哀しみを唄った曲のプロモーションビデオを見てもらった。 |
嘉島君(向かって右端)はこの4月から泌尿器科の特定助教になり、ちょうど入れ替わるように、泌尿器科から大学院生として河野先生(右から二人目)がこられた。泌尿器科は、他の研究室に研究委託で大学院生を送り込んだ場合は、お目付役的な先生が研究内容や進捗状況を詳細にフォローするという制度があるようで、今回そのような役割の先生お二人(左から赤松助教、後藤助教)が来られて、河野さんの研究内容についての打ち合わせを行った。いい制度だ。 |
教授室は2階にあるので、窓の外の木々を観るのには良い。今年も、この時期は桜の花とカエデの新緑がきれいだ。 |
通勤路である出町柳の橋から北側を望んだ写真。高野川沿いの桜がそろそろ見頃。今年は例年に比べてやや遅いようだ(2018年4月1日の記事参照、2015年4月4日の記事参照、2013年4月3日の記事参照、2012年4月10日の記事参照)。 |
このところ、長浜バイオ大学の2回生と3回生を対象にした免疫学の講義全15回の、第1回の総論を担当させて頂いている(2018年4月9日の記事参照)。同大学がある田村駅から東を望むと、伊吹山が見える。長閑な景色だ。 | |
駅舎から大学を見た写真。駅を出てすぐというロケーション。 | |
担当の伊藤先生による免疫学講義のオリエンテーション。 |
今週から河本研に参加された泌尿器科の河野先生(後列向かって右から2人目)のミニ歓迎会を催した。よろしくお願いします! |
鴨川の桜は、この日もまだ8分咲きくらいだったが、お昼休みにラボメンバーで昼食+花見。昨年より一週間ほど遅い(2018年3月29日の記事参照)。 | |
河本研の他に、神戸の遊佐先生、河岡先生、北條先生(河岡研研究員)、北村俊雄ラボに参加することになった田中君(向かって左端から2人目)、4月から坂口研の特定准教授になった朝霧先生(向かって右端)が参加。 | |
ちょっと遅れて永野君と長畑君も参加。 | |
すぐお隣りに、CiRAの堀田先生と池谷先生のラボの人達も来られていた。 | |
今年も鴨川にはニゴイが健在(2018年3月29日の記事参照)。 |
山田泰広先生(東大)をリーダーとして、井上正宏先生(京大)、片山量平先生(がん研)、私で構成される次世代がんのチーム型研究が、引き続き採択され、今年度から3年間続けられることになった。片山先生が最近出された論文(JEM, 216:982, 2019)に河本研も共同研究で加わっており、この日は今後の共同研究の進め方について、打ち合わせをした。お昼休みに、井上先生も参加され、研究所のすぐ近くの鴨川で花見をしつつ、昼食をとった。まだ満開ではなかったが、十分いい花見ができた。 |
松浦和子さんは、関西電力病院の検査科の技師をずっとされていて、最近CiRAの池谷先生のラボにテクニカルスタッフとして参加された。私が関西電力病院で研修をしていた頃(昭和の終わり頃から平成にかけて)は、スキーが大流行りで、私は毎週末のように信州に行き、春になっても月山や岩木山に行ったりしていた。松浦さんはその頃のスキー仲間の一人で、SAJの1級を持っておられる。研究の話に加えて、昔話をひとしきり楽しんだ。 |
台湾の中央研究院(Academia Sinica)は、日本で言えば理研のような大きな研究組織。劉扶東博士(向かって右端、中央研究院副院長)と孟子青博士(右から2人目、中央研究院研究員、国立台湾大学教授)が来訪され、情報交換の会談を持った。ウイルス再生研側からは岩田博夫先生(向かって左端、再生研前々所長、現理研)、生田宏一先生(左から2人目、副所長)、小柳義夫先生(3人目、所長)、私(副所長)が出席。出口に直結した研究が求められる傾向は何処も同じという感じだった。 |
このところ寒くて、桜の開花が中々進まない。鴨川の桜は、3分咲きくらい。この日の朝の気温は3度で、真冬並みだった。 | |
北山はうっすらと雪化粧していた。 |
この日の11時半過ぎに、新元号の発表があり、ライブ配信で観た。 | |
発表直後の、皆の様子。「いいんだけど、ちょっと微妙?」という空気だった。 |
泌尿器科の大学院生の河野有香先生(D1)が、うちの研究室に来ることになった。嘉島君の後をつぐ形になるが、メソッドや標的抗原/疾患は違うものになる予定。 |
表記の会がウエスティン都ホテルで開催された。200名弱が参加の、賑やかな会だった。 | |
三森先生は臨床免疫学講座の初代教授であり、免疫学を専門とする大きな講座を京大病院の中で育てられた功績は、とても大きいと思われる。なお、どなたかがスピーチの中で言われていた話によると、「京大病院では、外科系は新講座ができると病棟も研究室も再配置してそれなりにいい場所がもらえるが、内科系ではそういう仕組みがなくて新講座は場所の確保に苦労するのが常で、三森先生も随分苦労なされた」という事であったらしい。 |
ホテルオークラのレストランに、京大の眼科の先生方が来られていて、妻(宇治武田病院眼科部長)が眼科の医局の御世話になっていることもあり、挨拶をした。向かって右から西澤稚子先生(にしざわ眼科)、吉村長久先生(北野病院院長、前京大病院眼科教授)、田辺照代先生(北野病院眼科主任部長)、栗山晶治先生(音羽病院アイセンター所長)、私、栗本康夫(神戸アイセンター病院院長)。眼科領域では、同級生(S61卒)が大活躍しており、この中では田辺先生、栗山先生、栗本先生が同級生。網膜色素上皮や網膜の再生医療に取り組んでいる高橋政代先生(理研プロジェクトリーダー)も同級生で、iPS細胞から再生した網膜色素上皮細胞を用いた治療はすでに臨床試験が行われており、その臨床試験では栗本先生が施術を担当した。同級生の活躍は嬉しいものだ。 |
大学院に入って間も無くの頃から理研に単身赴任するまでの11年間、毎週金曜日の午後に関西電力北支店(天神橋8丁目)で産業医の仕事をしていた。その当時の産業看護婦さんや、衛生担当の事務をされていた方達がラボ見学を兼ねて来られた。向かって右端から暁山(あきやま)さん、湯川さん、福本さん、暁山さんのお友達で滋賀支店におられた我谷さん。当時私は、季節ごとに発刊していた健康管理室だよりの裏ページに4コマ漫画を書いていた。わりと面白い作品もあるので、よければご覧ください(4コマ漫画参照)。 | |
花見のシーズンなので、「鴨川や疎水沿いに歩いて花見を」と企画していいたが、残念ながらこのあたりのソメイヨシノはまだ1分-3分咲き程度だった。向かって右端は高見さん。 | |
そこで、御所の近衛邸跡のしだれ桜を観に行った。この数日前に天皇皇后両陛下が花見をされてニュースになったところ。しだれ桜が沢山植えてあり、ちょうど満開で、いい花見ができた。この後、教授室に戻って仕事の話を紹介し、その後、ピトレスクで夕食。懐かしい人達と楽しい一時が過ごせて、とても嬉しい1日だった。 |
理研で一時期河本研の秘書をしてくれていた長谷川二美さんが、お嬢様二人を連れて来訪。長谷川さんは、今は横浜で弁理士事務所に勤めておられる。 | |
大学の見学の一環ということで、南部生協で昼食。その後、医学部や病院の構内をざっと案内した。お嬢様方には喜んで頂けたようだった。 |
遊佐先生のスタッフ室は、うちのスタッフ室のお隣り様。最近、教授室の内装が終わったとのことで訪室。広い。そしてフローリングが素晴らしい。 |
この欄に時々書いているが、教授室の窓際に洋蘭の鉢を少し置いている。湿度を要する種はすぐに枯れてしまうが、ファレノプシス(胡蝶蘭)、リカステ、オンシジュームなどは、こんな環境でもそこそこ育ってくれる。 | |
ジゴニシア属の中の、ムラサキコマチという品種。ジゴニシア属は、属間交配で人工的に作られた属らしい。花色が珍しいので気に入って、昨年滋賀県のラン園で購入したが、今年も何とか咲いてくれた。 |
嘉島君(向かって右端から2人目)は、4月から泌尿器科の特定助教になるので、おそらくはこれが最後の参加となる。この日は、CiRAが最近発表した、HLA-Cだけを残して他のHLAを全てKOしたiPS細胞(Xu et al, Cell Stem Cell)についての話や、最近私が学位審査会で聴いたABO型不適合生体肝移植の話など、移植免疫の話に花を咲かせた。 |
婦人科の大学院生D2の水野林(りん)先生(写真向かって右端)が、4月から河岡先生(左端)のラボで研究をすることになり、制度上私が受け入れ先となるので、万代先生と濱西先生が打ち合わせに来られた。水野先生の研究委託の話も勿論した訳であるが、もっぱら今後共同研究の可能性についての話し合いになって、大変有意義な会談であった。 |
今野さんは関西学院大学の3回生で、4月から兵庫医大で卒研を開始するまでの間に、河本研に短期研修のような形で何日か来られていた。 | |
今野さんは2018年の免疫学会のサマースクール(2018年8月20日の記事参照)に参加されており、フェアウエルパーティでは私と大野先生による「リンパ節一人旅」の演奏を最前列で応援してくれていた(最前列向かって右端)。 |
成宮先生をホストとして、Levine先生が来学。教授室で1時間ほど面談。Levine先生はペンシルバニア大の教授で、CAR-T細胞の開発者の一人。今もいろいろな細胞療法の開発をどんどん進められているようで、我々の進めているプロジェクトにも興味を持って頂いた。面談の最後の方にNegative SelectionのHappy DeepeeのPVを少し観て頂いたら、すぐに「YesやELPのような感じだね」と言われたので、同好の士だと思われた。右端はこの日の案内役をされていた早乙女周子先生(創薬医学講座特定教授)。 |
神戸国際会議場で表記の会が開催された。初日の午前中のシンポジウムに参加。あまり大きな会場ではなかったが、人の入りはよかった。 | |
プログラム。山崎先生の、ポリビニールアルコール(せんたくのりの成分)で造血幹細胞が増幅できるという話には驚いた。河野先生のリンパ系前駆細胞増幅の話も面白かった。 | |
この学会は参加者は4000人くらいとのことなので、免疫学会の倍以上の規模だ。懇親会もすごい参加者数だった。 | |
懇親会で、山口大学の再生医療・細胞療法コースの先生方、学生さん達と。昨年12月に講義をさせていただいた(2018年12月7日の記事参照)。 |
ウイルス再生研は旧再生研が行なっていた「再生医学・再生医療の先端融合的共同研究拠点」を引き継いで進めている(2018年3月30日の記事参照)。年度末に共同研究として支援を受けたプロジェクトによる報告会が開催される。今年は旧ウイルス研サイドが進めている拠点の報告会と合同で、午前中は主にウイルス研関係、午後は主に再生研関係の事業の報告があり、再生研サイドからは16グループが発表した。 | |
縣先生との共同研究はこの3年くらい支援頂いている。縣先生には、TCR-iPS細胞作りに関して、分子生物学のプロとして、とてもいい仕事をして頂いている。 | |
今回は最後の方まで参加者が多く、盛会だった。 | |
初の試みとして、報告会後に情報交換会を催した。人の集まりは結構良くて、いい会だった。 | |
小柳所長と、ES/iPS細胞研究関係者で記念撮影。向かって左から当研究所の永楽元次先生(ウイルス再生研)、遊佐宏介先生(同)、高島康弘先生(CiRA)、丹羽仁史先生(熊本大)、小柳先生、私。 |
有志で新京極のキリンシティで会食。ここは飲み放題のコースでエールやスタウトタイプを含めたちょっといいビールが飲める。今回はわりとよく飲む人達ばかりの集いだったので、非常にコスパがよかったが、一方で店にちょっと申し訳なく思ったりもした。 |
府立医大の免疫学講座の松田修先生にお招きいただき、大学院生向けのセミナーをさせて頂いた。同大の免疫学講座は、岸田綱太郎先生や今西二郎先生が率いてこられた、由緒ある講座。写真は松田先生の教授室。東山と北山を見渡せる、素晴らしい眺めだ。 | |
講義の中で昔話をする時に使ったスライド。1993年秋頃の写真で、桂研で催されたWilfred Germeraadの送別会に、次の年の4月から参入予定だった私も参加した。松田先生は当時助教であったが、この写真からは「桂研を仕切っている感」がうかがえる。 | |
講義の中で少し見せた「桂研年表」。桂先生の退官記念誌用に2002年ごろ私が作成した。 | |
上記の表から一部抜粋して作成したスライド。赤字は教授になった人。桂研が業界の重要人物を多数輩出していることが分かる。 | |
セミナー後、松田研の方々および芦原英治先生(京都薬科大学教授)と会食。芦原先生は免疫学講座の出身という関係で、セミナーを聴きに来られていた。私と芦原先生は同時期に教授に就任したので、京大輸血部関係者で一足先に教授になられた木村晋也先生(佐賀大)の主催で一緒にお祝い会をした事がある(2012年3月17日の記事参照)。写真右端は免疫学講座准教授の岸田綱郎先生。右から3人目は、愚息(長男)の河本昌也。府立医大1回生で、今回は松田先生のお計らいにより、セミナーと会食に参加させて頂いた。会食では、昔話を含め、いろいろな話が出て、とても楽しかった。松田先生は再生医療や遺伝子治療の研究をされており、今後研究でご一緒できることがあればと思う。 |
表記の会が都市センターホテルで開催された。南北線の永田町駅の近くで、ちょっと変わった名前のホテルだが、リーガロイヤルホテルグループに属する、立派なホテルだった。 | |
朝から夕方まで、1時間の講演が4コマ、という構成。200人以上の参加があり、盛況だった。私は1コマ目に、「再生医療の現状と免疫学的問題点」というタイトルで話をした。「今の再生医療は移植医療なので、もっと移植免疫学的な研究を推進するべき」というような論点。 | |
セミナー終了後、スタッフの先生方と講師陣で記念写真。向かって右から移植学会の理事長の江川裕人先生(東京女子医大消化器外科)、講師の吉村昭彦先生(慶応大)、今回のプログラムを組まれた大段秀樹先生(広島大消化器移植外科)、講師の垣生園子先生(順天堂大)、私、講師の溝口充志先生(久留米大)、移植学会の学術・教育委委員会委員長の小野稔先生(東大心臓外科)。吉村先生は「メモリーT細胞の性質と抗腫瘍免疫」というタイトルで養子免疫療法ではどういうT細胞が有効かという話をされた。吉村先生の研究は、我々にとっても学ぶところが大きい。垣生先生は「免疫寛容維持における“infectious tolerance”の意義と誘導機序」というタイトルで、ある抗原に対するT細胞の寛容状態が他のT細胞に伝播していくという現象について、自身のラボの実験結果に基づいて、T細胞同士の直接のinteractionで伝わるという事を、分子メカニズムを含めて解説された。抗原特異性の伝わり方について少し疑問が残ったが、免疫学の根幹に関わる重要な現象に取り組まれており、さすがだと思った。溝口先生は「炎症:BregとPreg細胞」というタイトルで、B細胞や形質芽細胞による免疫抑制機構についての話をされた。溝口先生はBregの開拓者の一人でBregの名付け親でもある。話がとても上手で、内容的にもBregやPregがこんなにも多くの疾患に関与しているという事を改めて知り、大いに勉強になった。 |
伊藤先生のラボはまだ工事中なので、今回の滞在中は遊佐先生のラボの居室に席を借りられている。遊佐先生、河岡先生にも参加して頂き、近くのお店(くうかい)でミニ歓迎会を開催。お酒のおかげもあって皆の士気が上がり、いい会だった。 |
この日、うちの研究室に窓ガラスの清掃が入った。 | |
2階とはいえ、地下階のドライエリアがあるので、実質3階の高さになっている。 | |
右手で窓枠などを掴むだけで張り付いて、左手で作業をされている。見ているだけでも怖いが、こういう仕事をされている人は、絶対に右手を離してしまうことがないという確固たる自信があるのだろう。 |
伊藤貴浩先生が、3月からウイルス再生研に着任された(2018年7月3日の記事参照)。とはいえ、1週間ほど滞在された後、ジョージア大学にしばらく戻られるとのこと。近くのお店(つくねや)で、中宮さんと矢崎さんも参加してもらい、食事会を催した。 |
河本研が京都に移ってからの初代の秘書さんだった藤井さん(2012年4月2日の記事参照)は、その後歯科衛生士の学校に進学され、この3月に計3年間の授業と実習を終えられて、無事卒業された。4月から歯科衛生士として働かれるとのこと。おめでとうございます! |
この日の夕刻に、台湾科学技術省副大臣のDar-Bin Shieh (謝)氏(写真向かって右から5人目)とその関係者の方々がウイルス再生研を来訪され、交流会を催した。ウイルス再生研側からは小柳所長と副所長である私が参加。今回の案内役をされたのは前々再生研所長の岩田博夫先生(写真向かって左から5人目、理研健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム健康制御チームチームリーダー)。岩田先生は以前から台湾の研究者と共同研究をされてきており、一度その関係で台北で開催された幹細胞医療のシンポジウムに招いて頂いた事がある(2014年6月28日の記事参照)。 | |
交流会と研究所の見学会の後、拙著「マンガでわかる免疫学」の中国語訳本を見せたら、かなりウケた。 | |
「マンガでわかる免疫学」は2014年に出版されたが、2015年には中国語版が出版された。これまで気が付いてなかったが、台湾の出版社が作成したようで、表紙をよく見ると確かに国立台湾大学の副教授の先生が監修されている。台湾と中国では、漢字遣いが違っているとの事で、台湾ではいまでも繁体字と言われる古い字体が使われているので、すぐに区別がつくということだ。そういえば、「免疫学」の「学」の字が「學」になっている。「マンガでわかる」の部分が「世界第一簡単」と意訳されているのも面白い。 | |
なお、同書は2015年には韓国語版も出版されている。中国語版の方は漢字なので大体の意味がわかるが、韓国では漢字がほとんど使われないので、表紙を見ても何が書いてあるか全く読解できない。 |
表記の会が日本橋ライフサイエンスビルで開催された。今回のテーマは、「Stem Cell and Immune Cell Therapy」。A*STARとは、シンガポール科学技術研究庁(Agency for Science, Technology and Research)の事で、研究所も有しているが、Grantも管理しており、日本で言うとAMEDと理研を合わせたような組織だと思われる。今回は、日本側からは主にがんの免疫細胞療法の話題が提供され、シンガポール側からはがんの免疫細胞療法の他にMSCを用いた細胞療法やエクソソーム創薬の話題などが提供された。 ワークショップのHP: ワークショップのフライヤー: |
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情報交換会にて、左から河上裕先生(慶応大学)、丸山良亮先生(PMDA)、珠玖洋先生(三重大学)、木村正伸先生(タカラバイオ)。珠玖先生は今回の日本側のorganizerをされていた。 | |
信州大学小児科教授の中沢洋三先生(写真向かって右)と、助教の長谷川藍子先生(同左)。中沢先生はトランスポゾンを利用したCAR-T細胞療法の開発に取り組んでおられ、長谷川先生はその研究を担当されているとの事。長谷川先生は理研の平野研に大学院生として在籍されていたので、久々の再開だった。左の写真は、中沢先生、長谷川先生と一緒に撮ってもらったいい写真なのだが、私の場合は撮影の際に立ち位置に気をつけないといけない(ライトの真下に立つのはよろしくない)という教訓が得られた写真でもある。 | |
今回は、河本研からは増田さんが参加した他、永野君と嘉島君がポスター発表という形で参加した。情報交換会の後、4人で軽く慰労会。私だけ宿泊し、27日には日本/シンガポール双方の講演者が共同研究などの可能性について総合討論を行うclosedな会に出席した。 |
伊川友活君(写真向かって右から2人目)は、2013年度から理研IMSでYoung Chief Investigatorを務めていたが、2018年度からは東京理科大学の生命医科学研究所に准教授として着任していた。引っ越した当初は機器類があまりなくて立ち上げに苦労したらしいが、多くの人の協力により、ようやくラボの体裁も整ってきているとの事だ。その伊川君だが、2019年4月からは教授に昇進するとの事で、理研の河本研関係者(左から越智さん、増田さん)で、ミニ祝賀会を開催した。おめでとうございます! 伊川研HP: |
この日の読売新聞15面の「サイエンスReport」欄に、我々が進めている再生キラーT細胞療法を紹介する記事が載った。まずは臨床試験目前の理研のNKT細胞療法が紹介され、引き続いて我々の取り組みが紹介された(記事1)。記事2では、再生医療市場の近況がまとめられている。 記事1 記事2 |
1階のラウンジで粂原くんの送別会を開催。 | |
コストコで買ってきた2.5kgの牛肉の塊を、高さんがサクサクと捌いていく。 | |
チャンコ鍋のテーブル。今回の会は、遊佐先生のところに秘書さんとして最近来られた上田さん(向かって左端)の歓迎会も兼ねていた。 | |
豚の生姜焼き。美味しかった! | |
牛肉ステーキのテーブル。このテーブルの人たちは最初から最後まで肉だけを食べているように見えた。 | |
粂原君の挨拶。この2年間で、フィーダーフリーの培養系の開発研究に携わり、とてもいい仕事をしてくれた。お疲れ様でした! | |
瀬和さん作の、チーズタッカルビ。とても美味しかった。 | |
二次会は、教授室。 | |
一次会の締めにと買ったチキンラーメン。朝ドラの影響で食べたくなって買ったのだが、用意されていたうどんや焼きそばで満腹になって、まるまる残ってしまった。 |
尼崎の「あましんアルカイックホール」で開催されたイエスのコンサートを観にいった。今回のツアーは、オリジナルメンバーはスティーブ・ハウだけであるが、キーボードのジェフ・ダウンズはエイジアにずっといた人なので、違和感はない。ボーカルはジョン・デイヴィソンという人だが、ジョン・アンダーソンばりの美しく澄んだ声で、全く違和感がなかった。ベースはビリー・シャーウッドという人だったが、クリススクワイヤ的なゴリゴリしたベースを完全に再現していた。ドラムスのジェイ・シェレンという人も、エイジアにいた人で、タイトな演奏で、とてもよかった。そういう訳で、素晴らしいライブだった。写真は、休憩を挟んで後半の、アルバム「危機」の完全再現の模様。ロジャー・ディーンの絵が嬉しい | |
ジェフダウンズとスティーブハウ。ステイーブ・ハウは元気一杯で、いろんなギターを使って、バッキングも、ソロも、縦横無尽に弾きまくっていた。なお、この日のセットリストは下記。 1.Parallels 2. Sweet Dreams 3. Fly from here, Part I: We can fly 4. Nice voices (Longwalker) 5. Clap 6. Madrigal 7. Yours is no distance (10 分休憩) 8. Close to the edge 9. And you and I 10. Siberian Khatru (以下、アンコール) 11. No opportunity necessary, no experience needed 12. Roundabout 13. Starship trooper |
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アンコールのラウンドアバウトでは、オリジナルメンバーのアラン・ホワイトとトニー・ケイが参加。 | |
「危機」の完全再現と、ラウンドアバウトが聴けて、大満足だった。 |
月1回開催されている佐治先生主宰昼食会であるが、血液内科のメンバーは病棟の業務などのために来れない事も多い。この日は北脇年雄先生(向かって左から4人目)と諫田淳也先生(右端)が参加。臨床がらみの話が沢山交わされた。なおこの日はいつものピトレスクが改装工事中とのことで同じ階の北西角側にあるオリゾンデで、バイキング形式で昼食。 | |
北側を望んだ風景。北山の奥の方が雪化粧をしている。 |
表記の会が今年5月に開催されるが、そのHPやポスター用のイラストを、集会長である古関先生から依頼され、昨年12月に描いた。ちょっと前にHPが開設されたようだ。 第13回エピジェネティク研究会年会HP: |
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イラストについて少し解説しておく。「エピジェネティクス」の研究会といえば、ヒストンやDNAのイメージにしたくなるところで、2005年頃に古関先生からエピゲノム関係のワークショップのポスターを頼まれた時は、左のようなイラストを書いた。 | |
今回は、ちょっと趣向を変えて、ウォディントンのエピジェネティック・ランドスケープ(左図)をモチーフにすることにした。 | |
構図や色のイメージとして、葛飾北斎の赤富士も参考にした。 | |
で、作成したのがこのイラスト。 | |
今回の会は「発生から創薬へ」というテーマとのこと。がんや創薬の話に合わせて、盛り上がっている赤い塊(がん)に対して、研究者が創薬しているような絵にした。 | |
左側には、古関先生らが理研でされている「NKT細胞を初期化して再生する」という開発研究のイメージを、リフトで表わしてみた。谷間から回収したT細胞に、山中先生に似た感じの研究者が初期化因子を注入。その少し右手で、古関先生に似た感じの研究者が全体を睥睨している。 以下、どうでもいいけど、問題。 問題:ここに載せた絵は、修正前の絵。最終稿として古関先生に送る直前に、間違いに気がついた。さて、どこが間違っているでしょうか。 私も描いていてずっと気がつかなかったので、結構わかりにくいかも。 ヒントは、リフトの構造。正解はこちら。 |
表記の会が名古屋の中部ろうさい病院で開催された。2日にわたってリウマチや膠原病に関する講義が沢山聴けるセミナーで、若い医師に人気があり、毎年200人くらい全国各地から参加がある。参加費は6000円。病院内の会場を使っているので、この会費でやっていけるとのこと。田辺三菱製薬が運営を手伝っている。私は2日目の最後のコマに、昨年と同様、教育講演的な話をさせて頂いた(2018年1月18日の記事参照)。なお関東にも同じようなセミナー(リウマチ膠原病ウインターセミナー@聖路加)が毎年開催されていて、そちらは通常3月に開催されるのに「ウインター」セミナーと呼ばれ、一方こちらは1月か2月に開催されるのに「スプリング」セミナーと呼ばれているとの話だった。 | |
2日目の昼食時に、若手医師による早押しクイズ大会が催された。写真はステロイド剤の副作用の出現時期を時系列に並べろという問題。今回は難問が多かったようで、参加チームは結構苦戦していた。 | |
セミナー終了後、中部ろうさい病院のスタッフの人達の打ち上げにお邪魔させて頂いた。中部ろうさい病院であのような大きな会が開催できるのは、同病院のリウマチ・膠原病科部長の藤田芳郎先生(写真向かって右端)のリーダーシップによるものと思われる。こういう会食も、和気あいあいとしていて、とても楽しい。 |
表記の会が大阪の福島のホテル阪神で開催された。この学会は会員数が800人くらいで、学術集会の参加者数は400人くらいとのこと。会場は2つで、写真は第1会場。臨床医の会であるが、免疫やアレルギーに関する基礎研究の演題が多い。また、頭頸部癌に対する免疫療法の演題も含まれている。私は初日に1時間枠の特別講演をさせて頂き、前半は免疫の仕組みについての教育講演的な話、後半は再生医療とがん免疫の話をさせて頂いた。 | |
初日の夜は会長招宴があった。今回の集会長、河田了先生(大阪医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授)の挨拶。河田先生はご実家が私の実家の近所で、小中高(葵小学校、下鴨中学稿、洛北高校)の先輩。その縁もあって、今回特別講演に招いて頂けた。 | |
この学会の理事長、藤枝重治先生(福井大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授)の挨拶。この日の夕刻に藤枝先生は「学会統合と将来構想」という話をされた。耳鼻咽喉科関連の学会は10個以上あるとのことで、統合できそうな所はしていきましょうとという話になっているようだ。藤枝先生には私の講演の座長もして頂いた。 | |
京都府立医科大学の学長の竹中洋先生も来ておられた。今年度から長男がお世話になっているので、挨拶をさせていただいた。 |
吉田神社の節分祭では、2日目(2月3日)の夜11時から、神事に使われたお札などを燃やす行事が行われており、火炉祭(かろさい)と呼ばれている(2014年2月3日の記事参照)。昨年はラボのメンバーと一緒に行った(2018年2月2日の記事参照)が、1日目だったので火炉祭は見られなかった。今回は、雨がぱらつく中、点火の模様を見に行った。23時から儀式が始まり、厳かな雰囲気の中、松明で点火。写真は23時8分。 | |
すごい量だし、雨で濡れているし、ガソリンか灯油でも撒いて点火するのかと思ったら、そういうことはしないで、松明を使って90度ごとに4箇所から地味に点火。写真は23時11分。 | |
点火されてから5-6分で全体に炎が拡がった。炎の勢いは怖ろしいと感じた。こうなると、輻射熱が強烈に熱くて、長くは見ていられない。写真は23時17分。 |
懇親会の後、北村先生とゴールデン街のバー「原子心母」に、2ヶ月ぶりに行った(2018年12月13日の記事参照)。ここはとても居心地がいい。 |
表記の会が赤坂見附駅の近くの紀尾井カンファレンスという会場で開催された。写真は受付。この会場は東京ガーデンテラス紀尾井町という建物の4階にある。開放的な作りになっていて、空中庭園みたいで、いい感じだ。 | |
ロビーから赤坂見附駅方面を見下ろしたところ。 | |
参加者200人くらいの会。小児科医が中心で、熱気のある学会だ。ゲノム解析技術が進んで、次々に免疫不全症の原因遺伝子が新たに見つかっているという。すでに300遺伝子以上が同定されているらしい。今回、私は50分の枠で「よくわかる免疫学:獲得免疫編」という教育講演的な特別講演をさせて頂いた。集会長の森尾先生からは「最低10回は笑いをとって下さい」というノルマが課せられたが、何とか達成できたと思う。 | |
懇親会にて、この学会の理事長である平家俊男先生(兵庫県立尼崎総合医療センター院長、写真中央)と、会頭の森尾友宏先生(東京医科歯科大小児科教授、向かって右)と。 | |
今井耕輔先生(東京医科歯科大小児科准教授)は、講演の中で、PIDJ(Primary Immunodeficiency in Japan)というコンソーシアムについて話された。PIDJは、2008年に、免疫不全症研究会の先生方が、厚労省の調査班、理研、かずさDNA研などと共同で作られたハブ組織で、この仕組みにより現場の先生方は免疫不全症が疑われたケースの遺伝子診断へのアクセスがよくなり、日本での免疫不全症の登録数が飛躍的に増えたという。ただ、患者の個人情報などを理研で管理する事が困難になり、このたび、学会の管理で再スタートとなったという話だった。PIDJ発足のきっかけとなったワークショップが2007年に理研の免疫センター(RCAI)で開催され、左は当時私がRCAIにいた関係で描かせて頂いた、ポスター用のイラスト。今回、今井先生が講演の中で使ってくれていて、懐かしく思った。この時のワークショップのタイトルは「先天性免疫不全症に学ぶ」であったが、副題が「ヒトの研究者とマウスの研究者の会合」だったので、「マウスの研究者」枠で「研究をしているマウス」が実際に参加したら面白いなと思って描いた。このイラストは、「右下の“靴脱ぎマウス”が可愛い」と、理研の広報にウケが良くて、一般公開で配布された理研バッグのデザインとして使って頂いたりもした。 |
今回は滝田順子先生(京大病院小児科教授、向かって右から2人目)と、山本玲先生(スタンフォード大学中内研研究員、左から2人目)がゲスト参加。山本先生は数理モデル関連の学会参加のために帰国中とのことだった。この会は、深い話題が飛び交うので楽しい。 |
愛知県蒲郡(がまごおり)市にあるJ-TEC(株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)本社を見学させて頂いた。J-TEC は2009年から自家培養表皮(ジェイス)、2013年から自家培養軟骨(ジャック)を作製して販売している、細胞培養に関して先駆的な会社。現在は富士フィルムの傘下にある。 | |
施設を見学させて頂いた。さすがに培養細胞の販売を生業にしているだけあって、素晴らしい施設だった。その後、セミナーをさせて頂いた。 | |
見学会とセミナーの終了後、若い人達と、近くの店で会食。向かって左から小堺彩也子さん、杉山和也さん、私、渡部正利喜さん。この日は、施設見学に加えて、色々な話が聞けて、とても勉強になった。 |
表記の会が軽井沢で開催された。軽井沢は快晴で、駅から軽井沢スキー場の全景が見える。全コースで人工降雪機が使われている。 | |
会場はいつもと同じくホテルマロウド軽井沢。私は第2回から参加している。 | |
夕方から会が始まった。20人強の小さな会であるが、今年は特別講演2本、教育講演2本と、「スクール」としての性格がやや強められていた。主催者の高柳先生によると、今後、その方向で発展させる予定とのことだった。 | |
特別講演と教育講演に引き続いて、骨免疫学会優秀演題賞を受賞した6つの演題の講演。その6人は夜のウエルカムパーティーで表彰された。 | |
ウエルカムパーティーで、今回の特別講演の演者、吉川雅英先生(東大、向かって右)と荒瀬尚先生(大阪大、写真中央)と。吉川先生はクライオ電顕の話をされ、実例としてIgMの構造が示された。完全な立体構造の写真ではないとのことではあったが、高解像度での5量体IgMの写真は、インパクトがあった。完全な5角形ではなく、線対称な形だった。荒瀬先生のクラスIIにミスフォールドされたタンパク質が提示されて抗原になるという話は、聞けば聞くほど、多くの病気に絡んでそうで、とてもexcitingだ。 | |
石井先生も合流。私は初日、石井先生と高柳先生は2日目に教育講演を担当。私は腫瘍免疫の話をした。石井先生は「研究費の種類と取り方」というような話で、高柳先生は論文の書き方についての話。どちらも実例を紹介しながらの話でとても面白く、こういう話は、若い研究者に広く聴いてほしいと思った。 | |
2日目は午後のフリータイムに有志で軽井沢スキー場へ。写真は荒瀬先生のスキーブーツで、30年くらい前に流行ったリアエントリー式だ。市場ではだいぶ前にほぼ姿を消している。私も30年くらい前に買ってしつこく使い続けていたが、15年くらい前に側面が割れて使えなくなった。荒瀬先生の物持ちの良さと、このブーツの耐久性の高さに感心した。 | |
ひとしきり滑ってから、ゲレンデ近くのイタリアンな食堂で遅めの昼食。 | |
山頂で記念写真。 | |
浅間山が美しい。 | |
夕方、小林泰浩先生(松本歯科大)による教育講演の後、一般演題の口演が続き、その後ポスター討論会。 | |
情報交換会。いい雰囲気の部屋で、話が弾む。 | |
3日目、朝の行事が少しあり、その後、野沢に移動。野沢で少しスキーをしてから、宿で夕食をとりながらサテライト行事があり、私が再生医療の現状や研究費獲得の苦労話を披露した。 | |
会食の後半は、全豪オープンの決勝戦を観戦。大坂なおみ選手が第二セットのマッチポイントを取りそこねたあたりから、皆で応援した。写真は優勝が決まった直後。 | |
グランドスラム大会を2大会連続で優勝、しかも世界ランクが1位になるとは、文字通り世界1の選手ということだ。すごい! | |
皆で外湯の一つ、大湯へ。野沢の外湯は、湯船の横に脱衣所があるという単純な構造。13箇所あり、どこも無料。大湯には湯船が二つあり、手前が43度くらいで、十分熱いが、奥は45-6度あると思われ、火傷しそうな熱さだ。恐る恐るゆっくりと入ったら何とか入れたが、1分も持たなかった。 | |
麻釜(おがま)と呼ばれる源泉を見物。 | |
草津の湯畑には遠く及ばないが、それなりに雰囲気がある。90度くらいのお湯が毎分500リットル以上湧出するという。 | |
最終日の朝。すごい積雪量だ。 | |
ユートピアコースの斜面の下で記念写真。 | |
このスキーの参加者は、高柳先生、小林先生を始め、今回のゲストの吉川先生も含めて、皆とても上手なのだが、中でも荒瀬先生は、急斜面/不整地対応度では群を抜いていた。写真はシュナイダーコースの最後の方の一番急になるバーンでの荒瀬先生。新雪が乗ってなければ私もここは一応は滑れるが、この日はコブの上に深い新雪が乗り、ターンのきっかけがつかめず、私はゆっくりとした大回り気味のターンでしか降りられなかった。一方、荒瀬先生は軽快なウェーデルンで直線的に降りていかれた。
荒瀬先生の許可を得た上で、私が撮ったビデオを掲載させて頂く。 1)荒瀬先生、スカイラインコース、中斜度、軽度不整地 2)荒瀬先生、シュナイダーコース、急斜度、不整地 3)荒瀬先生、シュナイダーコース、中斜度、不整地 |
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写真は私で、シュナイダーコースの最後の方の斜度が緩やかになった部分。このあたりだったら私でも何とか小回りで降りられる。参考までに荒瀬先生に撮って頂いた私の滑りのビデオを以下に掲載。 1)河本、スカイラインコース、中斜度、軽度不整地 2)河本、シュナイダーコース、中斜度、不整地 |
表記の会がこの日と翌日にわたって医学部のB棟で開催された。3人の審査官の前で、15分発表、15分質疑応答。粂原君の論文のタイトルは「Development of a feeder-free system for the regeneration of killer T cell from iPS cells」。ヒトiPS細胞からT細胞への分化誘導は、現在はフィーダー細胞を用いているが、彼はフィーダー細胞を使わない条件での培養法の開発研究を行ってきた。粂原君はとてもいい研究を行い、完全とまでは言えないが、もう一歩のところまで辿り着いている。彼は発表も質疑応答も、立派にこなした。終了後、教授室で記念写真。 |
標記の会が慶応大学医学部の近くの明治記念館で開催された。 | |
茂呂さんは、このラボニュース欄に何回も登場しているが、自然リンパ球の発見者で、このたび大阪大学医学部の感染症学講座の教授に着任された(2018年7月5日の記事参照)。今回の会には、茂呂さんのご両親が参加されていた。茂呂さんの父君茂呂周先生は、元日本大学歯学部病理学教室教授で、粘膜免疫を研究しておられた。挨拶の中で、「昔は娘が『あの茂呂先生のお嬢さん』と言われていたが最近は私が『あの茂呂先生のお父様』と言われるようになった」と言っておられた。いい話だ。 | |
仲間内の会という感じで、とても居心地のいい会だった。 | |
研究者としての茂呂さんの育ての親である小安先生の挨拶。阪大に取られたことに対する恨み節がちらっと出たりした。 | |
大阪大学側を代表する形で、石井先生の挨拶。人事の経緯などをギリギリの線で話された。小安先生の恨み節に対して詫びを入れる下りもあったりした。本来は微妙な話だと思うが、小安先生も石井先生も話が上手で、娘を嫁に出す父親と新郎のような、心温まるやりとりになっていた(と思う)。 | |
会の半ばあたりで私もスピーチをする機会を頂けたので、ILCが無名だった頃からの茂呂さんの研究の熱心なサポーターであった事や、茂呂さんの発見の免疫学の世界におけるインパクトについてなど、ひとしきり述べた後、ネガティブセレクションの常連ゲストシンガーとしての茂呂さんを、パワーポイントを使って紹介した。免疫ふしぎ未来展の打ち上げライブでの写真を披露。2013年から小安先生も登場している。 | |
その後、バンドの新曲「蟲の襲来」の一節を、大久保君が作ってくれた打ち込みデモ演奏をバックに、歌わせて頂いた。写真はその時に映したパワポ画面4枚分。2018年11月に開催された国際ILC学会のポスター用のイラスト(2018年1月23日の記事参照)のイメージを元にして作った曲。この曲は、以前にも書いたが、恥ずかしげもなくNHKの高校講座の中でもギター弾き語りで歌っている(2018年11月13日の記事参照)。 | |
今回の会では、同時に大阪大学の准教授として着任した本村泰隆先生のお祝いも兼ねていた。大阪大の茂呂研を彼が実質的に支える事になるだろうと思われる。 | |
茂呂さんの挨拶。理研にも兼任の形でラボを残し、2つのラボを運営することになるようだ。ILCは臨床応用にも結びつきそうで、今後もまだまだ発展が期待される。茂呂さん、教授就任、おめでとうございます! |
教授室の窓際においているオンシジュームが、今年も何とか咲いてくれた(2018年1月2日の記事参照)。 |
標記の会が、今年は研究所に近い教育文化センターで開催された。昨年ビンゴゲームをやってみたところ好評だったので、今年もすることに。景品は、2日前の15日の午後に四条の東急ハンズに中宮さん、矢崎さんと一緒に買ったもの。中宮さんと矢崎さんには設営も手伝って頂いた。 | |
ビンゴの景品代は、参加費から捻出すると、はずれた参加者が損した気分になるから、別枠の予算を使うのが良い。今回は、年末に開かれた教授会の忘年会(2018年12月26日の記事参照)のあまり分をメインに使わせて頂いた。計2万5千円くらい。 | |
景品リスト。一等賞はコップを逆さにしてはめるタイプのミキサーで、4000円くらい。景品は、「あったらいいなと思うけど、自分では中々買わないような物」というコンセプトで選んでいる。台所用品や健康グッズが主流。このリストの他に、裏ビンゴの景品(USB加湿器、約4000円)がある。 | |
70人以上の参加があり、賑やかだった。 | |
坂口先生による乾杯の音頭。 | |
会の半ばくらいから、ビンゴゲーム。ラボのメンバーが手伝ってくれた。 | |
ひととおり終わってから、はずれた人の中で最も数字の出が悪い人を選ぶ「裏ビンゴゲーム」も行った。裏ビンゴでは1つでも数字が出たらアウトとなる。こちらはすぐに決着がつく。ビンゴゲームがいいのは、これが終わるまで参加者を会場にとどめる効果があることだ。今回、一等賞は事務の服部さん、裏ビンゴ賞は安達研の井上先生。 | |
小林さんは「頭リフレッシャー」、嘉島君は「富士山型ぐい呑み」をゲット。 | |
河本研の教授室で二次会。クジラのような大型哺乳類が必ずしも頻々とがんで死ぬわけではないのは何故か、というような議論が出たりして、楽しかった。 |
標記の会が京都のリサーチパークで開催され、この日の講義の一つを担当した。昨年度と同じ名前のセミナーシリーズであるが(2017年11月9日の記事参照)、今年は経産省の支援が得られたとのことで受講料は無料。参加者は昨年より多い感じ。ただし、昨年は講師陣計14名だったが今年度は6名と、セミナーシリーズとしては規模が小さくなっている。 | |
情報交換会。いろいろな企業の人が参加しており、ここでの情報交換は参加者にとっては貴重な機会だ。 | |
近くの焼鳥屋さんで、二次会。古いアニメの話も出たりして、楽しかった。 |
表記の会が楽友会館で開催された。基本的にはウイルス再生研の人だけを対象にしたclosedな会だが、立ち見が出るほど盛況。 | |
小柳所長による開会の挨拶。以前にも書いた(2017年11月22日の記事参照)が、ウイルス研と再生研は一昨年10月に統合され、それに関連した新規の事業として、「個体の中の細胞社会学」というプロジェクトを、昨年度から進めている。「個体を動的な細胞の集合体として捉え、細胞分化、病原体感染、生体防御、組織修復等に関する統合的研究を行い、将来的には組織修復・臓器再生の原理解明と先端医工学技術創成につなげる」というような事業。新研究所一同で、そのような方向性に関連した研究を進められている先生方の話をきいて勉強したいと考え、本ワークショップを開催している。 | |
廣田圭司先生(ウイルス再生研准教授)はTh17細胞を軸にした関節リウマチの発症メカニズムについて、関節内のILCが関与しているという話をされた。 | |
小松紀子先生(東京大学助教)はFoxP3陽性細胞の分化可塑性の話をされた。FoxP3を発現した細胞をfate mapすると、Th17細胞に分化転換して関節リウマチの発症に寄与することが判明したという話。 | |
佐藤荘先生(大阪大学准教授)はマクロファージの多様性について話された。マクロファージは、脳神経系、肝臓、肺など、各組織に特異的なマクロファージがいることは知られていたが、機能的な違いについては長らく不明だった。佐藤先生はアレルギー、メタボリックシンドローム、線維化など、異なる病態に寄与するマクロファージを次々に同定されている。線維化を誘導するタイプのマクロファージ(SatMと名付けられている)は核が2つに分葉、顆粒を有していて、寿命が数日、炎症部位に遊走してくる、などの点をみると、顆粒球の1種のように思えたが、遺伝子プロファイルなどからは顆粒球とマクロファージの中間的な細胞という位置付けになる、とのことであった。 | |
開先生は2018年3月で退官されているが、今回、ワークショップを聴きに来られた。このワークショップは、開先生が所長の時に始められたイベント。コーヒーブレークで、事務の服部さん(向かって右)、采女さん(同左)と。 | |
新幸二先生(慶応大学准教授)は常在細菌叢と疾患についての話をされた。新先生は本田研での研究で、免疫系を制御する細菌種を次々と同定されてきている。今回は主に口腔細菌が炎症性腸疾患の発症に関与しているという話をされた。 | |
今回は免疫関係の演者が多かったが、そんな中で、西増弘志先生(東京大学准教授)には、CRISPR-Cas9の話をして頂いた。分子の構造解析から機能部位を解明するという手法で、この分野において世界をリードする業績をあげられている。さらに分子構造を改変することで新たな機能を付与することにも成功されている。 | |
鈴木一博先生(大阪大学教授)は、交感神経系がリンパ球の動態を制御するメカニズムに関する話をされた。交感神経系が働いている時は神経端末から放出されるノルアドレナリンがリンパ球に作用して、リンパ球はリンパ節にとどまるという話。鈴木先生の研究成果については、昨年10月に放映されたNHK「ガッテン!」の中で紹介させて頂いた(2018年10月31日の記事参照)。 | |
情報交換会で、記念写真。 | |
近所の店で二次会。会話が弾み、いいお酒が飲めた。 |
北村先生が京都に用務があって日帰りで来られた。先斗町で遅めの夕食をとりつつ、ネガティブセレクションのセカンドアルバムについての打ち合わせをした。 |
河岡先生(写真向かって左から2人目)は2018年10月から特定准教授としてウイルス再生研に着任したが、仲野徹先生(大阪大学、左から3人目)は河岡先生の事を以前からよく知っていて、河岡先生に「チャーリー」というあだ名をつけたのも仲野先生とのこと。仲野先生とのメールのやりとりの中で、お祝いの飲み会をしようということになった。河岡先生の事を知っているという柳田先生(腎臓内科、左端)にも参加して頂いた。河岡先生のラボで記念写真。 | |
仲野先生は2017年に「こわいもの知らずの病理学講義」という本を出版されたが、病理学の本としては異例によく売れているという。結構内容は高度なのだが、とても読みやすく書かれている。昨年出された「(あまり)病気をしない暮らし」はより一般向けのエッセー集的な本だが、この本ではさらに仲野節が炸裂しており、とても面白い。両方の本にサインを書いて頂いた。 | |
先斗町で会食+飲み会。仲野先生はさすがで、相当お飲みになられた。いろいろな話題が出て、とても楽しかった。 |
三重大の珠玖先生をリーダーとするAMEDのACT-Mの班会議が名古屋で開催された。T細胞由来のエクソソームをがんの治療に用いることを目指している(2017年11月1日の記事参照)。2017年度から3年間というプロジェクトで、来年度が最終年度。今回の会合では、対象疾患や材料細胞がほぼ決まり、First in human試験に向けて、具体的な話し合いがあった。写真は会議終了後の懇親会。お昼にいい話し合いができたので、懇親会も皆テンションが高く、またビールも美味しくて、とても楽しかった。 |
日経新聞の交遊抄欄に、国土典宏先生(国際医療センター理事長)が北村先生を紹介され、その中で我々のバンドについて言及して頂いた。記事にあるように、2017年7月に国土先生主催で東京の京王プラザホテルで開催された日本肝癌研究会が開催され、その懇親会で演奏をさせて頂いた事がある。国土先生は2017年まで東大の肝胆膵外科の教授で、日本外科学会の理事長もされていた偉い先生であるが、とても気さくな先生という印象だった。なお、我々のバンドについてレパートリーが70曲とあるが、これまで演奏したことがある曲の積算数であって、今すぐにでも演奏できる曲が70曲ある訳ではない。 |