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研究内容 1 ー 造血における系列決定過程の研究

経緯

多能造血幹細胞から何十種類もの細胞をつくるためには、何十種類もの分岐点があるはずである。系列決定の研究を進めるためには、分岐点を示した分化経路図が必要である。ところが、私(河本)が京大の桂研でこの研究に取り組み始めた1995年頃には、そんな図はなかった。無かったというのは不正確で、たいていの教科書には、造血幹細胞からの最初の分岐でミエロイド-赤血球系共通前駆細胞(CMEP)とリンパ系共通前駆細胞(CLP)にわかれるという図(古典的モデルとよぶ)は載っていた。30年も前から使われて来ている図式だが、これは実験データに基づいたものではなく、T細胞とB細胞は近縁だという思い込みに基づいて描かれていた。

研究内容イメージ図

そこで、系列決定の分子機構を研究する前に、まず分化経路をはっきりさせる必要があった。クローナル培養法をいろいろ考えていたときに、1996年初頭に桂先生が胎仔胸腺組織との共培養にサイトカインを入れたらどうかと発案して、私が各種条件検討をしてできたのが、MLPアッセイである。T、B、ミエロイド系への分化能を1個ずつの細胞について調べることができる測定法である。この方法を用いてマウスの胎生期造血前駆細胞を解析すると、T、B、ミエロイド系細胞の全てをつくる前駆細胞が一定の割合で検出される。T細胞だけ、B細胞だけ、あるいはミエロイド系細胞だけをつくる細胞もみられる。驚いたのは、その他に、ミエロイド細胞とT細胞だけ、あるいはミエロイド細胞とB細胞だけをつくった細胞がみられたことである。それなのに、T細胞とB細胞だけをつくる細胞はみられなかった。この結果は、CLPが存在しないこと、かわりにM-T, M-Bという前駆細胞段階が存在することを示唆するものであった。  クローナルアッセイの結果の解釈は、注意深く行なう必要がある。多能前駆細胞の検出については問題ないが、それ以外の、限られた系列しかつくれなかった細胞は、もともとそういう能力だったのか、培養の中で能力をだしそこねたのか、はっきりわからないからである。ただし、当時、他のストローマ細胞を用いたクローナルアッセイも平行して行なっていて、例えば胸腺前駆細胞を培養するとB細胞は生成しないのにマクロファージとThy-1陽性細胞がつ生成するウエルが高頻度でみられたので、M-Tというステージがあるという確かな感触があった。文献的考察でも、蓋然性は高いと思われた。総合的に勘案して、クローナルアッセイの解釈を、M-T, M-B前駆細胞説という形で進めても問題ないと考えた。  そのような経緯で、T系列とB系列への分岐は、ミエロイド系への分化能を保持したまま分かれるというモデルを提唱するにいたった(Kawamoto et al, I.I., 1997)。残念ながら、重要なアイデアを提出しているのにもかかわらず、上記のように決定力不足という理由で、top journalには載せてもらえなかった。  このように、クローナルアッセイで得た結果は、refereeに訴えかける証拠として完全ではなかったとはいえ、極めて重大な事に気をつかせてくれたのである。

研究内容イメージ図

その後、MLPアッセイを改良してエリスロイド系への分化能も同時に測定できるようにし、下図のモデルを提唱した(Katsura and Kawamoto, Int Rev Immunol, 2001)。最初の分岐でCMEPと、ミエロイド-リンパ系共通前駆細胞(CMLP)にわかれ、その後ミエロイド-Tおよびミエロイド-B前駆細胞に分岐するというモデルである。分化プログラムはミエロイド系を基本型として進行するというコンセプトを提示している。2006年以後はミエロイド基本型モデル(myeloid-based model)と呼んでいる(Kawamoto, Trends Immunol, 2006)。

 研究内容イメージ図

一方、われわれの最初の報告の少し後に、Stanford大のWeissmanらによって、マウス骨髄中にCLPが存在するという論文が出された(Kondo et al, Cell, 1997)。この論文の影響力は大きく、多くの研究者は、胎生期造血はわれわれのモデルがあてはまるが、成体期造血では古典的モデルが正しいと考えるようになった。

独立後の研究成果

骨髄中のCLPがミエロイド系への分化能を持っているということをクローナルアッセイで示したとしても、精製法が悪いなどと反論されてしまうであろう。そうした水掛け論を排するためにはどうしたらいいかを考えた。成体マウスの胸腺のT前駆細胞は、殆どがすでにB細胞への分化能を失っている。従って、それらがマクロファージをつくれるかどうかをシングルセルレベルで調べればよいということになる。

和田が、このテーマに取り組んだ。この研究のために、MLPアッセイより感度の高い解析法を開発した。ストローマ細胞との共培養を用いる方法である。また、生体の胸腺中でマクロファージをつくっているかという検証も行なった。その結果、T前駆細胞は、B細胞への分化能を失ったあともマクロファージをつくれること、さらに、胸腺中でマクロファージをつくることが明らかになった。この成果は、Natureに掲載された(Wada et al, 2008)。同号のNews and Viewsのコーナーに、「教科書の書き替えを迫る成果」と紹介されている。

研究内容イメージ図研究内容イメージ図

この結果は、古典的モデルでは説明できない。従って、造血モデルは改訂される必要がある。この結果は、また、ミエロイド基本型モデルを支持するものでもある。今後、学会などの発表のイントロのスライドで古典的モデルをそのまま使っているひとがもしいたとしたら、そのひとは(1)われわれの論文を読んでいない(つまりNatureを普段読んでいない)か、(2)われわれのデータを信用していないか、(3)細胞の分化経路などどうでもいいと考えているか、のいずれかであろう。

進行中の研究内容

(1) M-B前駆細胞の検証
M-Tという分化段階がT細胞への分化経路上にあることは実証された。ミエロイド基本型モデルを検証するためには、M-Bというステージがあるかどうかを、きちんと調べる必要がある。すでに増田が胎生期については実証的な知見を得ているが、成体期に関しては、現在検討中である。

(2) 多能前駆細胞からM-T前駆細胞への決定過程
M-Tという分化段階を軸にした系列決定の分子メカニズムの研究を進めている。M-Tという系列決定状態を規定する転写因子ネットワークはどのようなものか。多能前駆細胞からM-T段階へ誘導するときに働く主因子は何か、ミエロイド分化能を抑制するときに働く主因子は何か。伊川が担当している。