トップページ > 研究内容トップ > 研究内容2 胸腺に移住する前駆細胞

研究内容 2 ー 胸腺に移住する前駆細胞

経緯

私が1995年に桂先生から与えられた主要テーマは、胸腺に移住する細胞は何かということだった。桂研での最初の筆頭著者論文では、マウス胎仔肝臓細胞を培養するととても速くT細胞をつくることから,T細胞になろうとしている前駆細胞の存在を示唆したものである(Kawamoto, JI, 1996)。そうなると、T前駆細胞を実体として検出したくなる。前述のMLPアッセイは、もとはといえばT前駆細胞を検出するために開発したものであった。前述のように、MLPアッセイで胎仔肝臓細胞を解析すると、T細胞しかつくらない前駆細胞がみられた。T系列特異的前駆細胞がやはりあったかと喜んだ。しかし,前項で述べたように、この解釈も問題を孕んでいた。多能前駆細胞がたまたまT細胞しかつくらなかったのではないか?という疑問符がつきまとうのだ。従って、重大な発見であるはずなのに、証拠とみなされずに、望むようなJournalには載らなかった(Kawamoto, I.I. , 1997; Kawamoto, J.I., 1999)。
しかし、あるとき、IL-7R陽性細胞として分離できる胎仔肝臓前駆細胞をクローナルアッセイで調べたら、胎齢12日目にはT前駆細胞が殆どを占めるのに、胎齢14日目にはB前駆細胞が殆どを占めるように入れ替わっていることに気がついた。これはT前駆細胞が胎仔肝臓に存在するという証拠であった。この成果はImmunityに載った(Kawamoto, 2000)。

胸腺前の前駆細胞を調べるとともに、胸腺中のもっとも未分化な細胞を調べるというアプローチもとった。MLPアッセイで調べると、胎仔胸腺中には多能前駆細胞は検出できなかった(Kawamoto, J.I., 1999)。従って、多能前駆細胞が移住するのではないと考えられた。この3年前に、胎仔胸腺の最も未分化な前駆細胞を複数個で培養するとT、B、ミエロイド細胞が生成するという論文がJEMに通った(Hattori, 1996)ことを考えると、「無い事」を主張する論文は通りにくいということであろう。

当時、フランスのパスツール研のCumanoらは、多能前駆細胞が胎齢12日目頃に胎仔血液中に流れていること(Immunity, 1996)から、胸腺にも多能前駆細胞が移住すると考えていた。また、バーゼル研のRodewaldら(EMBO J, 1994)やカナダのTunigaPfluckerら(Immunity, 1998)は、胎齢15日目頃に胎仔血流中にThy-1陽性細胞が流れていることから、それが第二陣の胸腺移住細胞だと考えていた。われわれは、多能前駆細胞が胸腺に移住することはないと考えていたし、またThy-1胸腺移住細胞はThy陰性のはずだと考えていた。

ただ、われられが示した(1)胎仔肝臓にT前駆細胞が存在すること、(2)胎仔胸腺には多能前駆細胞が無いことが、必ずしもT前駆細胞が胸腺へ移住することの証明とはみなされなかったし、われわれ自身ももっと検証が必要だと感じていた。

研究内容イメージ図

独立後の研究成果

胸腺移住細胞については、確証を得るまで研究を続けることにした。  まず、胎仔血液中に、胎仔肝臓T前駆細胞や胸腺T前駆細胞と同じ表現型のT前駆細胞が流れていないか調べた。「独立後」の項に書いているが、このあたりまでの実験は、桂研で行なったものである。すると、胎齢12日目頃をピークに、多数流れていること、14日目以後は殆どみられなくなる事がわかった(Ikawa et al Blood, 2004)。  これで状況証拠は揃ったが、さらに完全な証拠が得られないかと考えた。大学院生の増田喬子は、胎生期胸腺移住細胞の検証を主な研究課題とした。胸腺への前駆細胞の移住は胎齢11日目から始まる。その時点ではまだ胸腺上皮細胞原基の近傍には来ているが、まだ中には入り込まず、周辺の間葉系組織にとどまっている。従って、これらの細胞の分化能を調べれば、胸腺移住細胞が何か確定できると考えた。結果は、T前駆細胞が選択的に移住することを示していた(Masuda et al, J.I., 2005)。もはやsurprisingではないとされてstandardなjournalにしか載らなかったが、「確証」を初めて提出したということで、後世に残る成果と考えている。

研究内容イメージ図

胸腺前にT前駆細胞がつくられるなら、T細胞固有の分化は胸腺前に始まっていることになる。それが安定した分化経路なら、何らかの特異的分化マーカーで特定できるのではないかと考えた。あれこれと抗体を試しているうちに、PIR(paired immunoglobulin-like receptors)にたどりついた。PIRは、成熟したミエロイド細胞、B細胞などに発現している。驚くべき事に、胎生期には、PIRは胸腺前T前駆細胞特異的に発現していた(Masuda et al, EMBO J)。胸腺に移住すると、PIRの発現は1日で、DN1段階のうちに下がる。これまでT系列への分化の最初の特異的マーカーとされていたのはDN2段階で発現するCD25だったから、はるか前の段階のT細胞分化マーカーをみつけたことになる。この発見により胸腺前T細胞分化は、固有の分化経路として、実体化できたことになる。  1995年に始めたテーマは、こうして10年かかって決着をつけることが出来た。

研究内容イメージ図研究内容イメージ図