概説
T細胞は、造血幹細胞からつくられる。その過程では、多能生の造血幹細胞が、少しずつその能力を減らしていき、最後はT細胞にしかなれなくなる。これらの出来事が、体のどこで、どういう仕組みで起こっているのか。われわれは、それが知りたくて、研究をしている。
分化とは、細胞が不可逆的に異なる性質に変じることである。分化の中のもっとも劇的な現象が、「系列決定」である。AにもBにも分化できる細胞がAにしかなれなくなるということであって、細胞にとっては一大事である。
最近は、iPS細胞の話もあったりして、細胞の性質はどうとでも変わる、分化は逆戻りできるという、系列決定を軽視するようなイメージをもっているひとをよく見かけるようになった。確かに、遺伝子操作を加えて転写因子などをいじれば、細胞の分化を逆戻りさせたりすることはできる。遺伝子操作でなく、薬剤でも、似たような脱分化は引き起こせるかもしれない。しかし、生体内にある範囲内の環境因子を用いる限りは、一度決まった分化の運命は、替えられない。系列決定というのは、そんなにうわついたものではない。
系列決定という現象を調べるにあたって、造血系細胞は、研究材料として大変適している。
系列決定という現象は、胎生期の初期に、体中ですさまじく起こっているわけであるが、ひととおりの組織ができあがると、あまりみられなくなる。しかし、血液系だけは例外である。生後でも、多能細胞から数十種類もの細胞がつくられ続ける。幹細胞を有して生後も作られ続ける組織は他にもあるが、血液系ほど多様な系列を生み出すような組織はない。血液細胞は、いわば個体発生を生後も恒常的に繰り返しているようなものである。しかも、血液細胞は、取り出して培養しやすい。
我々は、免疫反応を直接研究対象としているわけではない。しかし、免疫細胞の起源や分化のメカニズムを解明することは免疫という生体防御機構の包括的な理解の基盤となると考えている。
一方、基礎研究から得られた情報や、開発した培養法を応用に活かす研究も進めている。最近主に力を入れているのは、初期化(iPS細胞化)の技術を用いて特定の抗原特異性のT細胞やB細胞をクローニングし、再生させて細胞療法などに用いるというアプローチである。T細胞のクローンを自在に操作できるようになれば、免疫の関わるいろいろな病気、例えば感染症、がん、自己免疫疾患などに、新境地を切り開くような応用法を提供できるのではないかと考えている。