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研究者向け記事

T細胞とB細胞の進化的起源に関する考察

2008年10月2日
河本 宏

T細胞とB細胞は、進化の過程でどうやってできてきたのだろうか。リンパ球を化石で調べるわけにはいかないが、そのかわりに、系統発生的に古い生物を調べることにより、進化の過程をさかのぼって考察することができる。
ある下等な生物が、もしもT細胞とB細胞の中間的な性質をもった原始的リンパ球を有していたら、T細胞とB細胞は進化的には近縁ということができよう。しかし、実際はそうではない。リンパ球を有する最も下等な生き物は、サメやエイなどの軟骨魚類である(図)。驚くべきことに、軟骨魚類は哺乳類と本質的には同等の獲得免疫システム、すなわち、胸腺や脾臓を持ち、免疫グロブリン、abTCR, gdTCR、Rag、MHCなどの遺伝子を全て有している(1, 2)。すなわち、T細胞とB細胞による免疫システムはすでにほぼ完成しているのである。軟骨魚類より進化的に古い無顎類(ヤツメウナギ等)や、全ての無脊椎動物においては、これらの獲得免疫システム関連の組織や分子は全くみられない(2)。無顎類と軟骨魚類の間に、このように劇的に獲得免疫が発達した背景には、トランスポゾンの感染という形で遺伝子再構成の仕組みが取り込まれたというイベントがあったと考えられている(3)。さらにもうひとつの重要なポイントは、T細胞とB細胞を持たない無顎類や、さらに下等な棘皮動物(ウニ等)のような無脊椎動物でも、すでに食細胞と細胞傷害性細胞(キラー細胞)は有しているということである(4)。
これらの知見をもとにT細胞とB細胞の起源を考察してみよう。5億年前、無顎類と軟骨魚類の間のどこかの段階で、1匹の魚の生殖細胞中の、ある免疫グロブリンファミリー遺伝子のエクソン部分にトランスポゾンが感染し、エクソンは引き離された。このトランスポゾンは、Rag遺伝子と、Ragで切り貼りされるときに認識されるシグナルシークエンスを有する環状DNAであったと考えられる。このたった一度のミクロな出来事が脊椎動物の運命を大きく変えることになる。この感染遺伝子を受け継いだ個体においては、この遺伝子が発現するときにトランスポゾンは自らを切り出して飛び出し、結果として離れていた遺伝子断片はつなぎもどされることになる。すなわち、遺伝子再構成が起こる。 
やがてエクソンの断片が複数つくられ、遺伝子再構成により多様性を持つことになったのだろう。こうして原始的抗原レセプターができたと考えられる。
 キラー細胞と食細胞が、それぞれこの遺伝子を使うようになった。これが原始的なT細胞とB細胞の誕生である。このあと、ゲノム全体のduplicationというイベントが何度か起こり、抗原レセプター遺伝子は複数セットつくられ、それぞれがTCR遺伝子と免疫グロブリン遺伝子になった。

このようなシナリオでみると、系統発生におけるT系列とB系列の分岐点は、遺伝子再構成システムの獲得よりもはるか昔の、食細胞とキラー細胞が分極した時点ということになり、T細胞とB細胞が遠縁であるとする個体発生上の研究結果、すなわちわれわれの提唱するミエロイド基本型モデルとよく合う。最近、カエルや魚のB細胞はマクロファージのごとき貪食能を有するという報告がなされた(5)。この知見は、B細胞はマクロファージに由来するという筆者らの説を裏付けるものである。

なお、Rag遺伝子を用いた獲得免疫システムは、軟骨魚類以後の脊椎動物にとっては無くてはならないもののようで、今のところ退化してしまった例はみつかっていない。しかし、獲得免疫システムが生物の生存に絶対的に有利かというと、そうでも無いだろう。少なくとも、地球上に存在する多種多様な無脊椎動物は、Ragによる獲得免疫システムが無くてもたくましく生きているし、たこやいかの類いは独自の進化を遂げていて、海では相当に優勢な動物である。
 勿論、それらの無脊椎動物も、Rag系以外の相同な獲得免疫システムを有していて、そういう生物が優勢なのだという推測も可能であろう。例えば、ヤツメウナギでは、リンパ球に発現するVLRという分子が遺伝子再構成で多様性を形成できることが最近報告されている(6)。もしかしたら、相当多くの生物が、独自の獲得免疫系を有しているのかもしれない。
 ただし、たとえ相当な生物が独自の獲得免疫系を有していたとしても、「獲得免疫系の方が優れたシステム」であるという考えは、「人間が最も進化の進んだ高等な生物」と考えることにも似ていて、やや独善的に思える。獲得免疫系は、鳥の羽(飛翔能力)のようなものだと思えばいいかもしれない。「一旦手にしたら便利だから子々孫々使い続けるが、そんなものが無くても生きて行く道はいくらでもある」ということではないかと思う。

文献
[1] Rast JP et al: Immunity 6 (1997) 1-11
[2] Kasahara M: Immunol Rev 166 (1998) 159-175
[3] Agrawal A et al: Nature 394 (1998) 744-751
[4] Smith LC & Davidson EH: Immunol Today 13 (1992) 356-362
[5] Li J et al: Nat Immunol 7 (2006) 1116-1124
[6] Pancer Z et al: Nature 430 (2004) 174-180